第2話:セーフハウスのルールと独占欲
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1. 豪華な要塞と厳格な規則
豪華な洋館に見えるセーフハウス、通称「メゾン・ド・バレット」。悠真はリビングで提供されたハーブティーを前に、昨晩の出来事の全てが夢ではないことを改めて実感していた。メイド長のルナは、感情を排した声で、セーフハウスでの生活規則を悠真に再確認させる。
「志藤様。このセーフハウスはM.A.の最先端技術で守られていますが、あなたを狙う『ミスト』の脅威は決して小さくありません。規則は、あなたの安全を守るためのものです」
ルナは端末を操作し、壁面のモニターに規則のリストを映し出した。
「一、常にバレット隊員のうち最低二名が護衛につくこと。二、隊員への許可なく敷地外に出ないこと。三、隊員への不必要な接触は任務の妨害とみなすこと……特に、有栖川の『恋人役』というポジションを悪用した接触は厳に慎んでください」
最後の項目は、ルナ自身がアリスへの理性的な嫉妬を抑えながら読み上げているように聞こえた。彼女の銀色のモノクルは、感情の揺れを隠そうとしているかのようだった。
「わかってるよ……」
悠真の視線は、まだアリスに向かっていた。
「アリス。本当に、俺たち三ヶ月付き合ってたのは、全部任務だったのか? あの時の笑顔も、優しさも、映画の話も……全部嘘だったの?」
アリスは一瞬だけ表情を曇らせたが、すぐに恋人の顔に戻り、悠真の腕に抱きついた。
「違うよ、悠真くん。私と悠真くんの愛は本物! 任務とは関係なく、私は悠真くんの平和主義で穏やかな性格に惹かれたんだから。でもね、任務として『恋人役』を演じることで、四六時中悠真くんの傍にいられる特権を手にできるの。……これって、最高の役割じゃない?」
アリスの言葉は愛の告白なのか、それとも独占欲の正当化なのか、悠真には判別できなかった。彼の混乱をよそに、アリスはルナへの牽制としてさらに密着する。
「ルナ隊長。私のスキンシップは、志藤様の精神的な安定度、すなわち抑止力の安定に必要なメンタルケアの一環です。任務妨害ではありませんからね!」
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2. 独占欲の衝突と「研究」という名目
ルナとアリスの静かな衝突をよそに、他のメイドたちも悠真への独占欲を発動させ始める。
黒髪メガネのクロエがノートPCを抱えて悠真の隣に近づいた。
「ルナ隊長。私も志藤様の安定に貢献すべきです。フェロモンが暴走しやすい『身体の部位』や、『感情が揺れるトリガー』を特定するため、詳細な接触分析を行う必要があります」
クロエは眼鏡の奥の瞳を輝かせながら、悠真の手を掴んだ。
「具体的には、体温、心拍数、そして皮膚からの微量な化学物質のサンプリングが必要です。これは純粋な研究であり、感情的な独占ではありません」
(いや、どう見ても独占だろ、それ!)
悠真が内心で突っ込む間もなく、小柄なメイがツインテールを揺らしながら、まるで猫のようにルナの後ろからひょっこり現れた。
「ルナせんぱい、クロエせんぱい! メイも悠真せんぱいの護衛、頑張ります! 悠真せんぱーい!」
メイは一気に悠真に抱きついてきた。デレ多めなツンデレの彼女は、抱きつくことでアリスを牽制しているのがありありとわかる。
「アリスせんぱいばかりずるいです! メイは『後輩』として、悠真せんぱいの身辺調査や生活指導を任されています。スキンシップは『後輩から先輩への純粋な懐き』です! ルナせんぱい、メイにもっと悠真せんぱいの時間をください!」
ソフィアは、グラマラスな体型と母性的な包容力を活かし、皆をなだめるように悠真の背中に手を添えた。
「まあまあ、皆様落ち着いて。志藤様は昨晩のことでお疲れでしょう。任務の前に、まずは心身の栄養補給が必要です。私がお布団のチェックと、栄養バランスを考えた軽食の提供をしますね」
ソフィアは「お布団のチェック」という名目で、悠真の部屋への訪問を画策する。
ルナは額に手を当て、頭痛をこらえるように言った。
「……規則は、あなたたちの独占欲の暴走を防ぐためにもあるのです。全員、自制しなさい! 志藤様、混乱させてしまい申し訳ありません。これが私たちの『日常』です」
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3. 大学への復帰と新たな護衛体制
翌日、ルナの許可が下り、悠真は大学へ向かうことが許された。ただし、当然ながら厳戒態勢での登校となる。
大学の門をくぐると、すぐに周囲からの視線を感じた。悠真は平和主義で穏やかな性格だったが、どこか「大人しそうな顔して実はやり手」という誤解を持たれている節があった。その誤解は、アリス(恋人役)の積極的な行動と、メイ(後輩役)の懐きっぷりによって加速することになる。
アリスは公認の恋人役として悠真の腕に絡みつき、周囲に愛を公然と示している。彼女はカフェバイトの制服に似た、ごく普通の私服だ。
「悠真くん、今日はこの後の授業までずっと一緒だよ? 授業中も、私の視線は悠真くんだけだからね!」
そのアリスの横を、メイがツインテールを振り乱しながら遮った。メイもまた、小柄な体型に似合う可愛らしい私服姿だ。
「せんぱーい! 昨日、映画研究会の準備で疲れてませんか? メイが肩揉みしますよ! ね、アリスせんぱい。恋人だからって、独り占めは良くないですよ!」
メイはアリスにツンとした表情を向け、悠真にはデレデレの笑顔を向ける。二人のメイドの間の火花は、周囲の学生たちに「悠真、また新しい女を連れてきた」「しかも一人は学部のマドンナだろ」という誤解を植え付け、悠真をさらに孤立させていく。
悠真の視界には見えないが、クロエは常にドローン「クインテット・スワーム」を大学構内に潜ませ、五体の小型ドローンで遠隔監視を行い、ルナは緊急時に即座に動けるよう、本部で体制を整えていた。
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4. 潜入工作員マヤの接触
講義が終わり、悠真がアリスとメイに挟まれながら廊下を歩いていると、一人の女性が不安そうに声をかけてきた。
「あ、あの……志藤くん? 久しぶり」
それは、悠真が大学に入学した時から所属している映画研究会の同期である、マヤだった。
「マヤ? 久しぶりだな! 映画研究会、最近顔出せなくてごめん」
悠真が穏やかな笑顔を向けると、マヤは怯えたようにアリスとメイの過剰なスキンシップと、纏う尋常ではない緊張感を一瞥し、すぐに悠真に目線を戻した。
「ううん、気にしないで。私も最近は忙しくて……。でも、志藤くん、その人たちは……? なんか、すごいオーラを持った人たちだね」
「せんぱい、この人誰ですか?」
マヤは「え、私は彼の同期よ~」と、メイに応えながら、悠真に接近する。
アリスは、マヤが誰であるかを再確認するように尋ねた。
「もしかして、悠真くんのバイト先にたまに来てた……、マヤさんだっけ? 志藤くんとはどういう関係?」
マヤは少し安心したような表情を浮かべた。
「ええ、そうです。覚えていてくれて嬉しいな。えっと、有栖川 亜莉子さん、アリスさんだよね? 実は私もカフェでお見かけしてて。驚いちゃった、志藤くんとお付き合いしているんでしょ? 噂は聞いてるよ」
アリスはすぐにマヤの意図を察し、満面の笑みで言葉を返した。
「えへへ、驚かせちゃった? 私はアリス、志藤くんの公認の恋人だよ! マヤさんは何学科なの? 実は私、教育学部で……」
とアリスは、自身の潜伏設定を交えつつ、マヤから情報を引き出そうとする。
マヤは動揺を見せず、にこやかに答えた。
「あ、私は社会学部だよ。志藤くんとは映画研究会で同期だけどね。それにしても、こんな可愛い彼女作るなんて、志藤君も隅に置けないなぁ。そ、それで、そっちの可愛い子は…」
メイはすかさずアリスの言葉を引き継ぎ、悠真の腕にさらに強く抱きついた。
「メイは、悠真せんぱいの実は遠い従姉妹なんです~! そして、実は今年からここの新入生で、まだ大学生活に慣れていないんです! だから、案内してもらってるんですよぅ」
(従姉妹!? 今、初めて聞いたぞ! しかもメイ、新入生かよ!)
悠真は、彼女たちが即座に「恋人と従姉妹(新入生)」という設定をデタラメに作り上げ、そのペースに自分を巻き込もうとしていることに強い戸惑いを感じた。自分はただの護衛対象に過ぎず、彼女たちの任務と独占欲のシナリオの上で踊らされているだけではないか、という不安が胸をよぎる。
マヤはメイドたちのつかず離れずの距離感に不審を覚えつつ、悠真の優しさや、アリスとメイの潜伏設定に関する情報を収集し、メイドたちとの間に「信頼の亀裂」を入れるための布石を打つ。
「ごめんね、変なこと聞いて。ただ、志藤くんが最近心配で……。また映画研究会で会おうね」
そう言ってマヤは立ち去ったが、その瞳の奥には、悠真への強い執着と、冷たい野心が宿っていた。
悠真は、マヤが自分を心配してくれたことに安堵を覚える反面、メイドたちが彼女に抱いた強い警戒心を無視できずにいた。非日常と日常、愛と任務、そして「友人」と「護衛」の間の静かな亀裂は、この日、大学の片隅で深く刻まれたのだった。
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