完璧副会長は、デートに誘えない
完璧副会長は、デートに誘えない
白銀リリアは、我が校が誇る完璧な副会長だ。
成績は学年首席。生徒会の会議は必ず予定時刻に終わり、文化祭の予算案に誤字を見つけると、会計担当が謝るより早く修正版ができている。長い黒髪と涼しげな目元のせいで、廊下を歩けば自然に人が道を空けた。
その白銀さんが放課後の生徒会室で、僕――書記の佐藤悠真を呼び止めた。ほかの役員は帰り、窓の外では野球部の掛け声が響いている。彼女の手には、いつも持ち歩く黒い手帳があった。
「佐藤くん。貴方に、重大なペナルティを科します」
「議事録、また『体育館』を『大育館』って書いてました?」
「それは昨日、訂正したわ」
「覚えてるんだ……」
白銀さんは手帳を開いた。僕に関する記録があるらしい。書記の勤務態度なら、もう少し早く教えてほしかった。
「先週の水曜日。貴方は私に『髪切った? 似合ってるね』と言ったわね」
「言いました。似合ってたので」
「金曜日には、雨の中で私を傘に入れた」
「白銀さん、傘を持ってなかったから」
「本日の昼休みには、購買最後の焼きそばパンを私に譲った」
「僕はコロッケパンを買えましたよ」
「その三件が問題なの!」
白銀さんは手帳を閉じた。何が問題なのか、僕には一つも分からない。焼きそばパンの具を確認せず渡したことだろうか。あれは卵入りの人気商品だったはずだ。
「私の髪型に気づいたのは、貴方が最初。雨の日、貴方は昇降口まで戻ってきた。焼きそばパンも、自分が先に手に取ったのに渡してきた」
「はい」
「おかげで、仕事中に余計なことを考えるようになったわ」
白銀さんは机へ一枚の紙を置いた。題名は『佐藤悠真に対する特別処分案』。右上には赤い字で『土曜日』と書かれている。
「よって、貴方を一日拘束します」
「退学より重くないですか?」
「朝十時、駅前の噴水広場に集合。映画、水族館、夕食を経て、午後八時に解散よ」
「デートじゃないですか」
「処分です」
「午後八時までの?」
「長時間にわたる違反だから」
紙の下には、移動に使う電車と水族館のイルカショーの時刻まで書いてあった。さらに余白には『佐藤くんは辛いものが苦手』『映画中は飲み物を飲みすぎると困る』『ハンバーグが好き』とある。
「白銀さん。この『映画中は飲み物を飲みすぎると困る』って何ですか」
「貴方、前に上映途中で席を立ちたくないと言っていたでしょう」
「そこまで聞いていたんですね」
「生徒会の書記の発言を、私は軽く扱わないの」
「先週の会議で、僕が『次はホチキスの芯を買わないと』と言ったのは?」
「翌朝、補充したわ」
「ありがとうございました」
思わず頭を下げてしまった。白銀さんは咳払いをし、紙を指で押さえる。冷静な顔をしているのに、耳が赤い。窓際の温度計は二十度を示していた。
「異議があれば聞くわ。ただし、減刑は認めません」
「あります」
白銀さんの指が止まった。僕は紙をもう一度見た。映画は僕が見たかった作品だし、水族館も楽しそうだ。けれど、こんな紙を間に置いたまま土曜日を迎えるのは嫌だった。
「ペナルティとしてなら、行きません」
「……そう」
白銀さんは紙を取り戻した。端をきれいに揃え、手帳へしまおうとする。その動きがあまりに早くて、僕は慌てて続けた。
「白銀さんに誘われるなら、行きたいです」
「え?」
「僕と出かけたいんですか」
白銀さんは僕を見て、それから予定表を見た。何か答えが書いてあるのか、映画の時刻から夕食の欄まで目で追う。
「映画は、貴方が見たいと言っていたものよ」
「はい」
「水族館では、イルカを近くで見たことがないと言っていたでしょう」
「言いました」
「夕食は、ハンバーグのおいしい店にしたわ」
「僕、ハンバーグが好きです」
「知ってる!」
白銀さんの声が大きくなった。窓の外で野球部の掛け声が一瞬止まった気がする。彼女は手帳を胸に抱え、僕から顔をそむけた。
「……貴方と出かけたいから、調べたの」
「ありがとうございます。僕も白銀さんと出かけたいです」
「そこで即答するの?」
「聞いたのは白銀さんでしょう」
「聞いたけど、心の準備が」
「特別処分案を作ったのに?」
「紙の準備と、心の準備は別よ!」
今まで見た中で、一番大きな声だった。白銀さんは自分でも驚いたように口を押さえる。僕は笑うのをこらえきれなかった。
「何がおかしいの」
「白銀さんにも、準備できないことがあるんですね」
「貴方が予定どおりに反応しないからよ」
「どんな予定だったんですか」
「『副会長命令なら仕方ないですね』と言って、土曜日に来る予定」
「それだと僕、八時まで処罰される人ですよ」
「途中で楽しくなれば、処罰だと思わなくなる計画だったの」
「楽しませる自信はあったんだ」
「……映画は、貴方が好きなジャンルだから」
白銀さんはそこで黙った。僕も予定表を見直す。映画と水族館の間には二十五分しかない。電車で移動する時間を引いたら、昼ご飯を食べられない。
「白銀さん、お昼は?」
「駅の売店で買う予定よ」
「食べる時間は?」
「移動中に……」
「ハンバーグの調査は完璧なのに、昼は立ち食いですか」
「私だって初めてなのよ! 誰かとデートする予定表なんて、作ったことないもの!」
白銀さんは机に手帳を置き、両手で顔を覆った。僕は『特別処分案』に書かれた細かい時刻を見る。『予備時間』が三か所あるのに、どれも五分ずつだ。
「イルカショーは次の回もありますか」
「あるわ。三十分後」
「じゃあ、最初の回はやめて、ゆっくり昼ご飯を食べましょう」
「そうすると夕食までの水族館の滞在時間が短くなる」
「夕食のお店は、予約変更できますか」
「できる。確認済み」
「だったら大丈夫です」
白銀さんは指の隙間から僕を見た。僕が手帳を指さすと、彼女はおそるおそる手を下ろす。二人で予定表の時刻を直した。映画のあとに昼ご飯を一時間。イルカショーは次の回。夕食は三十分遅らせる。
「これならどうですか」
「うん。……一緒に決めると、早いのね」
「ほかに決めたいことは?」
「集合時刻は十時のままでいい?」
「いいですよ」
「服は私服で?」
「制服で水族館に行くつもりでした?」
「違うわ。念のためよ」
白銀さんは新しい時刻を赤いペンで囲った。そこで何かを思い出したように顔を上げる。
「待って。貴方は映画のチケットを自分で買いたい?」
「もう買ったんですか」
「二枚。中央より少し後ろの席。貴方、首が疲れるから前の席は苦手だと言っていたでしょう」
「よく覚えてますね」
「……好きな人の話だから」
白銀さんのペンが紙の上で止まった。僕も返事を忘れた。さっきよりずっと静かな生徒会室で、窓の外から野球部の掛け声だけが聞こえる。
「今の、言いましたよね」と僕は聞いた。
「言ってないわ」
「聞こえました」
「書記なら、聞こえなかったことにして」
「議事録を偽造させるんですか」
「今日の会議はもう終わっているでしょう!」
彼女は手帳で顔を隠した。僕は椅子から立ち、机の向こうへ予定表を返す。手帳を少し下げた白銀さんと目が合った。
「僕も好きです、白銀さん」
彼女は固まった。手帳が机に落ち、拾おうとしてペンまで転がす。僕が拾ったペンを差し出しても、なかなか受け取らない。
「聞こえましたか」
「聞こえたわ」
「じゃあ、土曜日は普通のデートで」
「……うん」
「その日は、リリアさんって呼んでもいいですか」
白銀さんはペンを受け取った途端、机に突っ伏した。
「予定にないことを続けて言わないで。心臓がもたない」
「僕のことは悠真くんでお願いします」
「増やさないで!」
そう言いながら、白銀さんは予定表を引き寄せた。朝十時の欄にある『佐藤くんと集合』を消し、少し考えてから新しく書く。
『悠真くんに会う』
「これなら忘れないわ」
「忘れないでしょう、さすがに」
「分からない。駅で貴方を見たら、また頭の中が真っ白になるかもしれない」
「そのときは、僕から声を掛けます」
白銀さんはようやく顔を上げた。まだ耳は赤いけれど、さっきのように手帳で隠そうとはしない。
生徒会室の鍵を掛け、二人で階段を下りた。白銀さんが、夕食の店ではハンバーグの大きさを選べると教えてくれる。僕が一番大きいものを頼みたいと言うと、彼女はすまし顔で胸を張った。
「一番大きいサイズ、もう予約してあるから」
「……僕より僕の夕食に詳しいですね」
白銀さんは二段ほど下りてから、小さく笑った。さっきまで生徒会室で僕を睨んでいた副会長と同じ顔なのに、今は隠そうともしない。僕も隣まで下り、土曜日に見る映画の話を始めた。彼女は上映後の感想を聞きたいと言い、僕は昼ご飯を食べながら話そうと答えた。




