救済
ユリアは、王城へと向かっていた。
それはただ一つ――エレノア・レイベルンへの復讐を果たすため。
瓦礫の街を、彼女とエルフの軍勢は疾走する。
だが、その途中で、ユリアの足が一瞬だけ、止まった。
彼女の視界は、もはや人のものではない。
自己進化によって獲得した視力は、
遠く離れた王城の奥、玉座の間の惨劇すら捉えていた。
見えた。
王太子が――
怪物へと変えられていく様を。
そして。
エレノア・レイベルンが、
人の命を“玩具”のように扱い、
笑いながらそれを眺めている姿を。
ユリアの表情は、変わらなかった。
ただ、瞳の奥で、
何かが静かに凍りついただけだった。
側近のガリウスは、走りながら彼女を一瞥する。
怒りも、悲しみも、憎悪も――
表に出ていない。
それが、最も恐ろしかった。
王城内。
瓦礫に囲まれた広間で、
かつて王太子だったものが蠢いていた。
無数の触手。
歪んだ肉体。
もはや人の面影はない。
それに対峙するのは、
剣を握る王女セレナ。
その腕は震え、
剣先は定まらない。
「……お兄様……」
声が、かすれる。
「私よ……あなたの妹の、セレナよ……」
返事はない。
あるのは、粘つく音と、異様な息遣いだけ。
次の瞬間。
——ズブリ。
一本の触手が、
王女セレナの腕を貫いた。
「……っ!」
傷口から、
紫色の体液が逆流するように注ぎ込まれていく。
遠くで、それを見届けていた女がいた。
エレノア・レイベルン。
満足そうに、微笑む。
「ふふ……これで兄妹そろって、
不細工な怪物になれるわね!」
そして、踵を返す。
「それが、あなた達の弱さよ」
執事ジェームスを従え、
彼女は何事もなかったかのように部屋を後にした。
残された王女セレナの身体は、
触手が刺さった部分から、
じわじわと変色していく。
「……お兄様……」
視界が暗くなる。
「……もうすぐ……私も……一緒に……」
そう呟き、
意識が途切れかけた――その瞬間。
——ドンッ。
空気が、裂けた。
黒いローブを翻し、
鮮やかな赤い長髪と、赤い瞳を持つ女性が、
王城内に降り立つ。
長い耳。
人ではない存在。
ユリアだった。
次の瞬間、
見えない斬撃が走る。
空間そのものを切り裂く一撃。
触手の怪物は大きく吹き飛ばされ、
壁に叩きつけられる。
だが――
元が王族だった変異体ゆえか、
再生は、異様なほど速い。
王女セレナは、血に濡れながら呟いた。
「……もう……死なせて……
希望なんて……ないの……」
その言葉に、ユリアは静かに首を振る。
「あなたは、
あの女の言葉を受け入れるの?」
淡々と、だが鋭く。
「あなたのために闘った者たち。
あなたを守ろうとして死んだ人たち。
その犠牲を、無駄にするの?」
王女セレナの瞳が、揺れる。
「……もう……無理なの……」
震える声。
「私の血は……汚染された……
直に……私も……お兄様と同じ……」
その言葉を遮るように、
ユリアは一歩、近づいた。
「私なら、それを止められる」
王女セレナが、顔を上げる。
「その力が……
わたしには、ある」
そのとき、
ユリアの首筋が露わになった。
そこには――
アンデットに噛まれた、古い傷跡。
王女セレナは、それを見つめ、
ゆっくりと、覚悟を固める。
「……力が……欲しい……」
掠れた声。
「運命を……変える力を……」
ユリアは、ためらわない。
自らの手のひらを切り、
流れる深紅の血を、
王女セレナの唇へと運ぶ。
「受け取りなさい」
次の瞬間。
王女セレナの目が、見開かれる。
瞳孔が、赤く染まる。
紫に変色していた皮膚は、
瞬く間に元へ戻り、
傷も、汚染も、完全に消えた。
彼女は――立ち上がった。
身体の奥底から溢れ出す、
途方もないマナを、確かに感じながら。
剣を、構える。
「……ごめんなさい……
お兄様……」
次の瞬間。
先ほどとは比べ物にならぬ速度で踏み込み、
剣に、強烈な光を纏わせる。
一閃。
かつて兄だったものは、
悲鳴を上げる暇すらなく――
塵一つ残さず、消し炭となった。
静寂。
その場に残ったのは、
王女セレナの、啜り泣く声だけだった。
ユリアは、その背後で、静かに立っている。
復讐は、まだ終わっていない。
だが――
運命は、確かに書き換えられた。




