絶望
王都の外れ。
瓦礫と炎が夜を染めるその光景を、
一歩引いた場所から見つめる者がいた。
黒いローブに身を包み、
赤い長髪が風に揺れる。
長く尖った耳――人ではない証。
ユリアだった。
隣には、同じく黒衣を纏った若い男。
彼女の最初の血を受けた側近、ガリウス。
「ユリア様……」
彼は低く問う。
「我々は、このまま待機でよろしいのでしょうか?」
ユリアは、戦場を見据えたまま答えた。
「ええ。この闘い……もうすぐ終わるわ」
淡々と、確信を込めて。
「私たちが手を出さなくてもね」
その言葉を裏付けるかのように、
王都を覆っていた魔法の応酬が、突如として止んだ。
雷が消え、炎が消え、
空気に満ちていたマナのうねりが、急激に失われていく。
だが――
ユリアの表情が、一瞬で険しくなる。
「……違う」
彼女は、何かを察した。
「あの女……何を考えているの」
ローブの裾を翻し、振り返る。
「私たちも行くわよ」
ガリウスは即座に跪く。
「あなた様の御心のままに」
その背後。
同じ黒いローブを纏ったエルフの軍勢が静かに集結する。
かつてアンデットだった者たち。
今は完全に再生し、ユリアに従う者たち。
彼らは、混乱する王都へと進軍を開始した。
王城内部。
魔法が消え、
悲鳴と金属音だけが残る空間。
そこに、悲しげな声が響いた。
「ああ……なんてこと……」
涙を滲ませる仕草で、
エレノア・レイベルンが倒れゆく兵士たちを見つめている。
「私の……私の愛すべき民たちが……
こんな、惨たらしい姿に……」
その芝居がかった声音に、
王太子アルディウスは歯を食いしばり、剣を突きつけた。
「貴様……何をした!!」
エレノアは、ゆっくりと顔を上げる。
そして。
「本当に……不本意なんだけどね」
その目に、感情はなかった。
「戦闘中、私の忠実な兵士たちから
常に魔法で全てのマナを吸い取っていたの」
王女セレナが息を呑む。
「……それって……」
「ええ。みんな強制的に不良債務者よ」
エレノアは肩をすくめた。
「王都勢力に勝つためには、残念だけど
こうするしかなかったわ」
王女セレナは震える声で叫ぶ。
「酷すぎる……!
あなた、人を何だと思っているの!?」
その問いに、エレノアは即答した。
「駒に決まってるじゃない」
冷たく、笑う。
その瞬間。
背後から、
異様な気配が膨れ上がった。
——ガシャリ。
巨大な昆虫の鎌。
エレノアの兵士だったものが、
虫型の怪物へと変貌し、
王女セレナに襲いかかる。
「セレナ!!」
王太子アルディウスが、迷いなく前に出た。
次の瞬間、
鎌が振るわれる。
肉が裂け、
血が舞う。
「お兄様!!」
王女セレナの叫びが響く。
彼女は落ちていた剣を掴み、
振り向きざまに怪物の頭部を切り落とした。
だが。
間に合わなかった。
王太子アルディウスの身体は、
虫の鎌によって、無残にも切り刻まれていた。
「……そんな……」
王女セレナが駆け寄ろうとした、その時。
——背後から、強い腕が絡みつく。
「お嬢様」
落ち着いた、執事の声。
「遅くなってしまい、申し訳ございません」
振り返ると、
そこにいたのは――
エレノア・レイベルンの執事、ジェームス。
「久しぶりの闘いで、少々興奮してしまいまして」
羽交い締めにされ、
王女セレナは動けない。
エレノアは、楽しげに言った。
「遅かったじゃない。
まあ、楽しめたなら良いんじゃない?」
彼女は歩み寄り、
床に転がる昆虫型怪物の首を拾い上げる。
そこから滴る、
どろりとした体液。
「でも……本当に楽しいのは、ここからよ?」
エレノアは、
虫の息の王太子の傷口へと、
その体液を注ぎ込んだ。
「やめて!!」
王女セレナが叫ぶ。
だが、エレノアは止めない。
「アーガスノルンの情報だとね」
淡々と語る。
「不良債務者の血液はナノマシン化していて、
他の管理個体の肉体を改造できるらしいの」
くすり、と笑う。
「成功率は……10%くらい。
だから、今回は失敗かしら?」
その言葉を言い終える前に――
王太子アルディウスは、息を引き取った。
……かに、見えた。
だが、次の瞬間。
彼の身体が、激しく痙攣し始める。
「……っ!?」
肉が、膨れ。
骨が、軋み。
皮膚を突き破り、
ピンク色の触手が溢れ出した。
「……あら?」
エレノアの顔が、歓喜に歪む。
「良かったじゃない」
高笑い。
「あなたのお兄様……生き返ったわよ?」
彼女はジェームスに視線を送る。
「もういいわ。王女様を解放して」
拘束が解かれ、
王女セレナはその場に崩れ落ちる。
「……そんな……お兄様……」
崩壊する王城。
変貌した兄。
笑う女。
その時、
王都へ向かって進軍する
赤い髪の第三勢力が、
確実に近づいていた。




