第32話:防御(シールド)の継承とソフィアの覚悟
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1.リビング:バリアのリセットと愛の再起動
自身の駆動系の大規模換装を終えたソフィアが、メゾン・ド・バレットのリビングに静かに戻ってきた。彼女の全身を覆うアーマーは最新型へと換装され、その表情は極めて静謐で理知的だった。まるで、感情的なノイズが完全にリセットされたかのように。
リビングには、ソフィアの帰りを待ち望んでいた悠真とアリスがいた。
「ソフィア! おかえりなさい!」
アリスは、抑えきれない安堵の表情で駆け寄り、ソフィアの腕に抱きつこうとした。
しかし、ソフィアは優雅だが無表情のまま、アリスの動きを理知的なデータ処理によって正確に予測し、一歩後ろに下がった。
「有栖川隊員。データ上、あなたの突発的な接触は志藤様の警戒心を高めるリスクがあります。……また、私の駆動系も、まだ安定プロトコル優先です」
その冷徹な拒絶の言葉に、アリスは顔をこわばらせた。
「え……ソフィア?」
「ソフィアさん、無理はしなくていいですよ。無事でよかった」
悠真が心から安堵した優しい言葉をかけると、ソフィアの整った顔に微細な変化が生じた。それは、高性能な演算処理が一瞬フリーズし、別の感情的なプログラムが割り込んだような、理性の亀裂だった。
ソフィアは一瞬目を閉じ、そしていつもの包容力のある笑顔に戻った。
「あらあら〜、悠真さん、アリスさんも。心配をおかけしましたわね。……ええ、このソフィア、いつでもあなたの盾ですよ」
その言葉には、機械的なリセットを乗り越えた、悠真への絶対的な献身が滲み出ていた。ソフィアは優雅に優しく微笑むと、悠真の頬にそっと触れた。
「悠真さんのお優しさは、私にとって最も強力な再起動シグナルです。もう、心配はご無用ですわ」
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2.整備エリア:防御特化の衝突
その頃、地下の整備エリアでは、ソフィアの不在中に防御の役割を引き継いでいたアベルが、換装を終えたソフィアの旧式アーマーの点検を続けていた。
そこに、いつものメイド服に着替えたソフィアが、優雅に現れた。
「アベルさん。私の旧式アーマーの整備、ご苦労様ですわ」
アベルは顔色一つ変えず、彼女の防御特化の駆動系を引き継いだソフィアに、静かな問いかけをした。
「ソフィア隊員。あなたは、今回の換装で感情的なノイズを完全に除去することが可能でした。にもかかわらず、なぜ理知的な復帰プロトコルを無視し、すぐに志藤様への愛の独占欲を再起動させたのですか?」
アベルは、E31でルナから課された「悠真の優しさに触れる」というミッションの中で、自身の駆動系に生じた愛の亀裂に苦しんでいた。彼女にとって、ソフィアは理性的な防御の鑑であってほしかったのだ。
ソフィアは、アベルの真意を理解し、優しく微笑んだ。
「ふふ、アベルさん。あなたはまだ、防御の真の意味をご存じない。防御とは、ただの物理的な盾ではありません。それは、絶対的な献身ですわ」
アベルは整備用のレンチを置き、銀色の短髪を微かに震わせた。
「ソフィア隊員。私の防御プロトコルは、物理的な堅牢さと理性の継続を最優先します。あなたの魔道エネルギー駆動のバリアは、感情の揺れでオーバーヒートを起こしやすい。しかし、私の特殊合金シールドは、いかなる感情的なノイズも許しません。私は、効率的な防御こそが、志藤様への真の献身だと考えています」
ソフィアは静かに、整備台に置かれた旧式アーマーの胸部装甲にそっと触れた。そこには、過去の戦闘でついた深い傷跡が残っていた。
「あなたの言う理性の防御は、最も合理的で、そして最も脆いのよ、アベルさん」
ソフィアは、静かに溜息をつくと、アベルの問いに真正面から向き合った。
「私の心のバリアが崩壊した時、この身はただの鉄屑になりました。かつて、私が理性というプログラムだけを信じた結果、愛する家族や、恋人を護りきれなかった過去がある。それが、私の心のバリアを崩壊させた原因です」
ソフィアは初めて、自身の過去の悲劇的な失敗を、理性の塊であるアベルに打ち明けた。
「私のアルカナ・シールドは、あなたのように特殊合金で物理攻撃を跳ね返す『防壁』ではありません。私の盾は、魔道エネルギーで内部から守る『包容』です。包容は、内側の感情が強くなければ、外側の圧力に耐えられない」
ソフィアはアベルの冷たい瞳を見つめ、優しさと厳しさが混ざった眼差しを向けた。
「その時、私に残されたのは、『もう二度と、大切な人を失わない』という、プログラムを超えた愛の執着だけでした。愛は非効率。でも、愛こそが、いかなるシステムエラーも許さない、防御の最終プロトコルですわ」
アベルの銀色の短髪が、微かに震えた。彼女の心の中で、ゾルゲの言葉とソフィアの言葉が激しく衝突する。
アベルは、無意識に左胸の駆動部を、自分の硬質な指先で覆い隠した。
「ですが、ソフィア隊員。その愛の執着が、あなたを危険なオーバーヒートへと導く。それは、志藤様を護る上での最大のリスクです」
「ふふふ、そのリスクを背負う覚悟こそが、私とあなたの防御の違いよ、アベルさん」
ソフィアは、戸惑うアベルの背中に優しく手を当てた。
その手の温もりは、サイボーグメイドであるはずのアベルの皮膚を通して、彼女の駆動系に微かなノイズとして伝わった。アベルは反射的に、ソフィアの手に触れないよう、身体を半歩引いた。
「アベル隊員。あなたの防御は完璧。ですが、その完璧な防御に愛の感情というエンジンを搭載すれば、あなたは誰も破れない最強の盾になれますわ。理性を貫くあなただからこそ、その愛は、最も純粋な献身として機能する」
ソフィアは、包容力のある笑顔で締めくくった。
「さあ、私と一緒に悠真様を護りましょう。お互いに、それぞれの愛の盾を磨き、頑張りましょうね」
アベルは、ソフィアから離れた半歩を、ゆっくりと元に戻した。彼女の冷たい瞳に、ソフィアの生き方という「新たな可能性」を受け入れる光が宿る。
「ソフィア隊員……。理解しました。あなたの防御哲学は、私のプロトコルとは異なりますが、志藤様の抑止力安定に貢献する合理的な在り方の一つとして認識します」
アベルはソフィアの防御特化の覚悟に触れ、自身の防御本能と独占欲の定義に苦悩するのではなく、それを自身の成長のための「変化」として受け入れる静かな決意を固めた。
「承知いたしました。私も、私の理性を貫く盾として、全力で任務を遂行します」
ソフィアは、アベルの理知的な受容を見て、満足そうに小さく頷いた。
ソフィアの包容力のある愛の力は、アベルの駆動系に走った理性の亀裂を、理知的な変化と新たな使命感へと書き換えていくのだった。
ルナは司令室のモニター越しに、二人のやり取りを静かに見つめていた。彼女のモノクルには、ソフィアの復帰後の愛の駆動系が、以前よりも遥かに高い数値で安定しているデータが表示されていた。
(ソフィア先輩……。あなたこそが、悠真様の『優しさという毒』を解毒剤へと変える、最高の触媒ですわ……)
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