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七日目

久々の投稿です。すいません……

やっと包帯取れたのでこれからバリバリ書きます。

 

「正仁って奴は何で有紀さんを殺したんだろう……。いや、今は俺が正仁だけどさ」


 奇妙な生活が始まってから、暁人は独り言が多くなった。

 仕事も無く持て余した時間で、有紀の携帯電話を調べる。時々、有紀の妹へメール返信する為とはいえ、他人の生活を盗み見るようで罪悪感がある。


 利根有紀と言う人物は苦労していたようだ。

 調べれば調べるほど、この数年は無理がたたっていたようだ。

 

 マキ――漢字は分からない――という有紀の妹は、東京の音楽大学に通っている。音楽の才能があるらしく、母と姉で全面的に応援しているらしい。

 進学には金銭面の負担が大きく、有紀は高校を卒業して地元で就職。給料の大部分をマキの学費に当てていた。

 しかし、職場でのトラブルで鬱病になり退職。

 同時期に林田正仁と出会い交際。以来、正仁がメールや携帯電話で有紀の相談――恐らく愚痴を聞くだけだろう――をしながら関係を深めていったようだ。


 二年間もそうして助け合って生きてきたと言うのに、正仁は何故、利根有紀を旅行先で殺したのか?


 正仁に関する情報が、有紀の携帯に残ったメールだけなので推測する事が出来ない。メールは、鬱病の有紀を気遣うため同調するような意見が多く、正仁の人物像も見えてこない。

 妹の為に苦労していた有紀を殺すような事情も分からない。熱海の写真を見る限り仲の良い恋人同士に見えるのに。

 そんな事を考えながらメールの読んでいるうちに、軽い疲労感を覚え始める。

   

「今日はこのくらいにしておくか」

 リアルタイムではないとはいえ、鬱病の人のメールを続けて読むのは辛い。有紀の症状が改善された最近のメールはともかく、鬱病が発病したばかりや悪化している二年前ほど前は特に堪える。


 暁人は首を回しながら、有紀の携帯を充電台に置き、軽く身支度をして、食料の買出しに行く事にした。

 ちらりと窓から、大家の自宅を覗く。

 大家の自宅はすぐ隣で、居間と寝室の窓から見下ろせる。僅か五メートルほどの距離なので、油断すれば大家の二階から、寝室の中を見られる恐れがある。

 寝室のカーテンは絶対に開けず、居間から様子を見てから外出をする。なるべく大家と出会いたくないからだ。

 

 冬奈が有紀の女友達として、大家に「有紀は鬱病が再発したが、正仁が面倒を見ている」と伝えている。

 彼女が信頼に値する人物を演じ、有紀の姿が見えない事を怪しまれずに済んでいる。が、誤魔化し続けるには、暁人自身も接触を出来れば避けたほうがいいので、大家が庭に居ない時や外出している時を見計らって、出かけるようにしている。


 買ったばかりのスニーカーを履き、玄関を出た。と、バイクの音が近づいてきて、アパート前で止まった。

 七井の大型バイクだ。

 彼はヘルメットをとり、暁人に気がつくと手を上げて見せた。

「よう、お出かけかい?」

「ええ、ちょっと買出しと昼飯を食べに」

 暁人はカンカンと鳴らしながら、階段を降りる。

「送るから一緒にメシ食おうぜ」

 七井はヘルメットを投げて寄越す。

「ごっ……」

 強めの投擲を、階段から降りたばかりの暁人は胸で受け止めた。

「痛いですよ~、七井さん」

 暁人は苦笑しながら咳き込む。


 二人は不思議な関係ではあった。

 今の暁人に取って、友人という存在に最も近い人物は、七井である。極一般的な生活をしてきた暁人には、彼という人物は不可解極まりない男だ。にも関わらず、自然な会話が出来る。


 二人の馬が合うのか、七井の人柄なのか……。


 その彼の表情が急に険しくなり、バイクに跨ったまま視線をアパートの二階へと向けた。

 視線を追って暁人が振り向くと、自室の隣……いや、有紀の部屋の隣である木岡という男の部屋の窓で、慌ただしくカーテンが閉められる。


「……ま、乗れよ」

 何事もなかったように、七井は後ろの座席を薦めた。

「あの……、木岡って人は……?」

「最近、奴は引っ越してきたばかりで、正仁……お前じゃなくて本物な、の顔も知らないはずだ。ほとんど引きこもりさ」

「へえ……」

 彼は隣人をどこまで調べているのだろう? などと考えながら、暁人は生返事をしてヘルメットを被った。

 ヘルメットのふわりとした良い香りに包まれ、暁人は思わず息を飲む。


「ああ、そういやそのヘルメットは、冬奈の奴しか被った事無かったな」

 硬直した暁人を見て、七井は棒付き飴の包装紙を解きつつ言った。

「え? あ、そういえば冬奈さんて、七井さんの恋人か何かですか?」

「まさかぁ。いくら美人でも冬奈はガキだよ。粟飯原の野郎はベタボレして、下僕みたいになってるがな。……報われない野郎だぜ」

 七井もヘルメットを被り、棒付き飴を加えてからバイザーを下ろし、粟飯原の恋愛感情を否定する。

「ええ……」

 暁人は同意した。

「……で、いい匂いだろ?」

「ええ……あ、いや」

 思わず頷いてしまい、慌てて暁人は訂正した。

「悪い悪い、冗談だ。まさか引っかかるとは思わなくてな。まあ乗れよ」

 動揺する暁人に後部座席を薦める。

 七井は、なんともダルイ雰囲気を持った不思議な男だ。シニカルな空気を纏いながら、アンニュイに振る舞い、ソフトな付き合い方とい物を心得ている。


 暁人は淡い秋空を乱反射する大型バイクに気後れしながら、後ろの座席に腰を下ろした。

 

 思ったより緩やかな加速。そのせいで低音と振動が暁人を揺さぶる。


 ほどなくたどり着いたカフェの駐車場にバイクを止めると、七井はエンジンを切った。

「……ここぉ?」

 ヘルメットを外しながら、暁人はつい不満の声を上げた。

「んだよ。ここはランチは旨いし、ケーキは種類豊富だし、カフェなのにあんみつあるし、コーヒーゼリーあんみつとかあるし、とにかく俺がおごるから文句言うなよ」

「どんだけ甘い物好きなんですか」

 ケーキの美味しいカフェと書かれたドアを開け、七井が先に入店する。遅れて暁人が低い腰で追うと、店内に溢れる姦しく黄色い話し声に気圧された。

 

 ケーキを売りにしている店なのだから、女性が多いのも当然だ。

「だから、嫌なんだよ……」

 女性の視線から身を竦め、誰にも聞こえないように愚痴る暁人を背にしながら、七井は慌ただしく配膳をする店員に声をかける。


「禁煙で二人ね、席空いてる?」

「はい。ご案内します。あれ? 今日は可愛いカノジョと一緒じゃないんですね?」

 栗色の髪をした店員は、人懐っこい笑顔で出迎えた。

「ああ、今日は友達にここのケーキを食べさせたくてね」

「え? 俺、ケーキ食わないですよ!」

 食事と言えば御飯! ランチより定食! デザートより締めのお茶! という暁人にとってカフェでランチはあまり喜べない。その上、ケーキまで食わされるのかと戦々恐々だ。

「まあまあ、そういうなって」

 七井は馴れ馴れしく肩を組んでくる。暁人は刺激障壁が高い訳ではないが、肩を組むような友人がいなかった為、思わず肩を竦めた。

 この様子を見た栗毛の店員やカフェの女性客たちが、怪しい視線を向けてクスクスと笑みを浮かべている。

 ますます居た堪れなくなる暁人だが、七井に引きづられる形で席に座らされた。流石に七井も、肩を並べて隣へ座るような自爆行為はしてこない。

 安堵しつつメニューを開くが、パスタやピラフのセットしか見当たらない。昼食は、できればドンブリ飯や牛丼などを掻き込みたい暁人には、ちょっと物足りないメニューだ。


 暁人は仕方なく和風パスタのセット頼み、七井は「いつもの」と今どき珍しい常連オーダーをする。


 パスタとサラダとケーキにドリンク付き。見た目は立派だが、暁人の腹には物足りない。

 早速運ばれてきたサラダをつつきながら、暁人は七井の様子を伺う。

 七井は上機嫌なのか不敵なのか分からないような笑みで、リズミカルにサラダへ塩を振っている。ドレッシング無しで配膳されているところ見ると、これが彼の「いつもの」スタイルなのだろう。


「あの……七井さん」

「ん?」

「俺の部屋の……有紀さんの事なんですけど」

「有紀?……ああ、アレね」

 いくら死体とは言え、人間をアレ扱いするのには違和感を抱く。暁人は少し不快感を覚えた。

「彼女とはいつまで、いっしょにいればいいんですか?」

 出来れば片付けて欲しい。無理ならば片付けさせて欲しい。どうやって片付けたら良いのか分からないが、少しでも事態が進展してくれれば……と、暁人は問いかける。

「状況次第だな。お前があそこで暮らす事を選んだ時点で、本来の計画に戻った訳だから、悪いが俺たちの都合とさせてもらうよ」

「本来の計画?」

「正仁は……お前じゃないほうな。正仁は暫くあのまま生活するつもりだったからな。俺たちはそれに合わせて調整してたんだ」

「何故、そんな事を?」


 暁人は、有紀を殺した真犯人は、もしかして正仁ではないのでは? そう疑い始めた。その疑いの眼差しに気がついた七井は、わざとらしく肩を竦めて見せた。

「質問が多いな。そんなに俺たちの事を知りたいのか? 古来からこういうだろ? 好奇心、猫を殺すってな……」


 二人の間に緊張が走った時、ウエイトレスがパスタを持って来たので、二人の会話が途切れた。


 トンノソースが掛かったパスタに、チーズを振りかけながら七井は提案してきた。 

「もしも俺たちの仲間になるっていうんなら、冬奈とかみんなで質問タイムでもやろうか?。どうする?」

 まるでキャンプで麻雀でもやらないか? と誘うような軽い口調だ。


 呆然と暁人は、食事をする七井の顔を見つめる。

「……なんだよ、冷めるぞ。早く食えって」

「……はい」

「とっとと食って、ケーキ持ってきて貰うから」

「なんでも甘い物基準ですね……」

 暁人は呆れながら和風パスタを頬張った。

 やはり、ドンブリ物かウドンなどが良い。そう思いながら、シメジを咀嚼する。


「ところで、冬奈さんっていつもヴァイオリンケースを持ってますけど……」

「また質問かよ」

「……すいません」

 

 素直に頭を下げる暁人を見て、七井は軽い笑みを浮かべる。

「いいっていいって。美人女子高生だもんな、アイツ。そりゃスリーサイズや下着の色くらい聞きたくなるってもんだ」

「い、いえ、そうじゃなくてヴァイオリン……。って、知ってるですか? ……サイズ?」

 ずいと身を乗り出す暁人。

「知らねーって。真に受けるなよ」

 やや引き気味の七井。

 

「そ、そうですよねー」

「……なんで残念そうなんだよ、お前」 

「ところで、冬奈さんってヴァイオリンやってるんですか?」

 声を裏返しながら、暁人が尋ねる。 


「そりゃやってるよ。その関係で有紀の妹とは親交があったんだからな」

 親交があった……、ということは今は無いのだろうか。

「マキさんと今は?」

 暁人は質問を重ねる。

「マキの進学した大学が東京だったからな。一年くらい会ってなかったんじゃないかな?」

 パスタを食べ終えた七井は、ドリンクとケーキを頼んだ。 


「冬奈さんのヴァイオリン上手なんですか?」

「まあ子供の頃からやってるらしいから、心地よく聴ける程度にはな。マキとは比べるほどじゃないが」


「はあ、マジで冬奈さんてお嬢さんかぁ……」

 暁人は頬杖を付き、世の不公平さを嘆く。

「ていうか粟飯原の事も聞いてやれよ」

 七井はウエイトレスが持ってきたコーヒーに砂糖を大量投入しながら、暁人の興味の不公平さを嘆く。

「どうも苦手で、あの人」

「態度が悪い許してやってくれ。悪い奴だが乱暴者じゃない」

「良い人ではないんですね……」


 死体のある部屋から離れた事で、気楽になった暁人は七井と、自然な親交を深めた。

 


    *


「送って貰ってすいません……。夕食までおごってもらって」

 七井から買い物を袋を受け取りながら、暁人は頭を下げた。


「いいっていいて。お前に面倒事を押し付けてるようなモンだからな。……じゃ、これからも任せたぜ」

 バイクに跨り、七井は暁人の肩を叩く。


「……はい」

 死体との共同生活は気が重いが、自分の選んだ道だと暁人は受け入れざるえない。

 ゆっくりとした加速で走り去る七井を見送ると、暁人は縞板の階段を鳴らしながら二階へと昇った。


 ふと通路の先を見ると、木岡がドアを開けて出てきた。

 暁人は不審に思いながらも、出かけようとする木岡に道を譲るため、目礼して壁際に寄る。木岡は挨拶どころか視線すら向けず、暁人の脇を抜けた……。と、思われた時、木岡は立ち止まって暁人の脇腹に何かを押し付けた。


 黒い拳銃。

 木岡の手に握られた凶器が、暁人の脇腹で鈍く光っていた。


 脇腹のムズ痒さと背中に走る緊張で身を僅かに捩らせながら、暁人は木岡の目を見た。


 木岡は血走った目で暁人を睨み返し、掠れた声を絞り出す。


「わ、私に、つ、付いて来てください」





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