アーガスノルン社 実験エリア3 管制室
巨大な円形の管制室。
壁一面を覆うモニター群には、無数の映像が分割表示されている。
中央には、数十人。
黒いスーツに身を包んだ管理職、
白衣を着た研究員、
端末に張り付くオペレーターたち。
誰一人、私語はない。
ただ、映像だけが流れていた。
【監視塔・外部カメラ】
霧。
濃すぎるほどの霧が、
実験区域「ユベニウス帝国」を包み込んでいる。
『……霧が濃いな。視界が悪い』
監視員の声が、
わずかにノイズを含んでスピーカーから流れる。
次の瞬間。
——ガンッ。
腐った木製の梯子が、
監視塔の外壁に叩きつけられた。
『なっ……!?』
画面の下から、
黒く変色した手が、ぬっと伸びる。
次々に、
梯子。
梯子。
梯子。
『蹴り落とせ!早く——!』
映像が揺れる。
監視員が必死に梯子を蹴飛ばすが、
すぐに別の梯子が掛けられる。
腐臭が、
映像越しでも伝わってくるようだった。
『侵入!アンデット侵入——!』
悲鳴。
銃声。
しかし、
数が違う。
アンデットが、
波のように押し寄せる。
そして——
画面が切り替わる。
【市街地・広域映像】
巨大な影。
二〇メートルはあろうかという、
異様に膨れ上がったアンデット。
その腕が、人間を掴む。
——握る。
骨が砕け、
血が飛び散る。
別の個体は、
逃げる人間を口に放り込み、
咀嚼することなく飲み込んだ。
管制室に、
初めてざわめきが走る。
だが。
次の映像で、
全員が黙った。
【中央広場・俯瞰映像】
アンデットの群れ。
その中心。
赤い髪の女が、
静かに立っている。
アンデットは、
彼女を避けるように動き、
一切、襲わない。
まるで——
彼女を中心に、世界が回っているかのように。
「……止めろ」
管制室長の声が、低く響いた。
「拡大。
対象を特定しろ」
作業員たちの指が、
一斉にパネルを叩く。
ホログラムが展開され、
識別処理が走る。
数秒。
「——識別完了」
一人のオペレーターが、
声を震わせながら報告する。
「識別ID、7096」
管制室が、静まり返る。
「……治安維持部隊員。
死亡扱いです」
「管理レベル……」
オペレーターは、
一瞬、数値を二度見した。
「……5?」
管制室長が、
思わず立ち上がる。
「そんな馬鹿な!?」
「実験区域の管理民どもは、
王族でも最高レベル4だ!」
「それが、なぜ——
俺たち一般社員と同等のレベル5相当になっている!?」
怒声が、室内に響く。
「システムエラーじゃないのか!」
即座に、別の作業員が答える。
「いえ!」
「探知系システムは、
先日、アルゴリズム修正アップデートを行ったばかりです!」
「整合性チェック済み。
問題ありません!」
沈黙。
そのとき。
管制室の後方で、
静かに立っていた男が、口を開いた。
黒いスーツ。
無駄のない仕立て。
本社から視察に来ていた役員だ。
「……自己進化種か」
誰かが、息を呑む。
管制室長が、振り返る。
「自己進化種……?」
「一体、どういう——」
役員は、
冷たい視線を向けた。
「これは、レベル8以上の案件だ」
その言葉で、
空気が凍りついた。
「社内情報規定第12条に抵触する」
「処罰対象になりたくなければ、
これ以上、詮索はするな」
管制室長は、
言葉を失う。
役員は、
すでに通信端末を取り出していた。
「……本社へ直通だ」
低く呟き、
通話を開始する。
モニターには、
今も映り続けている。
アンデットの海。
その中心に立つ、赤い髪の女。
管制室の誰もが、
理解していた。
——これは、
管理できる“実験結果”ではない。
アーガスノルンが初めて直面した、
想定外の意思。
そして、
それはまだ、始まったばかりだった。




