血の浄化
魔窟飛行船の最深部、暗く重苦しい実験室の扉が開くと、そこには既に2体の醜悪な巨人、リリア・クロイツ、ユング=フェルナー双子、そして執事ジェームス、エレノア・レイベルンが待ち構えていた。
そして、実験室の入り口には、ユリア率いるエルフ部隊が一人も欠けることなく立っていた。総勢30名。加えて、魔窟飛行船の周囲に潜伏する者たちを合わせると数百の戦力である。
エレノアはその先頭に立つ赤い長髪の女性に視線を向け、ねっとりと微笑みながら声をかけた。
「あなただったのね。特異体質者っていうのは。久しぶりね、実験体ユリア」
ユリアの表情は冷徹で、微動だにせず答える。
「哀れね。借り物の力をさも自分の力のように勘違いするなんて」
それでも、エレノアの笑みは崩れない。
「力こそが全て、結果こそが全て、過程なんて関係ないわ?それをこれから思い知りなさい!」
その声と同時に、どこからともなく、変異体の群れが現れた。かつて人だった原型を失った肉塊の数は100体を超える。その魑魅魍魎の群れと2体の巨人が、エルフ軍団に向かって押し潰そうと迫る。
リリアは目を輝かせて囁く。
「エルフの実験体、楽しみね」
ユング=フェルナー双子は端末を睨みながら呟いた。
「エルフの脳構造と術式構築、わかるかな?」
「生きたまま回路すればいいんだよ」
だが、その刹那、エルフたちは自らの剣に触れ、刃に血を塗った。その鮮やかに紅く輝く剣を構え、一斉に変異体たちに斬りかかる。瞬く間に、群れは床に倒れ、無数の呻きが止まった。
セリナとガリウスは、2体の巨人を一刀両断に斬り伏せた。
エレノアは事態が理解できず、動揺する。
ユング=フェルナー双子は頭を抱え、端末に向かって同じ言葉を繰り返すばかりだった。
「シミュレーションは完璧なはず…係数の誤差は修正済み…適用範囲を修正して…」
リリアは呟く。
「私達の最高傑作が…」
ショックのあまり、失禁し、口から泡を吹いて倒れた。
ユリアは冷ややかに言う。
「血の浄化よ。私達、エルフの血は、変異した生物の遺伝子を修復する。
残念ながらここまで変異したものは元に戻せない。安寧を与えるしかできない。
あなたには、安寧は訪れるかしら?」
そう言うとユリアは一気に距離を詰め、エレノアに迫る。
執事ジェームスが瞬時に反応する。
「お嬢様っ!」
だが、ガリオスが前に立ち、剣を交えた。
「老ぼれの相手は、この俺だ」
火花が散る剣戟の中、ジェームスは挑発的に返す。
「ふん、若僧が舐めた口を聞くでない」
後ろではユリアが剣を振るう。
エレノアは魔法障壁で応戦するが、突然、空間中のマナ量が急激に減少した。
普段なら即座に大規模魔法を放つところだが、想定外の事態が続き、判断が遅れる。
その瞬間、真昼のような閃光が走る。
「お兄様の仇よ」
セリナの声と共に、光はエレノア・レイベルンを照らす。
光が収まると、そこには身を挺してエレノアを庇うジェームスがいた。
「何をしているのよ?」と問うエレノアに、ジェームスは微笑む。
「これもまた、執事の仕事です」
エレノアは小さく息を吐いた。
「馬鹿ね。こんな私のことなんて、さっさと見捨てればよかったものを…」
ジェームスは静かに答えた。
「この家に、貴女様に仕えると決めたときから、その忠義に一心の曇りもございません。
しかし、申し訳ございませんが、これにて私はお暇を頂きとうございます」
エレノアは深く頷く。
「貴方の忠義に敬意を表します。安らかに眠りなさい」
その瞳に映るジェームスの表情は、安らかであった。




