探偵不在証明
◆◇◆主な登場人物◆◇◆
草薙 剣 《探偵》
雨野 斑雲 《探偵助手》
"博士" 《老紳士》
"長門は俺の嫁" 《ヲタク》
"豚骨ラーメン" 《デブ》
"デスメタル" 《教師》
"ラフ・メイカー" 《ビジュアル系》
"みゆみゆ" 《女子大生》
"猫LOVE" 《OL》
"大根マン" 《フリーター》
"Arthur"《???》
威坐凪 紅壱 《終焉》
威坐凪 辺弐華 《鋼鉄処女》
威坐凪 参太 《切り裂きジャック》
威坐凪 緋四子 《流行り病》
威坐凪 伍腔 《爆弾魔》
威坐凪 拾兵衛 《死神》
貴重なものが傷つきやすいのは、ほんとうにいいことなのだ。
傷つきやすいということこそ、生存していることのしるしなのだから。
―――シモーヌ・ヴェイユ
◆0.
草薙剣と言えば、今や日本一の著名人と言っても過言ではないほどの名探偵だった。若干二十五歳にして解決した殺人事件は百を超えるのではないかと言われる、名探偵の中の名探偵。
豪華客船や古式ゆかしき仕来りの残る村、吸血鬼の伝説のある城や財宝の眠る島。はたまた大富豪の館や、あるいは不可思議な研究を行う実験施設。それこそ上げていけば枚挙に暇が無いほどのありとあらゆる場所で、密室トリックや入れ替わりトリック、アリバイ工作に、一人二役、自作自演や時刻表トリックなど、様々な謎をたちどころに解決してきた。
彼の行くところに殺人事件があり、彼が去る頃にはそれが解決している。警察は彼の有能さを示すための引き立て役に過ぎず、また、運悪く彼の居る所で事件を起こした犯人は、一人残らず逮捕されて来た。
そんな彼の事件簿の一ページを飾る今回の事件は、彼が先月捕まえた《爆弾魔》である威坐凪伍腔の兄、《切り裂きジャック》こと威坐凪参太からの挑戦状が彼の探偵事務所に届けられていた事から始まった。事件の派手さで言えば、それこそ先月の、各界の著名人の乗る豪華客船と、東京スカイツリーに同時に仕掛けられた超巨大爆弾を見つけ出して冷静に解除し、あまつさえ逮捕不可能と言われていた威坐凪家、その末弟を逮捕せしめたその事件のほうが遥かに華美ではあったが、兎に角、ここではその後の事件の方を記そうと思う。威坐凪伍腔との一件は、多分そのうち実写映画化か、あるいは劇場版アニメ化をされるかもしれないから、そちらを参考にして欲しい。
さて派手さに欠けると言ったものの、こちらの事件だって見栄えが悪い訳ではない。舞台は、とある雪の山荘で、『廃墟の会』という、朽ち果てた廃墟に浪漫を感じ取り、廃墟と廃墟を巡り歩き、写真を撮ったりその施設がかつて動いていた時代に思いを馳せる―――そういった一般人からすれば少々奇特とも思えるような趣味を持つ人間たちが、ネットで知り合い、交流を深め、オフ会(インターネットで知り合った人間同士が、実際に会って会合を開くイベント)を行ったことから始まる。
オフ会がはじまると当然と言っていい具合に具合に天気が吹雪きはじめ―――おあつらえ向きの『陸の孤島』となったその舞台に、これまた当然と言っていいほどたまたま草薙剣と、その助手雨野斑雲が紛れ込んだ。
そして予定調和のように殺人事件が起こった。
ネット上で知り合ってはいるものの、初対面という微妙な距離感を持った人間たち―――そこで始まったクローズドサークル―――名探偵が活躍するお膳立ては完璧に整ったのだ。
そのまま場が進めば、おそらく草薙剣は今回の事件も完璧に、一点の矛盾も無く、たちどころに解決したであろう。
―――もっとも、今回の殺人事件の被害者が、草薙剣その人で無ければ、の話だが。
◆1.
ダイニングには重い空気が流れている。先ほどからその空気はまるで改善される気配が無い。九人の男女が居たが、誰も口を開こうとはしなかった。ただ、九人の中の唯一の中学生、雨野がすすり泣く声だけが、鬱々とした空間に響いていた。
「どうして……?どうしてこんなになっちゃったのよぅ……」
中学生にしては大人びた顔立ちをしていた雨野は、美少女呼んでも差し支えの無かったが、今はその端正な顔を歪め、ただただ呪詛とも、嘆きともつかぬ声を上げ続けていた。
しかし「どうして?」というその問いは、テーブルに座る残りの人間たちの共通見解のようでもあった。この場に居る誰もが、昨日までは―――少なくとも、昨日の夕方までは、こんな事態に陥るなんて、想像もしていなかったはずである。
同好の士たちが顔を会わせ、酒を飲み交わし、己の興味、最近見た美しい廃墟などの他愛も無い会話をし、まぁ、多少の吹雪は誤算ではあったが、概ね、幸福な時間を分かち合っていた。
夕方に差し掛かり、テレビや新聞、ネットなどのマスメディアで姿を見かけない事の方が難しい、《名探偵》の草薙達が、「遭難しかけたから泊めてくれ」と来たときに、ちらりと頭の中で悪い想像が芽生えたかもしれないが、それも一瞬で、直ぐに彼の武勇伝を酒の肴に、呑めや歌えやの大騒ぎをしていたのだ。
今朝、メンバーの一人の"長門は俺の嫁"が死体を発見したという騒ぎを聞いたとき、「ああ、やっぱりな」と心のどこかで思ったかもしれないが、まさか殺された人間が、探偵である草薙剣だとは思いもしなかったはずだ。
草薙剣の死。
それは各々に重い衝撃を与えた。
腹をかっ裂かれ、内臓をぶちまけられ、周囲を血で真っ赤に染め上げていたという、まさに凄惨を極めた死体は、助手である雨野には勿論、そんな死体を見慣れていないメンバーにも衝撃的だったろうし、何より草薙が退場してしまったことにより、『陸の孤島』で起きたこの殺人事件を解決できるであろう超人が、この事件から退場してしまったのだ。
「なんだんだよ……、なんだってんだよ、畜生……」
声に出して嘆くのは、メンバーの一人"豚骨ラーメン"だ。
ここでは『廃墟の会』はお互いにメンバー同士の本名を知らない。ハンドルネームと呼ばれる、ネット上で名乗る名前と、お互いの職業ぐらいしか把握していないのである。
しかし、その微妙な距離感が心地良いらしく。お互いの事を深く知らないからこそ、語り合える場であったし、やはりネット上の繋がりは、現実的ではない夢想的なものであって欲しいという願望が作用した暗黙の了解により、お互いの本名は、―――オフ会であったとしても、明かさなかった。
つまりこの"豚骨ラーメン"にも当然の如く本名はあるのだろうが、誰も知らない。それは『廃墟の会』のメンバーではない草薙と雨野も例外ではなかった。
"豚骨ラーメン"。歳は二十台半ばだろうが、かなり太っている。ハンドルネームの由来は彼の好物らしいのだが、成る程、納得、と言った具合だろう。彼が昨日このログハウスに来た時も、お互いに自己紹介した時も、殆どのメンバーは彼が"豚骨ラーメン"なのではないかと疑っていたようだったし、そしてそのイメージは的中した。彼は度の強い眼鏡を掛け、ポマードだかワックスだかで神をオールバックに固めていた。着ている物は白いブランド物のスーツで、オメガの時計や、その他諸々から、彼がかなりの御洒落で、ファッションに力を入れている事が伺えた。まあ、イケメンを売りに出している芸能人がその格好をすればさぞ栄えるだろうが、お世辞にも美麗とは言い難い"豚骨ラーメン"がした所で、あまり装飾が作用していない気がする―――というのが彼を除いた全員の、共通見解だった。
"豚骨ラーメン"は泣き言を言うと、ダイニングのテーブルに突っ伏した。今、このダイニングのテーブルには『廃墟の会』のメンバーと雨野が着席して居るが、感情をここまで露にしているのは、最年少である中学生の雨野を除けば、彼一人だった。
草薙と親しく、それにまだ中学生である雨野に堪えろと言うのは流石に酷だろうが、もう大人である彼には、もう少し空気を読んで欲しい。残りのメンバーはそういいたそうな視線を彼に向けるが、一向に気付く様子が無い。
「でも……」
と、別の声がダイニングに響く。
細く、繊細で、それでいて聞き取り辛くは、無い。
「どうして、草薙さんが殺されたんでしょう?」
その声の持ち主は、"みゆみゆ"だった。彼女は女子大生らしい。少なくとも彼女自身は、そう言っている。
黒いセミロングの髪に、くりくりとした大きな瞳。ジーンズにパーカーというその歳の女性にしてはいささか質素すぎるのではないかと言う服装も、彼女を実年齢よりも幼く見せていた。
彼女はその見た目から、割と物静かなタイプだという印象を与えがちではあったが、決してそんな事は無い。昨日のパーティーでも、彼女は廃墟に対する愛を熱く語っていた。
彼女の疑問にダイニング中の視線が集まる。
「どういった意味でしょうかな、"みゆみゆ"さん」
彼女の質問を追及したのは、やはりメンバーのひとり"博士"だった。彼は六十代後半の男性で、白髪と白い髭が印象的だ。高級そうな燕尾服を着ており、しかし良く似合っている。彼に抱く第一印象は、『老紳士』といって差し支えないだろう。
ネットでの交流時も、彼はかなりの深い知識を持っており、知的な印象を他のメンバーに与えていたが、その印象通りの人物、と言って良かった。
「彼が殺されたことに、何か疑問がある、と言った口調でしたが?」
重ねて問う質問に、"みゆみゆ"は答えようと口を開く。
が、横から別の声が被せられた。"豚骨ラーメン"だった。
「何言ってんだよお前ら。人が殺されたんだぜ?どうしたもこうしたもねーだろーが」
"豚骨ラーメン"はそう掃き捨てるように言うと、"みゆみゆ"と"博士"を交互に睨め付ける。その視線を"博士"は何てこと無いように受け流していたが、"みゆみゆ"は流石に少し怯えたようだった。
「だから、とっとと警察に連絡するとか、そうじゃなくとも早くここから逃げようぜ」
そう言って他の七人を見渡す"豚骨ラーメン"。彼にしてみれば至極当たり前の事を言ったのかもしれないが、何故かそれに賛同してくれる人間は、ひとりも居なかった。
「あんた、馬鹿かい?」
彼の提案に対して、そう答えたのは"猫LOVE"だ。
すらっとしたスタイルと美麗な顔立ちはモデルといっても十分通用するほどだったが、彼女はOLらしい。彼女の言葉に反応して"豚骨ラーメン"はワンピースのようなドレスに身を包んだ彼女を睨む。
しかしそんな彼をまるで意に介さず、ウェーブをかけた髪をかき上げながら、彼女は蓮っ葉な口調で"豚骨ラーメン"を非難する。
「そんな事を誰も今まで考えなかったとでも思ってるのかい?」
そう言って彼女は携帯電話を取り出す。
その電波を表示する欄には、『圏外』の二文字が浮かび上がっていた。
「このとおり、おあつらえ向きに圏外さ。このコテージの電話は何故か壊れていたし、外に逃げようにもこの吹雪じゃあ出られない」
"豚骨ラーメン"の顔が、見る見る青くなる。
「――――――『吹雪の山荘』」
"博士"がぼそりと呟く。
鉛を含んだかのような空気がダイニングを支配する。暖炉に灯る火が小気味いい音を立てて爆ぜるのが、嫌にはっきりと聞こえる。激しく叩きつけられる吹雪により窓枠が不安げな少女のように振動した。
◆2.
「もう一度、皆さんの顔と名前を教えてもらえませんか?」
そう提案したのは、今やこの集まりで唯一の部外者である、雨野斑雲だった。彼女の目はまだ赤かったが、もう泣いてはいなかった。
警察に連絡も出来ない、逃げられない、という状況に陥った彼らは、この場で犯人を割り出すべきだという結論に至った。上手く犯人がわかれば、吹雪が止んで自分たちの安全が確保されるまで、そいつを拘束していればいい。
そしてその犯人確定のための議論の司会進行として白羽の矢がたったのが、雨野だった。ここに居る人間の中で最年少ではある彼女だが、如何せん部外者だし、何より、かの名探偵である草薙剣の助手だ。草薙が殺された事で多少取り乱しはしたものの、ある意味『こういった事態』のプロフェッショナルともいえる彼女がこの議論の中心に立つのは、自然の流れとい言えるかもしれない。尤も"豚骨ラーメン"は「こんな餓鬼に任せて大丈夫かよ」最後まで渋ってはいたが。
「では最年長である私から」
そう言って立ち上がったのは、雨野の左隣に座る"博士"だった。
「ご存知の通り私は"博士"というハンドルネームでこの集いに参加したが―――探偵のお嬢さん、本名は必要かな?」
彼の疑問に対し、雨野は首を横に振る。
「今は誰が誰か、という事が判れば、充分です。―――勿論、警察に通報した後は、名乗らなければいけないかとも思いますが、出来るなら名乗らないほうが、いいのではありませんか?」
そうかい、と言って、"博士"は着席する。今度は博士の左隣にいる"長門は俺の嫁"が立つ。立ったときに椅子が倒れ、耳障りな音を発し、慌てて椅子を立て直す。
「…ぼっ、ぼく、は……、"長門は俺の嫁"……です」
それだけ急いで喋ると、彼は椅子に座りなおし、直ぐに俯いてしまった。後半になるにつれて声が小さくなるのは、自分で自分のハンドルネームを名乗るが恥ずかしくなったからだろう。"長門は俺の嫁"は、もう、誰がどう見ても典型的なオタクだった。ジーンズにチェック柄のポロシャツ、頭にバンダナを巻き、度の強い眼鏡をかけている。ひたすら気が弱そうな彼の態度は、見ているものの嗜虐心をくすぐる、というか、イジメてみたくさせる。人と目を会わせようとしないし、何故オフ会に参加したのかがわからない。
兎に角、その二人の流れで時計回りに自己紹介する事が決定したのだろう。その流れに沿い、"長門は俺の嫁"の隣の"豚骨ラーメン"が名乗る。
"豚骨ラーメン"の隣には"デスメタル"が座っていた。彼は自分の番が来た事を察すると、ゆっくりと立ち上がる。
「私は、"デスメタル"です。一応これでも教師をやっていてね」
"デスメタル"はそのハンドルネームに似合わず、温厚な中年、といった感じだった。特徴が無いのが特徴―――本人には失礼な話だが、そんな言葉が思い起こされる。
長方形のテーブルの長い方の一辺には"長門は俺の嫁""豚骨ラーメン""デスメタル"が座っており、"デスメタル"の左隣、長方形の短いほうの一辺で"博士"の向かい側に座っているのが、"ラフ・メイカー"だ。
「僕は"ラフ・メイカー"。一応これでも大学生をやっていてね」
直前のデスメタルの科白をもじった自己紹介をする。が、その言葉は決して不自然ではなかった。なぜなら"デスメタル"が教師、というのは納得できるが、"ラフ・メイカー"が大学生というのは些か納得できなかったからだ。
"ラフ・メイカー"は所謂、『ビジュアル系』といわれる格好をしていた。
白く染めた髪は前髪を伸ばし、片方の目を覆い隠しているし、黒くてぴっちりとしたスーツにはベルトや鎖のような物がジャラジャラと大量についていた。街中にいたら間違いなく近寄りがたいような格好をしている彼だが、不思議とそのような格好が似合う、謎めいた美貌をもっていた。メイクはしているのだろうが、間違いなく美形である。
と、そこで男性陣の自己紹介が終わり、"みゆみゆ"が立ち上がる。
「"みゆみゆ"です。"ラフ・メイカー"さんと同じで、大学生です」
「"猫LOVE"。OLしてるわ。名前からわかると思うけど、猫が好き」
全員の名前を確認した雨野は、ふむんと顎のしたに手をやり、確認する。
「"博士"に"長門は俺の嫁"、"豚骨ラーメン""デスメタル"に"ラフ・メイカー"。さらに"みゆみゆ"に"猫LOVE"ね……これで全員?」
彼女がなんとなく口した疑問に、"猫LOVE"が答える。
「ああ……いや、『廃墟の会』にはあと二人、居たね」
「そうなの?」疑問を口にした本人も、意外だという声を出す。
「うん、一人は"大根マン"ってフリーターのやつさ。アイツからは事前に仕事で行けなくなったって連絡が来てたんだけど」
「けど?」
「もう一人"Arthur"ってやつがいて。そいつからは連絡が来ていない」
「ふうん、ドタキャンって事かしら。ネチケットがなってないのね」
「……だと良いんだけど、ね」
そこで突然歯切れの悪くなった"猫LOVE"に雨野は訝しげな視線を向ける。
「けど……?」
"猫LOVE"は一泊置いてから、答えた。
「今回のオフ会は、"Arthur"が企画したんだよ」
◆3.
「その"Arthur"ってやつ、どんな人物なの?」
雨野の質問に、答えようとする人間はいない。しかしそれは秘密にしているわけではなく、本当に分からないのだ。『廃墟の会』は今回が初めてのオフ会の為、普段は掲示板やチャット、ツイッターでのやり取りが基本となる。だからお互いはハンドルネームと性別、おおまかな職業ぐらいしか把握していない。が、その中でも"Arthur"は特別で、掲示板とチャットにフラッとやってくるだけで、ハンドルネーム以外は誰も把握していないのだ。
そういった事情を"ラフ・メイカー"が掻い摘んで説明する。
「そんな人間が企画したオフ会に、よく参加する気になったわね」
雨野が半ば呆れたような口調だが、それには"博士"が反論する。
「言葉は少なかったが彼―――、いや、彼女かもしれないが、の廃墟への愛は、確実に伝わってきたからな」
「そうだな」と、"豚骨ラーメン"がそれに同意する。「奴の勧める工場は特に、良い。スティールの錆び具合がなんとも言えないんだ。近場にあるあんな絶景を見落としていたなんて、迂闊だったよ。まだまだ俺も甘かったって事だな、それに、未発見のナベトロの場所を教えてくれたり―――」
「工場やらトロッコやらの話になった途端、生き生きし始めたわね……」
話題が廃墟関連になったら瞬間に目を輝かせて語り始めた"豚骨ラーメン"に、雨野は溜息をついた。
彼女は話を事件の方向に進めたかったようだが、場はそこから"Arthur"に対する評価が、場を占めはじめる。メンバーたちは"Arthur"が教えてくれた工場や駅、トンネルなどに対する賞賛を口々に言葉にした。
「分かってたけど、本当に廃墟マニアの集まりなのね……私には到底理解できない世界だわ」
「うーん、それは残念」雨野の独り言に"デスメタル"が少し悲しそうな顔をした。「まあ、大抵の人には理解できない趣味かもね」
「確かに"Arthur"は怪しい。順当に考えればこのオフ会を企画したそいつが、犯人に思えるね」
"ラフ・メイカー"が言った。
「でもまあ、今の所は『怪しい』以上の事は言えないんじゃないかな」
「確かに、誰かに"Arthur"がこの中の誰か成り代わっていたとしても、私達にはもともとネット上の薄い繋がりしかなかったんだ、ボロを出すとも思えないねぇ」
"Arthur"に関する話題は、最終的に"猫LOVE"が、そう締めくくった。
「次は、そう、アリバイね」
雨野が仕切りなおす。次の議題は、探偵モノの定番である、現場不在証明。しかし、一つ問題があった。
それに気付いたであろう"博士"が、雨野に疑問を投げ掛ける。
「それはいいのだが、探偵のお嬢さん。草薙君が殺された―――死亡推定時刻が判らなければ、アリバイも何もあったものではないのではないかね?」
「……それもそうね」
雨野は考える。草薙剣の死体は、今朝男子トイレで発見された。しかし、今のところわかっているのはそれだけだ。
「そうだ」と"ラフ・メイカー"が声を上げる。「そういえば僕、昨夜の12時くらいにトイレに行ってますよ」
「そうなの?」
「ええ、確かそこで"デスメタル"さんに会いました。そうですよね?」
突如話を振られた事で驚いた"デスメタル"だったが、直ぐに思い出す素振りを見せる。
「ああ、そうだね。そうだった。確かに、トイレに行ったよ」
勿論、その時点では死体は無かった、と二人は証言した。
「その時他に気づいた事はあった?」
雨野の質問に、二人は頭を捻る。
「そうだな……そういえば、何か物音がしませんでした?」"ラフ・メイカー"が"デスメタル"に問い掛ける。
"デスメタル"は少し薄くなった頭を掻きながら、答えた。
「うん、そうだったっけ?」
「あ、いや、じゃあ気のせいかもしれません」
"デスメタル"が覚えていなかったようだったので、「天井から聞こえた気がしたんだけどな」と呟きながらも"ラフ・メイカー"はあっさりと引き下がった。
「じゃあ、兎に角、夜の12時から、翌朝長門さんが―――」
「長門じゃないっ!"長門は俺の嫁"だ」
まとめにはいった雨野の声を珍しく大声を出した"長門は俺の嫁"が遮る。どうやら彼は自分のハンドルネームに並々ならぬこだわりがあるらしい。
一瞬空気が凍りついたが、こほん、と雨野は咳払いをして、仕切りなおした。
「夜の12時から翌朝"長門は俺の嫁"さんが発見するまでの朝5時が、犯行推定時刻って事になるのかしら。……長いし、そんなに遅い時刻アリバイがある人なんて、いなさそうだけど―――」
と、そこで雨野は、自分を除いた人間の様子が、少しおかしい事に気付く。
「どうしたの?」
お互いがお互いをみやり、何故か口を開き辛そうにしている。
が、そんな中、一人、"豚骨ラーメン"だけは、どことなく嬉しそうだ。彼は雨野が自分を見ていることに気付くと、意地の悪い子供のような笑みを顔に貼り付け、言った。
「まあ、アンタは知らなくても無理ないけどな、俺たちは、昨日全員で朝まで呑みっ放しだった。下戸の奴らもジュースやらなにやらで付き合ってな。中学生だって言う嬢ちゃんと、その保護者である探偵さん以外は、全員ここにいたんだ―――」
そこで一旦言葉を切ると、徹底的な証拠をつきつけるように、続ける。
「つまり嬢ちゃん。アンタを除いた全員に鉄壁のアリバイがあるんだよ」
◆4.
「おいおい、こんな子供を疑おうってのかい?」
言葉を無くした雨野のかわりに反論したのは、"猫LOVE"だった。
「ンなこと言ったって、そいつ以外にアリバイの無い奴はいないんだぜ?決まりじゃね?」
しかし、"豚骨ラーメン"はその言葉を一蹴する。
「それはちょっと早計な気もしますけどね」
"ラフ・メイカー"も雨野を擁護した。
「どこがだよ」
「まず殺し方」不機嫌そうに返す"豚骨ラーメン"に対し、"ラフ・メイカー"は冷静に返す。「草薙さんの殺し方ですよ」
「殺し方?」現場を思い出してしまったのだろう。"豚骨ラーメン"は顔を歪める。
「そう、彼の殺され方を思い出してください。内臓やらなにやらに目が行きがちですけど、あの死体のあったトイレ、壁や天井まで血だらけでしたよね?」
誰も否定も肯定もしなかった。多分、急に言われても思い返せないのだろう。
「腹や胸を刺されたぐらいで、あの出血は不自然です。で、よくよく見てみれば彼の死体の首には切りつけられた痕がありました」
特に反応は無いがそのまま"ラフ・メイカー"は話を続ける。話すたびに身体につけられた鎖がじゃらじゃらと音を立てる。
「つまり、頚動脈を切られたって事ですよね。専門家なら出血の跡から彼がどのように立っていて、どの角度で斬られたか断定できるかもしれないですけど、僕には無理です。でも、頚動脈を切られたっていうのは多分、あたってるはずです」
そして、と前置きをしてから"ラフ・メイカー"は結論を告げる。
「草薙さんと、雨野さんの身長差を考えてください。草薙さんは背が高く、180を超えていましたよね。そして雨野さんは大人びた顔立ちをしてはいますが―――見ての通り小柄な女の子です。これほどの身長の差があるのに、彼の頚動脈を切る、というのは難しいと思います」
「それは……」"豚骨ラーメン"は反論する「探偵さんが屈んでたのかもしれないだろ?」
「二つ目は動機です」"ラフ・メイカー"は反論を取り合わずに更に理論を重ねる。
「彼女には、ここで草薙さんを殺す動機が無い」
「はぁ?何言ってんだ?俺たちのほうが動機がないだろ?」
「いいえ。……僕たちには動機があるんですよ。例えば僕たちがミステリ小説のように隠された殺意を持ってこのオフ会に参加したのだとしたら、真っ先に誰を殺すべきだと思いますか?」
「一番恨んでるヤツじゃないのか?」
「そうですね。普通ならそうです。まあ、殺人なんて全然普通じゃないですけど。まあ、兎に角、このオフ会は殺人という普通じゃない状況でさらにイレギュラーが存在してます」
「イレギュラー?」
「ええ、《名探偵》草薙剣ですよ。―――考えてみてください。これから人を殺そうって時に、《名探偵》なんてヤツがその場にいたら、邪魔者以外の何でも無いでしょう?」
もし僕が犯人だったならば、間違いなく草薙さんから殺す。"ラフ・メイカー"はそう結論付けた。
「でも雨野さんには、今ここで彼を殺す動機が、無い。殺したいほど草薙さんを憎んでいたとしても、こんな場所で犯行を起こすくらいなら、山の中にでも一緒に行って、二人きりの状況で殺すほうが遥かに安全ですからね」
「けどよ、お前のその考えを、そっくりそのままソイツが利用したって事はねーのかよ」"豚骨ラーメン"は顎で雨野をしゃくってから、言う。
「つまり、自分に一切メリットが無い状況を逆に利用し、自分を潔白にしようとした、と?」
「ああ、そうだ」
「その場合、計画的に行われたって事ですよね」
「そうなるな」
だったら、と"ラフ・メイカー"最後に、言った。
「そんな綿密に計画を立てたのに、なんで自分だけアリバイが無いなんて疑われて当然な状況で殺したのですか?チグハグで、行動に一貫性が無く、矛盾している」
「―――だったら、てめぇには誰が犯人が判ってるのかよ」
論破された"豚骨ラーメン"は苦々しそうに言い捨てる。
それは悔し紛れの科白だったが、全員が"ラフ・メイカー"に注目した。なんとなく、今の理路整然とした語りから、彼ならばもしかしたら真相がわかっているのかも、と期待したのだ。
が、"ラフ・メイカー"は白く染めた髪を右手で掻いて、言った。
「判りませんよ、そんなの」
その答えに、どこと無く場の空気に失望が走る。
「わかってねぇのに、否定したのか?」
「ええ、犯人も、動機も何一つ判ってないです。―――でもね、"豚骨ラーメン"さん。判っていないからといって適当な結論を出すわけにはいかないんですよ。僕たちは今、推理ゲームをやっているわけじゃないんです。犯人を断定して、それが間違っていたら、どうなると思ってるんですか?」
その言葉に"豚骨ラーメン"は口を閉ざす。
結論が間違っていた場合。その先が彼にも容易に想像出来たのだろう。この山荘では碌に証拠隠滅が出来ない。つまり警察を呼び、詳しい捜査をされたら、絶対に捕まるといっていい。それを防ぐために、犯人がどう行動するのか。簡単だ。事件が通報されなければ、良い。通報する人間が一人もいなくなればいいのだ。
―――つまり、鏖。
誰も口を開かなくなった。殺人事件における探偵の不在。それがどれほどの身の危険をもたらすか、少しずつ理解し始めたのだ。
◆5.
「あの―――」
と、重苦しい沈黙を打ち破ったのは、"みゆみゆ"だった。
「私、やっぱり気になるんですよね。どうして草薙さんが殺されたのか」
全員の視線が自然に彼女に集まる。が、それらにたじろぎつつも、"みゆみゆ"は雨野を見つめ、疑問をぶつける。
「どうして、このログハウスにたどり着いたのですか?」
その質問に、雨野は視線を逸らす。
「そ、それは―――」
「探偵の行く先々で事件が起こる、なんてそんなオカルトは信じません。第一、このコテージは偶然たどり着けるよう場所にはないのですよ?」
「えっと―――」
「何事も無いのならば、と思い昨日は深く尋ねませんでしたけど、もうそんな事は言っていられません。私たちにも、命の危険があるのです」
きっぱりと、言い逃れは許さないといった様子で"みゆみゆ"は雨野に迫る。
それから暫く雨野は逡巡していたが、最早全員が彼女に説明を求めているという事を悟ると、観念したように語りだした。
「《威坐凪一家》。―――それが私たちが今回この山荘を訪れた理由よ」
「威坐凪伍腔、は知っている?」
雨野はそう質問をした後、全員の顔を見渡す。代表して"博士"が質問に答える。
「先日の同時爆弾事件の犯人、でしたか。確か草薙氏が捕まえたそうですが」
そう、あのニュースは全国区で何度も放送され、今や知らない人間のほうが少ないのではないだろうか。当然犯人である威坐凪伍腔の名前も耳に入ってくる。
「確か若干十六歳にして、警察も手を焼くほどの、複雑な爆弾に関する知識を持った人物―――とか言ってましたかな」
雨野はその説明に軽く頷く。
「そうね。でもその事実は正確ではない―――間違ってはいないけど、全てではないわね」
一つ呼吸をしてから、彼女は重々しく、告げる。
「威坐凪伍腔。彼は残虐無比にして極悪非道の暗殺一族、《威坐凪一家》の末弟だったの」
暗殺一族、という聞きなれない単語に、首を捻る一同。
「暗殺一族の名の通り、《威坐凪一家》は殺し屋、それも裏の世界でのプロ中のプロ。半ば都市伝説のような感じになっていて、名前だけが一人歩きしているような存在なの」
そこからは堰を切ったかのように話し出す。
「成功率百パーセントといわれるほどの腕。名前以外は全てが闇に包まれた存在。でも、その筋の人間なら知らない者は一人もいないわ。政府の要人から暴力団の組長まで、ありとあらゆる人間が、威坐凪一家をもてる情報全てで調べようとしている。殺したい人間を消すために―――また、消されないために」ふっと、笑って、冗談を挟む。「そうね。ハンター×ハンターのゾルディック家みたいなものだと考えてもらえれば、イメージしやすいかしら」
雨野にとっては渾身の例えだったようだが、聞いた一同はいまいちピンときていないようだった。
「私たち二人は今まで何度と無く、威坐凪家と戦った事があるの。といっても基本は暗殺だから、今まではその陰を匂わせる程度だった。直接マッチングしたのは、先日の威坐凪伍腔の一件が初めて。それでも神出鬼没にして謎の多い威坐凪の人間を捕まえられて、その実態は格段にはっきりした」
そこで懐から紙を取り出し、一同の前に置く。そこには威坐凪一家の名前が書かれていた。
「今現在の威坐凪家の家族構成は、父一人に三男二女。父親の拾兵衛、長男の紅壱、長女の辺弐華、次男の参太に次女の緋四子、そして捕まった三男の伍腔」
「名前に数字が入っているのね」"猫LOVE"が声を出す。
「そう、名前に数字を入れるのが、威坐凪家の習わしなんだけど、普通はもっと数字がばらけるのよ」
「ばらける?」"デスメタル"が訊く。
「うん、例えばこの前の代は十五人の子供がいたらしいんだけど、長い暗殺の訓練で、拾兵衛以外はみんな死んでしまったらしいの。本来、威坐凪家の生存率は高くないみたいなんだけど、この代は五人居て、五人とも生き残ってる。生存率が、百パーセントなの」
「それは、つまり―――」
「天才揃いって事ね。もっとも、捕まえた伍腔は『親父が親馬鹿で、甘すぎるんだ―――』なんて減らず口を叩いてたけど」
「それで、この隣に書いてあるのは、何かね?随分と物騒だが」
「これは所謂『二つ名』ね。余りにも恐ろしくて、深い世界の住人に対しては、それぞれがこう呼ばれてるって事。伍腔は《爆弾魔》、緋四子は《流行り病》、参太は《切り裂きジャック》、辺弐華が《鋼鉄処女》、そして紅壱の《終焉》に最後は拾兵衛の《死神》―――それぞれの殺し方に由来してるらしいの。伍腔は『爆殺』、緋四子は『毒殺』、参太が『惨殺』、辺弐華が『刺殺』、紅壱の『自殺』に拾兵衛の『確殺』」
「えっと、他は何となくイメージが沸くんですけど、最後の『自殺』と『確殺』ってなんですか?」
「―――紅壱の手にかかるとね、ターゲットは『どうみても自殺にしか判断できない』状況で殺されるらしいの。だから彼が手にかけた人数は、本人以外は把握できないわね。そして拾兵衛は『たとえどんなに不可能な人間でも確実に殺す』、だから確殺」
「大仰な二つ名から言って、戯言シリーズの零崎一族みたいだな……」
"長門は俺の嫁"がそんな事を呟いたが、今度の比喩は本当に誰にも通じなかったようだった。
少しの、沈黙。雨野以外にしてみれば、今言われた事はとても荒唐無稽で、手放しに信じられるようなものでは無かったが、人死にがでたこの状況で彼女が冗談をいっているとも思えなかったのだろう。
「それで―――」と、"博士"が口を開いた。「その一家と、今回の事件と、何の関係があるのですかな?」
「伍腔を捕まえたあと、事務所に手紙が届いたの」
「手紙?」
「そう、威坐凪家の次男、参太から。挑戦状、と言ってもいいわね。兎に角そこに今回のオフ会の日時と、場所が書かれていたの」
つまり、参太が今回のオフ会に草薙を招いた、という事なのだろうとメンバーは解釈する。
「でも、どうしてそんな凶悪な人間の呼び出しに、応じたの?」
と、"みゆみゆ"が当然の疑問を口にする。
「私も止めたわ!」雨野は声を荒げた「……でも、剣が『挑戦されたからには逃げるわけには行かないし、なにより俺が行かなければこの人たちが危険にさらされる』って」
それは説明されても一般の人間には良く解からない理由だったが、少し泣きそうになった雨野を追求できるほどの人間は、いなかった。
◆6.
「な、なあ…」
そこまで聞いて、"豚骨ラーメン"が声を上げる。
「そんなヤバイ一家があってよ、そんな奴の一人がここに探偵さんを呼び出した"Arthur"だったんだろ?で、俺達は思い違いをしてた。……さっきいった理由―――探偵が邪魔だったから殺したって訳じゃない。いや、ある意味邪魔だったから殺したんだろうけど、それは『オフ会の人間を殺すのに邪魔だったから殺した』訳じゃなくて、これからの『暗殺家業に支障を来たすから殺した』んだろ?なあ?、でさ、だとしたら、そんな情報を知ったらヤバイんじゃねぇの……?」
顔面が蒼白になっていく"豚骨ラーメン"。
その言葉を理解し始めた面々も、徐々に事の重大さに気付く。
「つまりさ……俺達は、威坐凪家について、知らないほうが良かった、いや知っちゃいけなかったんじゃないのか……?!」
捲くし立てる"豚骨ラーメン"。彼は自分自身の言葉で段々とパニック状態になる。テーブルを叩き、声を荒げる。
「―――っ巫山戯なよっ!!何が理由だよ!!何でそんな大事な事言っちゃうんだよ!!?巫山戯るなっ!巫山戯るなっ!いい加減にしろよっ!それで俺が死んだらどう責任とってくれるんだよっ!!!」
テーブルを立ち上がり、雨野に掴みかかろうとする"豚骨ラーメン"。椅子が倒され、音を立てる。
我に返った他のメンバーが、慌てて雨野に襲いかかろうとする彼を取り押さえる。彼は取り押さえられながらも、じたばたと動くのを止めない。
男性メンバーが"豚骨ラーメン"を抑え、"猫LOVE"が雨野をかばうように立ちふさがる。"みゆみゆ"は"豚骨ラーメン"の余りの形相に怯えてしまっていた。
「巫山戯るなよっ!!止めろよっ!!殺人鬼も殺人鬼だっ!誰なんだよっ!!名乗れよっ糞がっ!!ぶっ殺してやるっ!!殺られる前に殺ってやるよっ!!!」
暫く暴れていたが、やがて体力が尽きたのか、大人しくなる。
―――暴れない、と確信したのか、彼を取り押さえていたメンバーが拘束を解く。
"豚骨ラーメン"は、泣いていた。はらはらと、涙を零していた。
「畜生……」
そう呟くと、彼はゆっくりと立ち上がる。その様は亡霊のように力がなく、不気味な様相を帯びている。
男性メンバーは再び雨野に暴行を加えようとするかもしれない、と警戒を解かなかったが、次に彼がとった行動は、真逆だった。
「もう嫌だっ!殺人鬼と一緒の部屋に居られるかっ!!俺は部屋に戻らせてもらうからなっ!!!」
そう言って、ドアの方へ向けて、走り出す―――、
と。
「―――いけないっ!!!」
怒号。
あまりの声の大きさに、びくりと"豚骨ラーメン"も動きを止める。ドアの前、ドアノブに触れるか触れないかの寸前で、硬直した。
声を上げたのは、"ラフ・メイカー"だった。
ビジュアル系のような格好、形の良い眉を吊り上げ、その様相は必死だった。
「"豚骨ラーメン"さん、今、一人になるのは、危険です」
"ラフ・メイカー"はゆっくりと、母親が子供に言い聞かせるように、言った。
"豚骨ラーメン"が、恐る恐ると言った様子で呟く。
「……何だよ?」
その質問に、"ラフ・メイカー"は頭を振る。
「今、単独行動は、自殺行為です」
「どういう事だい?」今度の疑問は"猫LOVE"からだった。「"豚骨ラーメン"が"Arthur"じゃなく、私達が全員で集まってる限り、安全なんじゃないのかい?少なくとも、そんな大声を挙げて止めるほどじゃあない気はするけど?」もっとも、ドラマであんな科白を吐く奴は大抵死ぬけどさ、と付け加えた。
「いいえ、違うんですよ、"猫LOVE"さん。―――僕自身、威坐凪家に対する話は半信半疑ですけど、そんな暗殺一家が存在したとして、いちいち他人に成り代わるような真似をしますかね?」
「うん?」
「それに、そんな心理的要素は兎も角、これは一つの事実です。雨野さん以外の全てにアリバイがあり、かつ雨野さんに草薙探偵を殺す事は不可能だ。いいですか?昨日、誰も彼を殺せなかったんですよ」
「まあ、そりゃそうだけど」
「いいですか?、昨日、"博士"にも"長門は俺の嫁"にも"豚骨ラーメン"にも"デスメタル"にも僕にも、"みゆみゆ"にも"猫LOVE"にも雨野さんにも犯行は不可能だったんです―――」
―――ああ、そうか。
こいつは、気付いていたのか。
俺はそれを察すると、天井に向かって拳を振り下ろした―――。
軽い、爆発音にも似たものが響き渡る。
確認はしていないが、恐らくダイニングに居る誰もが、度肝を抜かれたはずだ。
俺は、天井に生じた『穴』から、ダイニングへと、飛び降りた。
スタ、と効果音が出そうなくらいに華麗にテーブルに着地する。
テーブルの上に立つとか、マナーもへったくれもあったモンじゃないが、気にしない。俺は演出過剰なのだ。
『八人』の視線が全て俺に突き刺さる。
んー、いいねぇ。いい感じに視線が集まるねぇ。暗殺という仕事上、こんなに他人に注目される事は、そうそう無い。
天井を破壊した事により、埃がもうもうと、煙のように舞っている。
そして俺は舞台の上で挨拶をする役者のように、大袈裟にお辞儀をして、自己紹介をする。
「はじめまして皆様方」
顔を上げ、笑顔。
「"大根マン"こと威坐凪参太です―――」
◆7.
「は?」と、
どこからともなく疑問の声が聞こえる。んー、いいねぇ。いい感じに混乱してるねぇ。俺は優越感に浸りながら、一応の説明をしてやる。
「いや、ほら、"ラフ・メイカー"さんが今説明してただろ?八人全員に犯行が不可能なら、九人目が居ればいいだけの話じゃん」
俺はそこで片手にナイフを構える。ナイフには血がべっとりと付着していた。
「ほら、凶器。―――俺は今までずっと屋根裏、天井裏に居たわけで。そうなるともうアリバイも何も関係ないだろ?トイレの天井に潜んでて、草薙さんが来たところをバッサリ」手に持ったナイフで袈裟斬りをする真似。「と、それだけの簡単なお仕事です」もっとも途中で物音立てちまった時は、流石に肝が冷えたが。
しん、と沈黙が場を支配する。
「で―――」
声がしたので、そちらを向く。"博士"だった。
「どうして、あなたは、今、出てこられたのですか?」
顔が青ざめ、勇気を振り絞って話しかけているのをひしひしと感じる。んー、いいねぇ。いい感じにびびってるねぇ。必死に隠そうとしてるけど、バレバレですよっと。
しかしまあ、その程度の疑問には答えてあげるが世の情けってやつだ。
「そりゃ勿論、"ラフ・メイカー"さんがその事実に気付いたからだよ。もうバレちゃったなら、隠れる必要無く無い?」
「こっ、殺されるっ!」
と、俺の返答を無視して叫び出す奴が約一名。予想通り"豚骨ラーメン"ですね。そうですね。
「出てきてっ、やっぱりこここ殺す気なんだろっ!やめてっ殺さないでっ!死にたくないっ!何でもするっ!何でもするからっ!」
まだ何も言ってないのに、命乞いをされる。早いな、おい。
しかし、まあ。
こうも盛大にびびってくれると、からかいたくなるのが人情ってものだ。
俺は意地の悪げな笑みを顔に貼り付ける。
ではちょっと、遊ぶとするか。無味乾燥な仕事だからこそ、偶にはこういう娯楽が必要だよね―――。
俺は、手を打ちならし、全員の視線を再び俺に集める。
「よし、じゃあ、これからゲームをしよう。―――アンタ達がそれに勝ったら、見逃してやるよ」
動揺が、走るのが感じられる。俺の発言の意図が掴めないのだろう。
「ただし負けたら―――、一人残らず、殺す」
誰も何も言わなかった。沈黙だけが、場を支配していた。
俺はこほん、と一つ咳払いをしてから、ルールを説明に移る。
「行うゲームは単純明快。『犯人当て』の推理ゲームだ」
顔を見渡す。特に反応は見られない。
「実は君達の推理も、そこまで的外れじゃなくてね。この中に一人―――当然、俺は除くが―――"Arthur"が、居る」
ざわ…ざわ…、等とどよめきはしなかったが、緊張が走るのが手に取るように感じられた。
「今から五分以内にアンタ達のうち、誰か一人でも"Arthur"の正体をあてられた奴がいたら、アンタたちの勝ち。全員見逃してやるよ」
ただし、と付け加える。
「五分経っても誰も正解者が居なかったり、あるいは五分経つ前に間違った解答を誰かが答えたら、その時点で負け。"Arthur"を除く全員を、殺す」
そう言って俺はテーブルの上で端に寄り、片方のスペースを空ける。
「解答者はテーブルの上の、今空けたその場所に立って、『謎は全て解けた。"Arthur"は○○だ』って俺に向かって宣言すること。―――こういうのは雰囲気が大事だからね」
そして俺は携帯を取り出し、タイマーを五分にセットする。
「五分間、他人と相談するのは自由だけど、拷問して吐かせたりするのは、反則だからね。まあ、五分程度の拷問じゃ、吐かせるのは無理っぽいけど」
ルール説明を終えた俺は、タイマーを作動させた。
「じゃあ、ゲームスタート!」
◆8.
制限時間、残り二分。こちらが呆れるほど、動きは何も起きなかった。
八人全員が何も喋らず、ただ周りを見渡している。顔面蒼白で、目をつぶって震えてる奴すらいる。"豚骨ラーメン"だけど。
まあ、暢気に相談したりする気にはならないよな。八人の中の誰かが"Arthur"なんだから、疑心暗鬼に陥ってゲームが膠着状態になるこの展開は、予想通りと言えば予想通りだ。
だけど、俺だって鬼じゃない。天井裏か見ていて、"Arthur"が決定的なミスをしたのに気付いたからこんなゲームを提案した訳で。いわばヒントは既に出してあるのだ。これ以上の優しさを求められても、困る。
そんな益体も無い事をつらつらと考えていたら、既に制限時間は残り一分となっていた。……やはり、難しすぎたのだろうか。うーん、そんなに難易度が高い問題でもないはずなのだが。
「はーい、残り一分ですよー」
俺は間延びした声で、残り時間を告げる。にも関わらず、誰も動こうとしない。なんというへタレ達。もし草薙剣がこの場にいたなら、きっと何て事の無いように正解しただろうに。
「ねぇねぇ、いいの?このまま終わっても、さ」
メンバー達の顔を見渡す。びびってこちらを見ようともしない奴すらいる。
と、"ラフ・メイカー"と目が合う。
「アンタはどうよ、"ラフ・メイカー"さん。俺、結構アンタの事買ってんだけど」
「………………」
お、動揺してる。
「あれ?もしかして怖気づいっちゃってる?自分が不正解だったら皆が殺されちゃうからって、躊躇してんの?」
「………………」
「安心しなよ。アンタ以外に感づいてるやつは一人もいなさそうじゃないか。きっとこのまま黙ってたら、ただタイムアップになるだけだよ?」
そういって、タイマーに目を落とす。残り三十秒。
と、"ラフ・メイカー"がこちらに歩いてきた。
テーブルの上に乗り、俺と正対する。
じっとこちらを見つめてくる、"ラフ・メイカー"。
大の人間ふたりが、テーブルの上で向かい合っている姿は、傍から見たらさぞシュールだろう。
改めて観察すると、"ラフ・メイカー"はかなりの美貌を誇っている。俺も自分のルックスには自信があるが、そんな男の俺でも不覚にもドキリとしてしまうような、妖しい美しさだ。本来不自然なはずの、ビジュアル系の格好をしていても、それがとてもしっくり来ている。
と、"ラフ・メイカー"の唇が、動く。
「"Arthur"は―――」
「待った」
「………………?」
「聞いてなかったのか?ちゃんと『謎は全て解けた』って言わないと」
「……恥ずかしいな」
「こういうのは、雰囲気が大事なんだよ、雰囲気が」
少し渋っていた"ラフ・メイカー"だが、気を取り直して、口許を斜めに吊り上げると、宣言した。
「謎は全て解けた。"Arthur"は―――」
◆9.
「"Arthur"は―――草薙探偵の、助手。雨野斑雲、です」
"ラフ・メイカー"がそう宣言した。
どよめく空気。
そんな空気の中、俺は口許を斜めにして、言った。
「正解だ」
ほっと、その言葉を聞いて他のメンバー達は安心すると同時に、雨野から距離をとる。
「ちょっと!」
と、雨野が叫ぶ。つかつかとテーブルに向かって歩み寄ってきた。
「何やってんのよ!こんなの契約違反よっ!」
凄い剣幕だ。おお、こわいこわい。
「まあ、大目に見てくれよ。―――それより、"ラフ・メイカー"さん。……どこで気付いた?」
俺のその質問に、"ラフ・メイカー"は一つ呼吸を置くと、雨野の方を向き、答える。
「ナベトロ」
「え?」
雨野が絶句する。
「"Arthur"の話になった時、"豚骨ラーメン"さんがこう言ったんですよ。『奴の勧める工場は、良い。スティールの錆び具合がなんとも言えないんだ。近場にあるあんな絶景を見落としていたなんて、俺も甘かったっ。それに、未発見のナベトロの場所を教えてくれたり』―――と。細部は違うかもしれませんが、そんなニュアンスでした。それに対して雨野さんは、こう返した。『工場やらトロッコやらの話になった途端、生き生きし始めたわね……』」
「どういう事よ」まだ雨野にはピンと来ていないようだ。焦れた様子で続きを促す。
「別に間違っているわけではありません。"豚骨ラーメン"さんの言った言葉は、工場やらトロッコやらの話です。……でもね、なんで『ナベトロ』がトロッコだってわかったんですか?」
「………っ!」
「『ナベトロ』なんて言葉の意味、普通の人はそうそう知らないんですよ。それも女子中学生の貴方が程の人なら、尚更、ね」
うーん、いいねぇ。いい感じに模範解答だねぇ。
「……勿論、貴方が田舎に住んでて、お爺ちゃんとかお父さんとかに教わってたって可能性も零ではないですから、殆ど賭けみたいなものでしたけど」
そう言って俺の方を向き直る、"ラフ・メイカー"
「まあ、そんな感じです。論拠は薄いですけど、これで見逃してくれますか?」
その解答に、手を叩きながら答える。
「ああ、いいぜいいぜ。―――元々殺そうなんて思ってねーから」
「………………」
「依頼された以外の人間を殺すなんて、そんな無意味な事はしねーよ。冗談だったんだよ、冗談」
俺のその言葉を聞いて、少し気が抜けたようだった。まあ、そりゃそうか。
―――もっとも『金にならない殺しはしない』なんてポリシーを先に言っちまったら、必然的に『草薙剣も依頼があったから殺した』って事が明白になって、雨野が"Arthur"だって瞬殺でわかっちまうから黙ってたんだけどな。
俺はそこまで言うと、窓に向かう。開けようとしたが、嵌め殺しだった。
仕方なく、パンチで割る。防寒用の分厚いガラスだったが、この程度は朝飯前だ。
冷たい空気がダイニングに流れ込む。
窓枠に片足をかけ、俺は部屋の中を振り返った。
「んじゃ、俺は逃げるけど、警察には威坐凪とかの事言わないほうがいいぜ。ただ変な奴が逃げてった、とだけ言ったほうが厄介事に巻き込まれなくて懸命だ」
そして窓枠に立つと、別れの言葉を口にする。俺は演出過剰なのだ。
「もしも威坐凪に依頼がある場合は、―――まあ、自力で調べてよね。政府の要人から隣の騒音おばさんまで、きっちりかっきり殺してやります。人の命は時価だから、依頼料金は要相談って事で」
膝を曲げて、
「では、またお会いしない事を祈っておりますよっと」
屈伸運動を利用して、俺は吹雪の中へ飛び出した。
The detective has an alibi / END...
読んでいただきありがとうございました。
色々とツッコミ所はあると思いますが、ご愛嬌という事で。
……果たしてこれはミステリとして成立しているのだろうか?




