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メゾン・ド・バレット~戦う乙女と秘密の護衛生活~  作者: ざつ


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第3話:盲点の狩場とメイドへの警戒

 _____________________

 1. マヤの巧みな誘導と悠真の優しさ


 数日後。


 マヤは映画研究会の活動を口実に、悠真に頻繁に連絡を取るようになった。彼女は常に「みんなに会いたいけど、忙しくてなかなか行けない」と寂しそうな様子を見せ、悠真の平和主義で穏やかな優しさを巧みに引き出す。


 ある日の昼休み、マヤは悠真にメッセージを送ってきた。


「志藤くん、お願いがあるんだけど……。映画研究会で使う古い撮影機材が、サークル棟の倉庫にまだ残ってるみたいで。最近、顔出せてないから、って引き受けたんだけど、思いのほか量が多くって。あと、私、重くて一人で運べないから、手伝ってくれないかな? アリスさんたちには内緒で、少しだけ……」


 悠真は一瞬戸惑った。ルナの「許可なく敷地外に出ないこと」という厳格な規則が脳裏をよぎる。


 しかし、マヤが言う「古い機材」は確かに重く、彼女一人では難しいだろう。何より、彼女の不安げな文章が、悠真の「困っている友人を助けたい」という平和主義の根幹を刺激した。


(アリスやメイに頼めば済む話だけど……マヤは彼女たちの「すごいオーラ」に怯えてる。それに、ただの機材運びだ。少しなら、大丈夫だろ……)


 悠真はメイドたちに相談せず、ルナにも報告しないまま、マヤと二人きりでサークル棟の裏手へと向かうことを決意した。この「優しさ」こそが、マヤが狙っていた悠真の最大の「盲点」だった。


 _____________________

 2. 狩場の正体とレディ・クロウの襲撃


 サークル棟の裏手、人目のつかない倉庫の前に着くと、マヤは安堵したように微笑んだ。


「ありがとう、志藤くん、助かるよ。この倉庫、ちょっと奥が暗いんだけど……」


 マヤが倉庫の重い扉を半分ほど開けた、その瞬間。悠真の背筋に、昨晩感じた特殊フェロモンが暴走する時のような、冷たい悪寒が走った。倉庫の暗闇から、低い女の声が響いた。


「遅かったわね、獲物が警戒する前に、さっさと捕獲しなさい」


「な、何これ!? 誰なの!?」


 マヤは悲鳴を上げ、恐怖に凍りついたように悠真のコートの裾を掴んだ。


 悠真は全身の血の気が引くのを感じた。


(なんだこいつらは!? この機材運びは、もう普通のことじゃない。一体、どうしてこんなことになっているんだ!?)


 倉庫の暗闇から、漆黒のロングコートに身を包み、冷徹な仮面のような表情を浮かべた女性が姿を現す。


「名乗るほどの者ではないわ。強いて言うなら、あなたの命を刈り取る刺客、レディ・クロウよ」


 ミストの幹部、レディ・クロウは悠真を冷徹に見据える。


「特殊フェロモン体質。これは組織が確かに欲しがる逸材ね、この私がいただかせてもらうわ!」


 レディ・クロウが手を振ると、倉庫の内部からグール系の異形の存在が数体出現した。


(クソッ! ルナの警告を破ってしまった!「メイドの護衛なしに命はない」と、ルナは警告していたのに! マヤまで巻き込んでしまった! 俺は……この友人を、自分で招いた危機から護れるのか!?)


 悠真は激しく後悔と焦りに襲われた。しかし、それだけではなかった。悠真の足元の空間が歪み始め、レディ・クロウのオカルト能力による幻覚攻撃が発動したのだ。


 悠真は視界が歪み、グールが巨大な影となって迫ってくる幻影に襲われる。


「志藤様! そこは危ない!」


 絶体絶命の瞬間、緊急信号を受信し、猛スピードで現場に急行したのは、クロエとメイだった。二人は瞬時に私服から戦闘用メイド服にナノ換装を完了させていた。


「遅かったね、バレット隊。でも、もう手遅れよ」


 レディ・クロウは悔しそうに言い放った。


「志藤様を護衛せよ! メイ、クロエ! 『ファントム・ハント』連携を!」


 ルナの冷徹な司令がイヤホン越しに飛ぶ。


 _____________________

 3. 幻覚攻撃とメイドたちの苦戦


 クロエは即座にハンドガンを構えたが、レディ・クロウの能力は彼女の視覚システムを狂わせた。まるで、オカルト映画のような、科学では理解できないような能力。少なくとも悠真には、そう見えた。


「ッ! メイ、照準が定まらない! 幻覚がデータノイズとして干渉してくる!」


 クロエは、自慢の情報分析能力が、科学とは相容れないオカルト能力によって機能不全に陥るという苦戦を強いられる。


 一方、メイは小柄な体躯と超高速体術を活かし、出現したグール系モンスターを次々と蹴り飛ばしていく。しかし、幻覚によって敵の動きや距離感が掴めず、攻撃が空を切ることが増えた。


「くそっ、見えない! このぉ! 悠真せんぱーいから離れてください!!」


 メイは、アリスやルナほどの戦闘経験がなく、幻覚に感情が揺さぶられてしまう。


「クロエせんぱい! メイが正面を引きつけます! 情報分析で、あいつの弱点、オカルト能力の発生源を特定してください!」


 メイはデレ多めのツンデレな性格とは裏腹に、プロの突撃隊員として、自身を囮にする連携を提案する。


 _____________________

 4. 情報分析と超高速体術の「ファントム・ハント」とアリスの到着


 クロエは視覚システムへの干渉を一時的に遮断し、体内のドローンを一機発進させた。


「了解! メイ、五秒間の時間稼ぎを! ドローンによる広域スキャンで、幻覚のエネルギーパターンを解析する!」


 ルナの緊迫した声がインカムに響く。


「クロエ、メイ、聞こえているわね。アリスはどこにいる!?」


 クロエは即座に状況を報告した。


「アリスは現在、現場から南東に約500メートル地点。隊長、彼女の到着は?」


 インカムから、アリスの焦る声が聞こえてきた。


「ルナ、あと2分で到着するわ! 悠真くんは無事!?」

「私も3分以内に現場に到着する。それまで二人が時間を稼ぎなさい。志藤様を最優先よ!」

 ルナは冷徹に返答した。


 メイは超高速体術でレディ・クロウに肉薄し、二丁SMGを連射することで、牽制に成功する。メイの「デレ多めのツンデレ」な独占欲は、この時ばかりは悠真を護る純粋な戦闘衝動へと昇華されていた。


 クロエは解析結果を瞬時に読み上げ、メイに指示を出す。


「メイ、幻覚の発生源は、彼女の左手首の呪物だ! 超高速体術で一点突破を!」

「了解です! ファントム・ハント!」


 メイは残像すら残さない超高速体術で、レディ・クロウの防御を突破。左手首の呪物をSMGの銃床で叩き割ることに成功した。呪物が破壊されたことで幻覚攻撃は霧散し、グール系のモンスターも動きを止める。


 その直後、「遅れてごめんね、悠真くん!」というひときわ大きな声と共に、アリスが私服カジュアルなワンピースから瞬時に戦闘メイド服に換装しながら、剣とシールドを装備して突入してきた。


「私の公認の恋人を傷つけたら許さないんだからね!」


 アリスは嫉妬と独占欲をむき出しにして、レディ・クロウへと突撃する。


 レディ・クロウは冷静に状況を判断した。バレット隊の主要メンバーであるルナ、クロエ、メイ、アリスが揃ったことで、これ以上の戦闘継続は得策ではないと悟る。


「フン。司令塔、情報分析、機動戦士、そして突撃隊長。思ったよりも連携が取れているじゃないの。しかたないわね、今日はこれくらいにしておくわ」


 レディ・クロウは悔しげに舌打ちし、再び煙幕と共に撤退した。


 _____________________

 5. 友人の記憶消去とメイドへの警戒心


 戦闘は辛くも勝利に終わった。


 悠真は、幻覚に苦しみながらも、自分のために命がけで戦ったメイドたちのプロフェッショナルな連携を目の当たりにした。しかし、彼の傍らで、マヤは恐怖のあまり立ちすくみ、泣きそうな顔で悠真の手を握っていた。


「志藤くん、ごめん……まさか、機材運びがこんなことになるなんて……」


 マヤは泣きそうな声で悠真に強く訴えかける。


「ねえ、志藤くん。なんでこんな恐ろしい人たちが、あなたの護衛をしているの? 私、怖くて……」


 悠真は、マヤを信じる心を捨てきれなかった。彼女は確かに怯えており、自分の優しさが招いた結果だと感じていた。メイドたちの超人的な戦闘力は、悠真の「平和な日常」を壊す非日常の象徴のように見え、彼は心から彼女たちを信じきれないでいた。


 ルナが現場に到着し、冷徹な判断を下す。


「クロエ。即座に目撃者のスキャンを。非戦闘員の処理を優先するわ」


 クロエは掌のデバイスを操作し、周囲をスキャンする。


「了解。現場付近、および広域カメラにも一般人の目撃情報なし。バックアップの非戦闘員がプロトコル2.1を実行済み。あとは、志藤様と、マヤという非戦闘員のみです」

「よろしい。クロエ。マヤは一般人よ。ミストの存在を知ったままでは危険すぎる。プロトコル2.1を適用しなさい。この15分間の記憶を消去するわ」

「了解、隊長」


 クロエは即座に掌のデバイスをマヤの額にかざした。マヤは一瞬、目を閉じて意識を失う。


 その瞬間、ルナとクロエの姿は倉庫の陰へと消え、アリスとメイは瞬時に私服へと換装を完了させた。現場には、悠真と、私服のアリス、メイ、そして気を失ったマヤだけが残された。


 ルナの冷たい声が、悠真の耳元の小型インカムに響いた。


「志藤様。今回の規則違反につきましては、後ほどセーフハウスに戻ってから、細かくお話を伺います。ご覚悟を」


 その言葉に、戦闘よりも遥かに強い 戦慄が、悠真の背筋を貫いた。


 直後、マヤはすぐに覚醒した。


「あれ……? 私、どうしたんだろ? ここで志藤くんと何を……? あ、機材運び!」


 マヤは恐怖の記憶を失い、機材運びという日常的な現実へと戻っていた。アリスは、マヤの情報漏洩の危険性を排除したことに安堵する。


 アリスはすぐにマヤに駆け寄り、公認の恋人役としての顔で、安心させるように微笑む。


「マヤちゃん、大丈夫? 私たちが悠真に頼まれて、手伝いに来たんだよ。機材が重すぎて、疲れて意識が飛んじゃったんじゃない?」


 メイも遠い従姉妹という設定を維持し、わざとらしく明るく話す。


「そーそー! 悠真せんぱいが、マヤ先輩が困ってるって言うから、私たちも急いで来たんですぅ!」


 悠真は、このプロフェッショナルな情報操作の処理能力に、改めてメイドたちの超人的な戦闘力と、裏社会の秘密を隠蔽する冷徹さを認識する。


(マヤはただの友人だ。俺のせいで怖い思いをさせてしまった……。でも、アリスたちがいなければ、俺たちは死んでいた……)


 悠真の心の中で、「友人マヤ」と「護衛メイド」に対する警戒心と信頼が複雑に絡み合う。マヤは悠真の優しさという「盲点」を突き、メイドたちとの間に静かな亀裂を入れるという、彼女の目的は達成されたのだった。



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