変革の兆し
廃都近郊・霧に覆われた中庭
夜明け前。
崩れた石柱と、
苔むした噴水の残骸。
その中心に、
ユリアは立っていた。
赤い長髪が、
微かな風に揺れる。
「——ステータス」
そう呟いた瞬間。
彼女の視界に、
淡く青白い光の膜が展開される。
数値、階層化された項目、
見慣れぬ魔導文字。
《個体識別コード:7096》
《進化段階:自己進化種(初期)》
《レベル:6》
「……やっぱり」
ユリアは、
自嘲気味に笑う。
「魔法って、本当に便利ね」
「まさか、
わたしがこんなものを
“自然に”使えるようになるなんて」
表示された項目のいくつかが、
淡く点滅している。
《血媒支配:進化》
《被眷属再生率:完全》
《老化停止:恒常》
ユリアは、
ゆっくりと視線を上げた。
周囲に立つ者たち。
——かつては、
腐臭を放つだけの存在だった。
崩れ、溶け、
人の形すら失っていた肉塊。
だが今。
彼らの肌は滑らかで、
筋肉は引き締まり、
骨格は完全に再構成されている。
年齢すら巻き戻されたかのような、
若い肉体。
人と、
ほとんど区別がつかない。
ただ一つ——
耳だけが、
人よりも長い。
伝説に語られる、
エルフのような姿。
そして。
ユリア自身も、
同じだった。
水面に映る自分の顔。
赤い瞳、
滑らかな肌、
伸びた耳。
「……なるほど」
「わたしは、
もう人間じゃないのね」
そのとき。
彼女の背後から、
一人の男が歩み出る。
若い男性。
長身で、
落ち着いた佇まい。
名を——
ガリウス。
最初にユリアの血を受け、
アンデットとなった者。
かつては、
原型を留めぬ肉塊だった存在。
今は、
彼女の側近。
「ユリア様」
ガリウスは、
片膝をつき、報告する。
「王国側に、
意図的に情報を流しました」
「ユベニウス帝国崩壊の映像、
第三の勢力の存在、
すべて予定通りです」
一瞬、
迷いを含んだ声で続ける。
「……これで、
よろしかったのでしょうか?」
ユリアは、
ステータス画面を閉じる。
光が、
霧に溶けて消えた。
そして、
振り返る。
その表情は、
静かで。
だが、
確かな意思を宿していた。
「もちろん」
「これもまた、
計算のうちよ」
「王族は、
アーガスノルンを疑う」
「アーガスノルンは、
王族と“第三の勢力”を警戒する」
「互いに牽制し、
互いに手を縛り合う」
ユリアは、
夜明けの空を見上げる。
「その間に——
わたしたちは、
力を蓄える」
ガリウスは、
深く頭を垂れた。
「すべては、
ユリア様の御心のままに」
ユリアは、
小さく微笑む。
それは、
復讐者の笑みでもあり。
世界を変革する第一歩でもあった。




