王国諜報局・非公式報告
石壁に囲まれた小部屋には、
灯りが一本しかなかった。
王女セリアは、机の前に立ったまま、
報告書に目を通している。
——商会名
——交易路
——東亜王朝映像ログ提供者
どれも、既に過去形だった。
「……確認は、取れたのですね?」
声は静かだったが、
その奥に緊張が滲んでいる。
彼女の前に跪く男――
王国諜報員は、視線を伏せたまま答えた。
「はい、王女殿下」
「商会代表三名、護衛二名、従業員数名。
全員……昨夜までに死亡を確認しました」
セリアの指が、わずかに止まる。
「原因は?」
「……表向きは、事故です」
諜報員は、淡々と続ける。
「一件目は、宿泊先の火災。
二件目は、馬車の転落事故。
三件目は……急性のマナ枯渇による心停止」
「マナ枯渇……?」
セリアは、顔を上げた。
「商人が?」
「はい。
記録上は、数値の異常はありませんでした。
——死ぬ直前までは」
沈黙。
「……共通点は?」
セリアの問いに、諜報員は一瞬だけ言葉を選ぶ。
「映像ログを、
“我々に渡した”ことです」
その言葉は、
刃物のように部屋の空気を切り裂いた。
「消された……」
セリアは、呟く。
「我々が、調査を始めるよりも前に?」
「恐らく」
諜報員は、はっきりと頷いた。
「魔族は、
誰が、いつ、何を見たかを把握していたと考えられます」
セリアは、ゆっくりと椅子に腰を下ろした。
「……商会は、ただの偶然で映像を持っていただけ」
「はい。
彼らは、何も知らなかった」
「それでも、殺された」
諜報員は、否定しなかった。
灯りが、わずかに揺れる。
「……私たちは」
セリアは、両手を握りしめる。
「調べようとしただけで、
誰かを死なせてしまった……?」
「殿下の責ではありません」
即座に諜報員が言う。
「ですが――」
言葉が、そこで止まる。
「ですが?」
「……相手は、国家ではない。
人を超えた存在です」
セリアの脳裏に、
燃え落ちる東亜王朝の映像が蘇る。
「……調査は、続けられますか?」
しばらくの沈黙の後、
セリアは、そう尋ねた。
「正面からは、不可能です」
諜報員は、はっきりと言った。
「我々が一歩動けば、
向こうは十手先を打つ」
「……では」
セリアは、顔を上げる。
「どうすればいいの?」
諜報員は、視線を上げ、
初めて彼女をまっすぐ見た。
「魔族と接触した存在」
セリアの胸が、ざわつく。
諜報員は、深く頭を下げた。
「その者たちは――
例外なく、奴らの管理下にあります」
セリアは、静かに目を閉じた。
「……ありがとう。
下がっていいわ」
諜報員が去った後、
部屋には、彼女一人だけが残った。
そして王女は、悟り始めていた。
――この国は、
まだ“生かされている”だけなのだと。




