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ある社員の憂鬱

アーガスノルン本社。

その中枢区画の一角にある、比較的“人間的”なオフィス。


全世界広域実験管制室 室長アルベルト・クロードは、自分のデスクに腰を下ろし、

深く、重いため息を吐いた。


「……はあ」


ディスプレイには、複数の観測ログと推定演算結果が並んでいる。

その中心にある名前を、彼はもう一度、目で追った。


――特異個体:ユリア


「なぜこうも、次から次へと問題が起こるのだ……」


独り言のように呟きながら、こめかみを指で押さえる。


「特異個体ユリアの急速な進化……

システム上の数値はレベル7だが……」


別ウィンドウに表示された、観測班の付記。


《実測魔力量、想定上限を大幅に超過》

《行動半径・干渉規模、レベル8相当の可能性》


「……観測班の報告では、

規模がかなり高い。

下手をすれば――レベル8に匹敵する……」


その言葉を聞きながら、

すぐ近くのソファに座る部下が、

ズズッ、とカップ麺を啜った。


「それは、ないんじゃないですか?」


軽い口調。

まるで雑談のように。


「レベル8〜10って、

天生大法院しか許されない領域ですよ?」


一瞬言葉を切り、

麺を噛み切りながら続ける。


「あんな……

――あ、失言っすね」


一応、言い直す。


「もし、あの“化け物”が、

あの方々に匹敵するなら……

正直、俺たちじゃ制御、無理っすよ」


管制室室長は、苦笑いすら浮かべなかった。


――天生大法院。


アーガスノルン社の、

名目上の“最高意思決定機関”。


二百四十名の最高経営幹部で構成され、

その頂点――

会長を含む最終決定権を持つのは、わずか二十名。


噂では、

マナレベル9と10で構成されているという。


だが。

(……顔を見たことは、ない)


管制室室長が、

直接、対面できるのは――

マナレベル8の存在までだ。


そして、

彼らは皆、奇妙なほど“同じ”だった。


男女の性別の違いはある。

だがそれ以外は――


平均的な顔。

平均的な表情。

平均的な声色。

平均的な話し方。


(……本当に、人間なのか?)


そんな疑念すら、

脳裏をよぎる。


ひょっとすると、

レベル8の人間は、全員同じ顔なのではないか。


そう思ってしまうほどに。


その“均質な存在”たちを介して、

会長を含む最高経営層の意思は、

間接的に、淡々と伝えられる。


管制室室長は、椅子にもたれ、天井を仰いだ。


「……悩んでも、仕方ないな」


そして、小さく笑う。


「よし。

ジャジャ馬姫様の、わがままにでも答えるとするか」


カップ麺を食べていた部下が、

思わず顔を上げた。


「……また、

エレノア・レイベルンですか?」


露骨に嫌そうな顔。


「勘弁してくださいよ。

今度は、何を要求してきたんです?」


室長は、ディスプレイを操作しながら答える。


「本社の最新鋭研究設備と、

研究スタッフを貸せ、だそうだ」


その言葉と同時に、

彼の脳裏に、

先ほど“レベル8の幹部”から告げられた、

あの無機質な声が蘇る。


――

「天生大法院は、

鋭意検討・議論を重ねた結果、

次のような結論を導き出しました」


「管理個体エレノア・レイベルンの要求は、

アーガスノルン社の利益に資すると判断しました」


「よって、

当該個体の要求を、全面的に承諾します」


「詳細な決定事項は、

情報管理端末に送信させて頂きます」


「この指令を忠実に遂行することによって、

あなたの当社における価値は、最大化されます」


「高いモチベーションをもち、

有意義な企業生活を、すごしましょう」


――完璧な笑顔で。

感情の一切ない声で。


管制室室長は、

その記憶を振り払うように、

部下へと命じた。


「治安維持部隊の軍用ヘリを40機」


「特殊部隊は、アルファ部隊を招集」


「研究スタッフは、

第7研究開発部から30名動員する」


「研究資材・機器も、第7から搬出だ」


部下が眉をひそめる。


「……危険地帯に送り込むなら、

第5研究開発部の方がいいんじゃ?」


室長は、即答した。


「あいつらは、

問題児しかいない」


そして、少し間を置く。


「それに――

今現在、本社のノルンシステム監視網でも、

所在不明だ」


「とにかく、

ヘリへの搬入作業を始めろ」


部下は、

「マジかよ……」

という顔を隠しきれない。


アーガスノルン本社は、今日も静かに、

世界の歯車を狂わせる準備を進めていた。

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