ユベニウス帝国・実験都市中枢
街は、すでに街ではなかった。
石畳は割れ、
塔は傾き、
空は、煙と灰で覆われている。
騎士たちが、最後の陣形を組んでいた。
「進むなッ!ここが——」
言葉は、
アンデットの波に呑まれた。
剣が折れ、
魔法陣が歪み、
詠唱は、悲鳴に変わる。
魔術師の放つ火球が、
巨大アンデットの胸を抉る。
だが、次の瞬間、
その肉は不自然に再生し、
腕が振り下ろされた。
潰れる音。
——それで、終わりだった。
ユリアは、
瓦礫の上を歩いていた。
血と灰を踏みしめながら。
「……健闘、した方ね」
その声には、嘲りはない。
ただ、
もう止められないという事実だけがあった。
帝都中央大聖堂
崩れかけた尖塔の奥。
女神像が、無傷のまま立っている。
祈りの場。
——否。
ユリアは、像の足元に残る
不自然な擦れ跡に気づいた。
「……隠してたのね」
力を込めて押す。
石が、音もなくずれた。
暗い、下り階段。
腐臭。
湿気。
彼女は、
迷いなく降りていった。
教会地下・隠匿牢
灯りもない空間。
鉄格子。
そして——
「……ぁ……」
それは、
人の声だった。
ユリアは、息を呑む。
檻の中。
人の形をしているはずのもの。
だが、
手足は癒着し、
皮膚は崩れ、
顔は、原型を留めていない。
肉塊。
それが、いくつも。
「……たす……け……」
虫の息で、
それでも、意思だけは残っている。
ユリアの胸が、締めつけられた。
「……実験、失敗作……?」
答えは、
わかりきっていた。
「……ごめんなさい」
彼女は、
自分でも驚くほど、静かな声で言った。
ナイフで、
自分の掌を切る。
赤い血が、
滴り落ちる。
「……これは、呪いの血」
「でも……」
彼女は、
肉塊に血を与える。
「あなたたちは、
もう“道具”じゃない」
血が、染み込む。
——蠢動。
骨が、形を取り戻し、
筋肉が、絡み合い、
皮膚が、再生する。
呻き声が、
人の声に変わる。
やがて。
檻の中に立っていたのは、
人の形をしたアンデットたちだった。
彼らは、
ユリアを見て、膝をつく。
「……女王……」
その言葉に、
彼女は、首を振った。
「いいえ」
「……仲間よ」
教会地下深部
足音。
慌ただしい声。
白衣。
金属ケース。
資料。
見覚えのある光景。
——実験室。
——注射。
——番号。
ユリアの視界が、赤く染まる。
「……逃げているの?」
白衣の一人が、
振り返る。
その顔が、
凍りついた。
「な……7096……!?」
その瞬間。
アンデットたちが、
一斉に動いた。
悲鳴。
銃声。
だが、数が違う。
ユリアは、
白衣の人間を見下ろした。
「あなたたちは」
「私から、
“人間”を奪った」
「……だから」
彼女は、
静かに手を下ろす。
「研究成果を、
自分の身体で確認して」
その夜
ユベニウス帝国中央大聖堂の地下。
アーガスノルン第3エリア研究所は、
完全に沈黙した。
爆発は、なかった。
ただ、
機能が、消えた。
資料は血に濡れ、
機材は壊され、
通信は、二度と繋がらない。
地上では、
アンデットたちが、
静かに街を覆っていた。
ユリアは、
教会の屋根の上に立つ。
月明かりが、
赤い髪を照らす。
「……アーガスノルン」
彼女は、呟く。
「あなたたちは、
世界を管理しているつもりでしょう」
背後に、
新たな仲間たちが集う。
「でも」
ユリアの瞳が、
深い闇を宿す。
その瞬間、
遠く離れた場所で——
アーガスノルン本社の
警報が、
一斉に鳴り響き始めていた。




