王都防衛戦
それは、痛みではなかった。
王都に住むすべての人間——王太子アルディウス、王女セレナ、騎士、商人、職人、子どもに至るまで——
その意識の奥底に、同時に“何か”が流れ込んできた。
《――マナ制御レベル、5に到達しました》
エレノア・レイベルンの時と、まったく同じ質の声。
性別も感情も感じられない、しかし確実に“自分に向けて語りかけてくる”声。
街の至る所で、動きが止まる。
「……何だ、この声は?」
「今……頭の中で……」
「神の、啓示か……?」
だが、困惑は長くは続かなかった。
次の瞬間、王都の空気そのものが、変質した。
呼吸が、やけに深くなる。
肺の奥まで冷たい空気が入り込み、胸の内側が微かに震えた。
——いや、空気ではない。
マナだ。
これまで“感じられなかったもの”が、皮膚の内側を流れていく感覚。
血管とは別の、もう一つの循環系が目覚めたかのようだった。
指先に、熱と痺れが宿る。
視界がわずかに鮮鋭化し、遠くの旗の縫い目まで見える。
耳鳴りのような高周波音。
それはやがて、世界が発する情報の総和であると理解されていく。
「……魔力が……見える?」
誰かが呟いた。
街路の上を漂う淡い光。
人と人の間を流れる、色の違うマナの流線。
騎士の中には、無意識に剣を抜く者もいた。
刃に、淡く光がまとわりつく。
——誰も、魔法を詠唱していないのに。
その時。
王宮のバルコニーに立つ王太子アルディウスと、王女セレナの声が、拡声魔法によって王都全域に響き渡った。
「王都の民よ! 騎士達よ!」
王太子アルディウスの声は、震えていなかった。
「理由は後で説明する! だが今は——
王都は、攻撃を受けている!」
王女セレナが、続く。
「エレノア・レイベルン率いる軍が、魔法攻撃とともに侵攻を開始しました!
我々は、ここで退くわけにはいきません!」
その瞬間——
遠方の空が、裂けた。
雷。
だが、それは自然現象ではない。
幾条もの白と青の雷が、意図を持って王都外縁へと落とされる。
続いて、空気が灼ける。
炎の弾幕。
氷の槍が、流星のように降り注ぐ。
城壁の向こう。
そこに立つのは、エレノア・レイベルン。
金髪碧眼、緑のドレス。
その背後には、異様な集団が控えていた。
彼女が魔法で作り出した——
魔道具を装備した魔導士隊。
彼らは、詠唱しない。
杖も触媒も使わない。
魔道具が、大気中のマナを直接引き込み、術式を自動構築している。
「次弾、雷属性、収束率92%!」
「氷系、城門基部を狙え!」
彼らの攻撃は、冷静で、効率的だった。
さらに前線。
魔法で生成された剣。
魔法で形成された槍。
金属ではない。
純粋なマナ構造体を武器とする騎士達が、城門へと殺到する。
「門を破れ!」
「一気に押し込むぞ!」
それを迎え撃つ王都側。
騎士達は、戸惑いながらも、自らの変化を理解し始めていた。
「……俺の剣が……」
剣に、淡い光が宿る。
振るうと、空気が裂け、衝撃波が生まれる。
「魔法が……自然に……!」
民衆の中にも、無意識に火花を散らす者が現れる。
水が浮き、石が震える。
王太子は、剣を掲げる。
そこに、雷が落ちた。
——彼自身に。
だが、身体は焼けない。
雷は、彼の周囲で制御され、剣へと収束する。
「行くぞ!」
王女セレナもまた、掌を前に突き出す。
「王都を、守れ!」
光と魔法と鋼が、激突する。
エレノア・レイベルンの軍勢と、
レベル5へと引き上げられた王都の民と王族。
それは、単なる内乱ではなかった。
この世界が——
管理された力の段階へと突入したことを示す、最初の戦争だった。




