猫を見た
ある日のこと。私はいつも通りに、大学へ行き講義を受け、そして帰宅していた。その帰路で、それは横たわっていた。
猫だった。小さな体、乱れた毛。赤くは無かった。潰れてもいない。日常の中で力尽き、そのまま眠ったかのようだった。
その猫に対して、私は何も思わなかった。猫の亡骸を見たのは初めてではないし、猫が好きというわけでもなかった。
ただ一つ、このままにしてあげたほうがいいと思った。呼吸はしていないけれど、まだ生きているような気がしたのだ。
その日、私は猫の夢を見た。起きれば、ほとんど忘れていたが、起きる前の私はしっかり覚えていた。
私は猫だった。人間としての記憶は無く、生まれてこの方猫だった。
私は、ヒトと暮らしている。一匹と一人だ。このヒトは、毛繕いをしてくれるし、飯を出してくれるので、ボスだとは思う。だけど随分と鈍臭くて、狩りは出来ないようだし、大きい割に素早くなかった。
だけど、飯は潤沢だし毛繕いは上手い、遊びも豊富だった。随分と安定しているようだった。大きな群の一端なのかもしれない。
私は、産まれた時からヒトと同じ群れではなかった。母が居て兄弟がたくさん居た。草むらの中や暗がりが、棲家だった。
ヒトと暮らすようになったのは、母から狩りを学び、もうすぐ独り立ちかな、という時のことだった。母が私や兄弟を連れて、ヒトの前に現れたのだ。何事も警戒せよと言うのが母の教えであるが、このヒトは違うらしい。母は私と兄弟をヒトの元へ送り出し、何処かへと去っていった。これが母との今生の別れであるが、猫とはそう言うものだ。
それからヒトは、私と兄弟を棲家へと連れていった。私はなんの不安も無かったが、兄弟はずっと不安のようだった。
ヒトの棲家では、粒々とした固くて黒い飯が出された。いつもの飯より美味い。
その日から、慌ただしかった。ヒトが何度も同じところへ連れて行くのだ。そこには青いヒトがいて、体を弄られたり、刺されたりした。不愉快な場所だった。体調を崩すと行く羽目になるが、この時の私はそんなことは知らなかった。
気づけば、兄弟はいつのまにか居なくなっていて、独り立ちか別のヒトの所に行ったのだろう。これが兄弟との今生の別れであるが、猫とはそう言うものである。
それからは、ずっとヒトと共に生きた。一緒に遊び、飯を食い、ヒトが一人で遊んでいるので邪魔をして、暇があれば眠り、調子を崩せば青いヒトの所に行く。私が物を落とせばヒトが叱り、ヒトが不快な事をすれば私が叱る。不自由なく愉快な生涯だった。
私は以前から計画していた事を実行に移すことにした。ヒトが、縄張りと出入り口の間に置いてある柵を、私が簡単に出れる事をヒトは知らない。ヒトの油断を誘うため、しばらく前から素早く動けないふりをし続けいた。
出入り口を開けたヒトが油断している隙をつき、私は縄張りを出て、出入り口から飛び出した。いつぶりだろうか、自分の足で外を走るのは。
私は元々、外で生きていた。であれば、力尽きるのは外でなければならないと、なぜか思っていた。
外を全力で走る。暑くもなく寒くもなく、晴天にして良い日和である。
力が抜けていく、一歩ごとに。それでも走る。全力で走るのは、いつだって気持ちがいいものだ。
いつのまにか、私は横たわっていた。目を開ける力も残っていない。もう私は目覚めることはない。それでも、最後まで愉快な気持ちだった。
そうして、私はベッドの上で目が覚めた。目覚ましが鳴る、30分も前だった。内容はもう覚えていないが、楽しい夢だった。




