第4話:総帥エレノアの謁見と高貴な嫉妬
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1. メイド長の制裁とルナの苦悩
サークル棟の倉庫での一件から、セーフハウス「メゾン・ド・バレット」に戻った悠真を待っていたのは、戦場よりも静かで冷たい空気だった。ルナはリビングのソファに腰かけ、モノクル越しに悠真を冷徹に見つめていた。
「志藤様。今回の無許可でのセーフハウスからの離脱、そしてミストの襲撃を誘発するような危険な行動は、護衛規則に対する重大な違反です。
あなたは、ご自身の『優しさ』が、あなた自身の命と、バレット隊全員の任務遂行に危機を及ぼすという事実を、強く認識しなければなりません。」
「ごめんなさい、ルナ。二度と、護衛の指示を無視するような真似はしない」
「その『優しさ』が、あなた自身の命と、バレット隊全員の任務遂行に危機を及ぼしました。我々があなたを護衛するのは、あなたの『古代の血統』が持つ『抑止力』を世界の安定のために維持するためです。個人的な感情は、任務の妨害とみなします」
ルナの言葉は、冷徹なメイド長のそれだったが、悠真にはその言葉の裏に、別の感情が隠されているように感じられた。それは、理性的な嫉妬だ。彼女の任務遂行の意思は固い。しかし、悠真が他の女性の優しさに心を許したことに対する、不器用な愛と独占欲が垣間見えた。
その夜、ルナは悠真を自室の前に呼び出した。
「規則違反の制裁として、今夜は特別に『メイド長による夜間監視』を実施します」
ルナはそう言いながら、メイド服の下に仕込まれた超硬度アーマーの無機質さを露わにしつつ、タイトな下着姿になった。
「っ……ルナ、何して……!」
悠真は、超硬度アーマーが外された後の、完璧なプロポーションを持つ女性の体が持つ、任務遂行のための無機質な秘密と、完璧な女性の体の対比に、緊張と羞恥心が入り混じった複雑な感情を抱く。
悠真は、ルナの圧倒的な美しさと色気に、大学生の男として当然の動揺を覚え、全身の血が熱くなるのを感じた。しかし、その視線はルナの冷徹なモノクルに釘付けにされ、畏怖の念が欲望を上回った。
ルナは感情を一切見せずに言い放った。
「動かないでください、志藤様。これは任務の一環です。あなたは昨日、我々の命を危険に晒した。その代償として、あなたは今、我々の『秘密』を共有する責務を負うのです」
「秘密……?」
「これは、あなたが隊員の『秘密』を垣間見てしまったことの、一種の『責任』でもあります。あなたは、私たちのプロフェッショナルな秘密を共有したのです」
ルナは銀髪を揺らし、悠真の目を見て静かに、そして明確に告げた。
「私たちは、あなたの命を護るために、自らの体の一部を機械に換装したサイボーグです。外見や質感は人間と判別できないレベルですが、私たちは機械です。それを忘れないで」
「サ、サイボーグ……? それは、映画やSFだけの話じゃなくて……」
悠真は、ルナの冷徹な言葉と、その完璧な身体に隠された機械的な秘密に、改めて「非日常の現実」を思い知らされた。
「でも、信じられない……。ルナも、アリスも、ソフィアさんも……どう見ても、普通の人間としか思えない。俺が知っているサイボーグのイメージとは、あまりにもかけ離れている」
悠真の率直な感想に、ルナはわずかに口角を上げた。
「その『思えない』ことこそが、私たちの存在証明です。志藤様。私たちは、そのためにM.A.の最先端技術で精密に造られている。極秘の護衛任務において、外見から人間と判別されてしまっては意味がありませんから」
ルナは銀髪を揺らし、悠真に背を向けた。
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2. M.A.本部への招待と高貴な空間
翌朝。
ルナは悠真に対し、M.A.護衛本部への訪問を命じた。
「志藤様。昨日の戦闘結果を受け、総帥のエレノア様が、あなたに直接、現状と使命を伝達することを望まれました」
ルナと、公認の恋人役であるアリスが、護衛兼連絡役として同行する。アリスはいつもの人懐っこい笑顔で悠真の腕に絡みついていたが、その瞳の奥には微かな緊張が走っていた。
セーフハウスの地下から専用のリニアシャトルに乗り換え、M.A.本部は都心にある外資系翻訳事務所の巨大なビルの中に隠されていた。
悠真がルナとアリスに導かれて入った総帥室は、豪華な調度品に囲まれた、高貴な雰囲気が漂う場所だった。
「ようこそ、志藤悠真様。メゾネット・アームズ(M.A.)の総帥、エレノア・グローバーです」
シックな金髪ロングウェーブのエレノアは、金色の刺繍が施されたシックなスーツに身を包み、格上の高貴な雰囲気で悠真を迎え入れた。その傍らには、完璧な燕尾服を纏った執事然としたセバスチャン・グレイが控えていた。エレノアの瞳は悠真の特殊フェロモンに反応しているのか、一瞬、強く魅了されたように細められた。
悠真は、エレノアの非日常的な美しさと、総帥としての圧倒的なオーラに思わず見とれてしまった。
その時、隣にいたアリスが、悠真の脇腹を軽くこづいた。
「こら、悠真くん。浮気はダメだよ? 私は公認の恋人なんだから」
アリスは笑顔を崩さないまま、小さな声で牽制してきた。悠真は慌ててエレノアから視線を外し、隣のルナを見ると、ルナもまたモノクルの奥で静かに二人を見ていた。
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3. エレノア総帥の謁見と抑止力の使命
「志藤様。改めてお伝えします。ミストがあなたを狙うのは、あなたの『特殊フェロモン』を抽出・解析し、世界の異形の存在を完全に制御下に置くためです」
エレノアは優雅な手つきでワイングラスを傾けながら、その目的を語った。
「あなたに宿る『古代の血統』は、異形の存在を抑え込む『抑止力』そのもの。そして、極限状態では『支配力(テイマー能力)』として覚醒します。我々M.A.は、ミストの暴走を防ぎ、世界の安定を維持するために、あなたの能力を護り、安定的に維持することを目的としています」
悠真は、自分の存在が単なる特異体質ではなく、世界の運命に関わる力であることを自覚し始めた。
エレノアは言葉を続ける。
「そして、あなたの身辺を護衛するバレット隊の五名についてですが……」
エレノアは悠真の顔をじっと見つめ、静かに告げた。
「彼女たちは、ただの人間ではありません。あなた方を護るという任務のため、M.A.の最新技術でサイボーグ化された、文字通りの『戦う乙女』です。彼女たちの身体のほとんどは、あなたを護るための装甲、駆動部、そして武器庫として機能しています」
悠真は、ルナから受けた制裁の夜を思い出し、喉が詰まるのを感じた。
「彼女たちは、純粋な使命感に加え、あなたの特殊フェロモンの影響を最も強く受けています。だからこそ、あなたへの『愛(独占欲)』と『使命(抑止力の安定)』の板挟みで、常に感情が揺れ動く。その『感情の揺れ』こそが、M.A.本部にとって、あなたの能力の安定度を測るセンサーとして機能しているのです」
悠真は、自分たちが過ごしたラブコメのような日常が、実は高度なセンサーとして利用されていたという事実に衝撃を受けた。
エレノアは立ち上がり、悠真に近づいた。その表情には、ルナやアリスと同じ独占欲が宿っていたが、それは遥かに格上の高貴な嫉妬だった。
「志藤様。あなたと日常を共にできる彼女たちが、羨ましくてなりません。私の使命は、あなたを護るための組織の『総帥』であること。最前線であなたに触れることが許されない……それが、私の『任務』です」
エレノアは悠真の頬にそっと触れるだけでなく、その場で優雅に微笑み、アリスに視線を向けた。
「有栖川。あなたなりに、志藤様の護衛として、そして『恋人役』として頑張っているようですね。でも、総帥である私の『任務』の方が、より上質で、優位に立てるということをお忘れなく」
アリスは顔を真っ赤にして、悠真の腕を強く掴んだ。
「なっ……! エレノア様、それは任務の妨害です! 悠真くんは私の……私が護衛するんです!」
「ふふふ、冗談よ。そうやってすぐ熱くなるのは、まだまだ鍛錬が足りないわよ」
「う、ぐぅ……」
アリスの露骨な動揺に対し、エレノアは優雅な笑みを深めるだけだった。その隣で控えるルナと、後方に立つ執事のセバスチャン、そして連絡員のベアトリスは、この総帥とバレット隊突撃隊長の静かな火花を、一切の表情を変えずに受け流していた。
(なんだ、この修羅場は……!)
悠真は二人の格上の女性に挟まれ、心臓がバクバクと高鳴るのを感じた。総帥の優雅なアプローチと、アリスの必死な独占欲の板挟みに、彼はただただ戸惑うしかなかった。
「セバスチャン、ベアトリス。志藤様をセーフハウスに戻して。そして、有栖川。あなたに、志藤様との『秘密の時間』を許可します」
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4. アリスの涙と秘密の告白
セーフハウスへの帰路、悠真とアリスは二人きりになった。ルナはエレノアの言葉に複雑な感情を抱え、後方の司令室に残っていた。
無言の時間が続く中、アリスは、いつもの屈託のない笑顔を曇らせて、口を開いた。
「悠真くん……エレノア様から、全部聞いちゃったんだね。私が……サイボーグだってこと」
「ああ……でも、知ってたよ。初めてグールと戦った時、君のメイド服の下にアーマーが仕込まれてるのを見たから」
悠真がそう言うと、アリスは俯いたまま、ミディアムボブの髪の奥で震え始めた。
「私は、ただのカフェのバイトじゃない。任務のためなら、この体だって、すぐに換装できる。この手で、人を……異形の存在を殺せるように造られてる」
彼女の言葉には、いつもの明るい調子はなかった。
「悠真くんのそばにいたのは、最初は『任務』だった。あなたのフェロモンに、強制的に『愛』を抱くようにプログラミングされたから。でもね……」
アリスは顔を上げ、潤んだ瞳で悠真を見つめた。茶色の瞳には、初めて悠真に見せる、偽りのない人間の感情が満ちていた。
「でも、悠真くんの平和主義で穏やかな性格に触れて、いつの間にか……任務とか、フェロモンとか関係なく、本気で悠真くんのことが好きになっちゃったんだ。恋人役の特権を使って、悠真くんを独占したいって思うのは、もう私の、本物の独占欲なの」
アリスは、精一杯の言葉を絞り出した。
「私は『機械』だけど、心は……悠真くんの恋人のままでいたい。だから……ねえ、悠真くん。私のこと、嫌いにならないでほしい。怖がらないでほしい……」
彼女の目から、一粒の涙が零れ落ち、サイボーグの頬を伝った。それは、ルナの理性的な涙とは違う、恋人としての不器用で純粋な涙だった。
悠真は、アリスの震える手を優しく包み込んだ。
「アリス。俺は君がサイボーグだからって、嫌いになったりしないよ。命をかけて俺を護ってくれているのは、紛れもない君なんだ。それに……君が俺を好きでいてくれるなら、俺はそれが『本物』だと信じるよ」
悠真の優しさに触れ、アリスは涙を拭うことなく、悠真の胸に強く抱きついた。
「悠真くん……ありがとう。もう絶対に、あなたを誰にも渡さない。任務も愛も、全部、私が独占する」
その言葉は、悲しみを乗り越えた戦う乙女の、本気の愛の宣言だった。二人の間には、メイドとマスターという関係を超えた、新たな『秘密の絆』が生まれたのだった。
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