姉弟契約
私は間違えないと、思っていた。
「姉ちゃん、ぎゅーってしてー」
「いつまでも寝ぼけてんじゃないわよ。早く食べないと遅刻するわよ」
んー、と明らかに半分以上寝ている声が返される。
「父さんはー?」
「いないわ」
「母さんは?」
「いない」
いつもと同じ会話。変わらない。録画されたビデオのように。
泣きそうになるくらいの現実。
「早く着替えてきなさいよ。私まで遅刻するのは、ごめんなんだから」
「んー」
答えを返す声は、やっぱり半分寝ている。
「本当にさ、仲がいいよね、2人って」
「そう?」
首をかしげると、大きく同意された。
「今時、兄弟そろって登校なんてさ。あたしなんて、兄貴にいっつも虐められるんだよ!」
彼女は憤りを隠さず言った。誇張されている感じがして、上手く同意できない。
「たぶん――あの子は、そういうの疎いから」
「そういうの?」
「そういうの」
愛とか友情とか憎しみとか。
口には出さないけど。
「とにかく、そういうの」
ふうん、と彼女はわかっていないような声をだした。きっと、彼女にとってはどうでもいいことだから。彼女は期待した答えがほしかっただけ――本当の答えなんか、求めてやしないのだ。
ああ――やっぱり、私も間違っている。
どこからなのだろう。
ずっと昔から――こうだった気がするけれど。
「でもさ、あれだよね」
「あれ?」
「血がつながっていないから――なのかな」
否定――できなかった。
世界中から、音が消えてしまったかのように思える。ただひとつ、自分の鼓動だけがリアルに聞こえる。
これは、恐怖、と呼ばれる感情だろう。
「あ……ごめんね」
彼女は謝った。平気だよ、と返すことはできなかった。彼女の思っていることとは違うけれど、結局のところ、私は彼女の言葉に傷ついたのだから。
窓から見上げた青空は、妙に綺麗だった。
「ねえ、学校、早退したんでしょ?」
「うん……」
自由な時間は、数時間しかなかった。私が自由で――孤独な時間。
私がこの世界から消えた時間。
「大丈夫なの?僕に一言、言ってくれればよかったのに」
「うん――」
馬鹿みたいに繰り返した。
「姉ちゃん、マジで大丈夫?なんか変だよ、今日」
変じゃないよ。私はいつもおかしいの。いつも間違っているの。
今日はただ――疲れただけ。
「ねえ――助けて」
弟の顔が、一気に青ざめた。
ああ――そうか。あの時も、そう言って誘ったんだ。
「本当に、いいの?」
次にささやいた彼は、男の顔をしていた。
私は、ただ馬鹿みたいに答えるだけ。
「うん――」
母と義父の結婚は、契約だった。直接聞いたわけではないけれど、それは確実だ。
互いに、自由に遊べるように。それでいて、相手が真剣になることがないように。それだけの関係。
私は、母みたいに間違えないと思っていた。
だけど、結局はこうして、間違えている。
でも――それでも、いいのかもしれない。だって、この一瞬だけでも、彼と愛し合うことができるのだから。
読んでくださってありがとうございました。
弟サイドも書いてみたい……ですが、一気に書き上げた作品なので、きっと無理です。