アーガスノルンの提案
マックス・ヴィルヘルムの言葉が終わる前に、
王太子アルディウスの怒りは、もはや抑えきれるものではなかった。
「――黙って聞いていれば……!」
玉座の間に、金属音が響く。
「何様のつもりだ!」
王太子は剣を抜き、
一直線にマックスへと歩み寄る。
衛兵たちが止めようとするより早く――
マックス・ヴィルヘルムは、ただ静かに呟いた。
「エターナル・パラライズ」
その刹那。
王太子の身体が、
彫像のように静止した。
筋肉は緊張したまま、
呼吸すら乱れているのに、
一歩も、指一本も動かせない。
「な……っ……!?」
声すら、かすれる。
マックスは、困ったように肩をすくめた。
「おやおや。
本来は詠唱不要ですし、
何なら――」
黒装甲の部下たちを一瞥する。
「この場の全員を同時に動けなくすることも可能ですが……
実演いたしましょうか?」
その瞬間。
「――それには及びません」
冷たく、しかし揺るぎない声。
王女セリアだった。
拳を強く握りしめ、
王太子アルディウスを見据えながら、
それでも視線はマックスから逸らさない。
マックスは、満足そうに微笑んだ。
「ご理解いただけて、何よりです」
――パチン。
軽い指鳴らし。
次の瞬間、
王太子アルディウスは膝をつき、荒く息を吐いた。
「く……っ……!」
マックスは、何事もなかったかのように、
話を続ける。
「では、本題に入りましょう」
一拍。
「単刀直入に申します」
「王族――いや、この王都にお住まいの方“全員”に対して、
マナ制御レベルを引き上げさせていただきたい」
その言葉に、
玉座の間がざわめく。
マックスの側近と思しき男が、
一瞬だけ驚いた表情を見せた。
王太子は、信じられないというように呟く。
「……マナ制御レベルの、引き上げだと?」
マックスは頷き、
教師のような口調で語り始めた。
「この世界の魔法には、
使用者ごとに“権限”が存在します」
「そして、その権限には
明確な階層構造がある」
「階層が上の者ほど、
より強力で、
より世界に干渉する魔法を行使できる」
一歩、前に出る。
「あなた方王族のレベルは、
この世界においては“高位”に見えるでしょう」
「しかし――
その上には、
いくつもの階層が存在する」
王宮魔術師たちが、息を呑む。
「そして我々、
アーガスノルンは」
「それらすべてを
制御し、管理できる」
沈黙。
マックスは、淡々と続けた。
「また、
マナ切れによる人間の怪物化――
あなた方が“災厄”や“呪い”と呼んでいる現象ですが」
「それは自然現象ではありません」
王女セリアの瞳が、鋭く細まる。
「――我々による、
管理実験の一環です」
その言葉を、
王女セリアは切り裂くように受け止めた。
「……私たちは、
あなた方の道具ですか?」
冷たく、
氷のような声。
マックスは、少しだけ考える素振りを見せてから答えた。
「上層部の一部は、
そう考えているかもしれません」
「ですが――」
彼女を真正面から見据える。
「我々現場の人間は違う」
「あなた方と対等な立場で、
交渉したいと考えております」
王女セリアは、睨みつける。
「……この状況で、
それを“対等”と言えるのかしら?」
マックスは、即答した。
「事は急を要しますので」
「現に――
あなた方の国内では、
今にも内紛が起ころうとしている」
王太子アルディウスとセリアの表情が変わる。
「首謀者は、
エレノア・レイベルンという貴族」
「彼女は、
上層部が独自に接触し」
「王族を超えるマナ制御権限を
特例で与えられました」
王女セリアは、歯を噛みしめる。
「彼女に対抗するには――」
マックスは、静かに言い切った。
「王家もまた、
同等以上の力が必要です」
沈黙の中、
王太子アルディウスが低く問う。
「……対価は、何だ?」
マックス・ヴィルヘルムは、
微笑みを崩さず答えた。
「**王族、
そしてこの王都に住む住民全員の――
マナの99%**を
頂きたい」
「……!」
王女セリアが、声を荒げる。
「そんなことをすれば!
マナ不足になり、
あなた方の“処置”によって――
怪物になってしまうわ!」
マックスは、落ち着き払って続けた。
「ご心配には及びません」
「レベル5以上になれば、
システム上の保護により、
マナが0を下回ることはありません」
その瞬間――
――――――――――
ドォォン!!
――――――――――
遠方で、雷鳴。
続いて、
王宮外から響く悲鳴と怒号。
「敵襲!」
「魔法攻撃を確認!」
衛兵の叫びが、玉座の間に響き渡る。
窓の外、
夜空を裂く白い稲妻。
――エレノア・レイベルン。
彼女が、
王家に牙を剥いたのだ。
王太子アルディウスと王女セリアは、
顔を見合わせる。
選択肢は、
もはや一つしかなかった。
マックス・ヴィルヘルムは、
その沈黙を
“了承”として受け取ったように、
静かに微笑んだ。




