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同居生活・二ヶ月目

 大年暁人おおとし あきとは独り身だが、二人で生活している。


 真っ暗なアパートの一室。玄関の鍵を回す気配に続き、ドアが開けられる音が広がった。


「ただいまー……」

 スーパーの袋を右手に下げた男が、月明かりを背にしてアパートの室内に入る。重いドアが締まる音が響く中、左手で明かりのスイッチを探り当てた。


 玄関とキッチンの点灯管が金属を叩く様な音を立てて瞬き、遅れて安物の蛍光灯に明かりが灯る。十年前にリフォームされて小奇麗になっているアパートだが、持ち込みの照明器具はやけに古臭い。どこからか貰ったお古か、日曜バザーで買った中古品だろう。変色したプラスティック部品が如実にそれを語っている。

 

 申し訳程度の玄関を上がって境界の曖昧なキッチンにスーパーの袋を置くと、男は居間を抜けてまず寝室を覗く。

 寝室の襖を開くとキッチンの明かりが伸び、ベッドに眠る女の長い髪を照らした。

 

「有紀、まだ起きてないか……」

 帰宅した男……大年暁人はアパートに帰るとまず寝ている彼女の様子を見る。

 2DKの奥の部屋で眠る女は、利根 有紀。アパートの借主は彼女であり、暁人は居候に過ぎない。


 有紀の部屋に転がり込んで早くも二ヶ月。数ヶ月前までの住む家も無く、ひもじい思いをしていた事がまるで嘘のような生活を、この部屋で繰り返していた。

 この二ヶ月、いろいろ忙しい事もあったし、不安で思い悩む事もあった。

 しかし、この不況下で定職も見つかり、暁人は辿たどしくも人並みの生活を取り戻し始めている。決定的に不安な事案もあるが、風雨を凌げる家と暖かい食事と一緒に暮らす女性がいるというのは得難い幸福感がある。

 

「今日はおでんにしようと想うんだけど、有紀ちゃんはたまご……ダメなんだっけ?」

 寝ているはずの有紀に話かけながら、ガスレンジにアルミ鍋を載せる。

 暁人は手馴れた手つきで出し汁を用意して、具材を切り始める。

 と、そこで居間のコタツに置かれた有紀の携帯電話が震えた。


「メール来てるよー」

 暁人は寝ているはずの有紀に声を掛けながら、切った大根をそのままにして居間へと行く。そして当然のように有紀の携帯電話を取り、メールをチェックした。


 送信者は有紀の妹だ。

 暁人は無遠慮にメールの本文を読み、勝手に返信文を入力した。送信中のアニメーションも見ずに、おでんの仕込みへと戻る。

 

 夕食が出来るまでに数度のメールが届いたが、全て勝手に読み返信した。まるで有紀を演じるようなメール文で、無表情に文章を打ち込む彼の姿から日常的な行為である事が窺える。


 食事の時間になると、有紀の妹から届くメールも途絶えた。実家も夕食の時間なのだろう。

 暁人は出来上がった一人分のおでん……しかし、タマゴは無い……をコタツの上に配膳した。それでも彼は有紀を起こそうともしない。

 一人分のおでんを彼だけで食べ、そのまま食器を片付ける。

 キッチンにはしっかりともう一人分のおでんが用意されているが、鍋に収まったままだ。暁人はおでんの入った鍋を古びた2ドア冷蔵庫に仕舞い、洗い物を全て終わらせた。


 どうみても一人暮らしの行動だ。寝室で寝ている有紀を考慮していない食事風景。


「有紀ちゃん。まだ寝てる?」

 ここでやっと暁人は彼女を気にかけた。

 寝室の襖を開けると、やはり有紀は寝たままで身動きすらしない。


 薄暗い寝室で有紀の眠るベッドに寄りかかりながら、暁人は今日あった出来事を語る。彼女が寝ていようと聞いていなかろうとお構いなしに。

 空いたままの襖の向こう……居間ではテレビがありきたりの旅番組が流れている。


「あ、有紀ちゃん。ここ俺の地元なんだ」

 テレビを指差しながら暁人は、十数年も戻っていない地元の事を語り始めた。


「今度、一緒に行かない? 遊ぶ所なんて無いけどさ。一度、キミにも見てもらいたいんだ。なあ……。だからさ……そろそろ起きないか?」

 決して目覚めない有紀にそう語りかけ、首を捻って後ろのベッドを仰ぎ見る。有紀の反応は無い。いつも無い。暁人と有紀は会話した事すらない。

 暁人は彼女の笑っている顔を見たことない。泣いているところも知らない。ほとんど知らない。知るはずがない。

 携帯電話やパソコンのデータに残った笑顔としか暁人は知らない。


 それも当然だ。

 暁人がこの部屋に来た時から、彼女はこうしてベッドの上で目を閉じ続けているから……。

 大年暁人は独り身だが、二人で生活しているかのように暮らしていた。

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