対面
北の山脈・広域実験指定区域
軍用ヘリの編隊は、
白銀に覆われた北の山脈へと侵入した。
山肌には、
すでに人の手が入った痕跡がある。
焼け焦げた岩盤、
不自然に抉れた谷、
そして――
雪だ。
この高度としては異様なほど、
雪が深く積もっていた。
ローター音が反響し、
やがて、谷間に姿を現す。
エレノア・レイベルンの飛行艇。
魔術的構造体と機械技術が
悪趣味なほど融合したその機体は、
山脈の中腹にある平坦地に
悠然と着陸していた。
機体の周囲だけ、
雪が溶け、
再凍結した痕跡がある。
――常時、
大気マナが撹乱されている証拠だ。
ヘリが着地し、
ハッチが開く。
冷気が一気に流れ込み、
白い息が機内に広がった。
最初に地面へ降り立ったのは、
第7研究開発部随伴・特殊部隊の隊長だった。
彼は一歩前に出て、
振り返り、
全員に向けて明確な声で告げる。
「各員、
マナ防壁シールドを展開してください」
その一言で、
空気が切り替わる。
「我々もレベル7の権限を
会社より与えられておりますが――」
隊長は、
周囲の雪原と山肌を一瞥する。
「大気中のマナには限度があります」
「広域実験区域での
度重なる戦闘により、
ノルンシステムより
マナ使用制限が発令されています」
一拍。
「我々は皆様の安全を保証します」
「――ですが、
危険な行為は控えてください」
その呼びかけと同時に、
一斉に動きが始まった。
特殊部隊員たちの装甲表面に、
淡い光が走る。
研究員、技術スタッフの身体を包むように、
半透明のマナシールドが展開される。
個々に色合いも濃度も違う。
性格と習熟度が、そのまま現れる。
雪片がシールドに触れ、
弾かれ、
蒸発した。
その中央で、
主任研究員ハインリヒ・ヴァイスは、
手持ちの端末を操作する。
冷たい指先。
迷いのない動作。
次の瞬間、
端末から無機質なシステム音声が響いた。
「アーガスノルン社
第7研究開発部主任研究員
ハインリヒ・ヴァイス
マナ権限レベル7
承認しました
本社ノルンシステムとの
通信リンクを確立します
これより、
当該地域で起きる事象の自動記録、
危険性検出、
対応策の演算、
軽装甲スーツへの
最適戦闘モードの起動を
自動化します」
淡く、
ヴァイスのスーツ表面に
情報投影が走る。
彼はそれを一瞥するだけで、
他のスタッフへと歩みを促した。
「行くぞ」
一行は、
エレノア・レイベルンが管理する
魔窟飛行船へと向かって進む。
その途中――
リリア・クロイツは、
相変わらずだった。
技術班によって
魔窟の内部へと運び込まれていく、
重厚なコンテナ。
内部から、
微かな物音がする。
それを、
彼女は実に嬉しそうに眺めている。
「……無事ね」
「良かったわ」
その表情は、
研究対象の生存を喜ぶものではない。
実験素材の保存状態に
満足しているだけだった。
ユング=フェルナー双子は、
歩きながらも端末に齧り付いている。
視線は画面から離れない。
「外気マナ濃度、
想定平均との差、拡大中」
「局所的な位相歪み、
再現シミュレーション開始」
「対象個体の行動ログが無いのが問題」
「観測不能=
観測者側の問題」
二人の指が、
ほぼ同時に画面を走る。
常に、
複数の未来が
端末の中で回されていた。
治安維持部隊は、
他とは雰囲気が違った。
周囲の稜線、
谷間、
雪面の乱れ。
すべてを警戒対象として、
無言で布陣する。
銃口は下げているが、
意識は常に引き金にある。
観測班は、
すでに仕事を始めていた。
魔窟飛行船の外縁部に、
迅速にテントが設置され、
その中に観測機材が並ぶ。
ノートパソコンの画面には、
リアルタイムで流れる数値と波形。
誰も無駄口を叩かない。
そして、
魔窟の入り口へと辿り着く。
そこに立っていたのは、
一人の老紳士。
背筋は伸び、
服装は完璧。
白髪に整えられた口髭。
その立ち姿だけで、
場の空気が変わる。
ヴァイスは一瞬、
思考の中で言い直した。
エレノア・レイベルン嬢の忠実な僕。
執事、ジェームス。
彼は静かに一礼し、
穏やかな声で告げた。
「ようこそお越しくださいました」
「我が主、
エレノア・レイベルンは、
ただいま準備を整えております」
「どうぞ――
中へ」




