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メゾン・ド・バレット~戦う乙女と秘密の護衛生活~  作者: ざつ


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第1話:戦う乙女と秘密の招待状

 _____________________

 1. いつもと変わらない甘い日常


 志藤悠真しどう ゆうまは、大学三年生の春を迎え、ごく平和な日常を送っていた。彼にとっての非日常といえば、たった二ヶ月前から始まった有栖川亜莉子アリスとの交際くらいだ。


「悠真くん、ほら。口にクリームついてるよ」


 夕暮れの光が差し込むカフェのバックヤード。バイトのシフトを終え、賄いのケーキを頬張る悠真の口元を、アリスは屈託のない笑顔で指差した。


「あ、ありがとう、アリス。もう、恋人だからって遠慮がないんだから」

「ふふっ。恋人だからこそ、だめなところは直してあげないと。ね?」


 アリスは茶色のミディアムボブを揺らし、人懐っこい笑顔で悠真に寄り添う。


 彼女は悠真がこのカフェで働き始めた約三ヶ月後に入ってきた後輩バイトだ。出会ってすぐに悠真の平和主義で穏やかな性格に惹かれたそうで、彼女から積極的にアプローチを仕掛け、交際が始まった。


 しかし、悠真には一つだけ気になることがあった。


「そういえば、ソフィアさん、今日も閉店ギリギリまでリモートワークしてたよね」

「ああ、ソフィア・ローレンスさんだっけ? いつも窓際の席でパソコン開いてる、金髪ポニーテールの綺麗な人だよね。あー、悠真くん、浮気はダメだからね!!」

「そ、そんなことしないよ」


 ソフィアは、約三ヶ月前からカフェの常連客として頻繁に利用しているグラマラスな体型の女性だ。いつも外資系のキャリアウーマンのようなシックな装いで、落ち着いた雰囲気を持っている。


「冗談だって~。でも、なんか、私もソフィアさんも、悠真くんが働き始めた頃からこの店に来てるんだよね。偶然だけど、ちょっと面白いなあって」


 アリスはそう言って笑ったが、その笑顔の奥に、悠真には見えない鋭い光が一瞬宿ったのを、彼は知る由もなかった。実際、ソフィアはアリスと連携し、悠真を監視していた。


 _____________________

 2. 異形の影とフェロモンの暴走


 午後10時。カフェの裏口から、アリスと悠真は二人並んで帰途についていた。


「ねえ、悠真くん。今度のお休み、映画観に行かない? 私が選ぶ最高のラブストーリー、きっと気に入るよ」

「いいね。最近、大学の映画研究会にも顔出してないけど、いっか。アリスと一緒のほうが楽しいからな」


 他愛のない会話。手を繋ぎ、街灯の下を歩く。




 その時、悠真の体に異変が起こった。


 急に頭痛が始まり、全身の血が逆流するような強烈な吐き気に襲われる。まるで、体の中に秘められた何かが、制御を失って暴走しているような感覚だ。


(なんだ、これ……! この胸の奥から湧き上がってくる、得体の知れない熱は……)


 悠真の体から、目に見えない特殊なフェロモンが放出され始めた。このフェロモンは、特定の女性に強い独占欲や愛着を強制的に抱かせるという、彼の「古代の血統」由来の特異体質だ。


 そのフェロモンに誘われるように、路地裏から奇妙な呻き声が響いた。


「っ、アリス……何か、変な匂いしない?」


「ん? どうしたの、悠真くん?」


 悠真がそう言うと同時に、二体の異形の存在が飛び出してきた。全身の皮膚が硬質化し、腐敗したようなグール系の化け物だ。彼らは悠真たちを標的にし、飢えた獣のような目でゆっくりと距離を詰めてくる。


「アリス、に、逃げて……」


 悠真が必死に声を上げようとしたが、アリスは、これまでに見たことのない厳しい表情を浮かべていた。


「くそっ、グール……! ここで暴走するなんて、最悪!」


 アリスが初めて見せる、焦燥と冷徹さが混ざった表情。


「アリス、どうしたんだよ? 早く逃げなきゃ!」

「逃げない。……逃がさない。私の獲物だもの」


 アリスの表情から、一瞬にして恋人の甘い顔が消え、まるで感情のない機械のような冷酷な顔へと変わる。


 _____________________

 3. メイド服の下の超硬度アーマー


 アリスは、悠真を背後に庇うと、一瞬深く呼吸をした。


『Code: My Only Love (私の愛のテリトリー)……』


 次の瞬間、驚愕の光景が展開する。


 彼女の着ていたカフェの制服、ブラウスやエプロン、スカートが、ナノレベルの粒子となって分解され、虹色の光の粒となってアリスの体を包んだ。光の奔流の中で、彼女の体は流線型の超硬度アーマーで覆われていく。


 数秒後、制服の残滓を再構成するように、漆黒のフリルと純白のラインを持つ戦闘用メイド服が、アーマーの上から完璧に着装された。


 その手には、瞬時に生成された銀色の特殊警棒ライトニング・ケインが電光を帯びて唸りを上げている。


「ターゲットの安全を最優先。排除プロセス、開始!」


 アリスはもはや、悠真の知る人懐っこい恋人ではなかった。その瞳は冷たく、純粋な殺意を宿したグールに対し、彼女は一瞬で超人的なスピードで残像を残しながら移動し、警棒でグールの硬質化した皮膚を電磁パルスで打ち破った。


「ぐっ……がああああ!」


 グールは悲鳴を上げ、動きが止まる。その隙に、アリスはスカートの裾から超硬度のアーミーナイフを取り出し、躊躇なくそのコアを貫いた。


 一瞬の静寂。


「さすが、バレット隊の突撃隊長。処理が早いわぁ」


 背後から、もう一人の人影が現れた。


 常連客のソフィアさんだ。


 彼女もまた、先ほどまで着ていたシックなスーツの上から、アリスと同じデザインの黒いフリル付きのメイド服を纏っていた。ソフィアは両手持ちの巨大なガトリング砲を軽々と構え、残った一体のグールに照準を合わせる。


「私のターゲットに手を出させるわけにはいかないわ。この方も、私の常連客だもの」


 ソフィアのガトリング砲から、魔道エネルギーを帯びた特殊弾が超高速で連射される。グールは跡形もなく消し飛び、辺りには硝煙とフェロモンの残滓だけが残った。


 悠真は呆然と立ち尽くす。


 超人的な戦闘力。メイド服の下に仕込まれた超硬度アーマー。そして、戦闘後のアリスとソフィアの無機質な表情。


「ア、アリス……ソフィアさん……一体、どういうことなんだ?」


 アリスは悠真に向き直り、再び恋人の優しい笑顔を取り繕うとしたが、その表情はわずかに硬い。


「悠真くん、これは……」


 _____________________

 4. メイド長ルナと秘密の招待状


 その時、一機のステルスヘリが上空に静かに着陸し、銀髪ロングでモノクルをかけたメイドが降りてきた。彼女こそ、メイド長であり司令塔である月見つきみ 瑠奈るなこと、通称ルナ隊長だ。


「有栖川隊員、ソフィア隊員。これ以上の現場での情報漏洩は許容しません」


 ルナは冷徹に言い放つと、悠真の前に立つ。


「志藤悠真様。単刀直入に申し上げます。あなたは『古代の血統』を持つ特殊フェロモン体質です。そのフェロモンを狙う国際的なテロ組織『ミスト』から、あなたの命は常に狙われています」


 ルナは一枚の招待状、という名の厳戒態勢の共同生活の開始を命じる書面を悠真に差し出した。


「私たちは、あなたを護衛するメゾネット・アームズ(M.A.)のバレット隊です。あなたは今日から、私たちの護衛対象マスターとなります」


 悠真は全身の血の気が引くのを感じた。


「待ってくれ! 護衛対象マスター? 全然わからない! アリスが、俺の恋人が、なんでそんな……なんで化け物と戦えるんだ!? ソフィアさんまでメイド服を着て! 特殊フェロモン? 俺が何かわけのわからないものを持っているせいで、こんなことになったっていうのか!?」


 ルナが動揺する悠真を一瞥する間にも、さらに現着した2名のメイドが事後処理を進めている。


 黒髪ミディアムボブのいかにも真面目そうな眼鏡姿のクロエ。彼女は、携帯したノートPCで周辺の監視データを分析し、もうひとりツインテールのメイは、その小柄な体を低くして周囲の状況を警戒していた。ソフィアはガトリング砲を背中に回し、路地裏に視線を固定している。


 その時、遠くからパトカーのサイレンが微かに聞こえてきた。


「ルナ隊長、公的機関の一次対応部隊が接近。周辺の空間異常検知データがリークした模様です」


 クロエが冷静に報告する。


「了解。これ以上の接触は避けます。志藤様、お急ぎください。後方支援部隊(M.A.事後処理班)に現場を引き継ぎます」


 ルナは冷徹に告げると、問答無用の空気感のなか、悠真をステルスヘリへと乗せた。


 ヘリは瞬く間に都心から離れ、鬱蒼とした針葉樹の森の奥深くへと悠真を連れ去った。着陸したのは、高い石造りの塀と魔力結界に囲まれた、古めかしいヴィクトリア朝風の石造りの洋館の庭だった。


 悠真は、ルナ、アリス、クロエ、ソフィア、メイという五人のメイドたちとの秘密の共同生活、「メゾン・ド・バレット」へと連れて行かれた。それは一見すると普通の豪華な洋館だが、内部はM.A.の最先端技術で武装された要塞だという。


 ルナは銀色のモノクルを光らせ、冷静に告げた。


「極秘の共同生活の場、『メゾン・ド・バレット』へようこそ。この館は、都心から隔絶された広大な私有地にあり、周囲の森と二重の魔力結界が、外部の目を完全に遮断します。あなたの新しい生活は、この要塞の中で完結するのです」


「だ、大学とか、バイトはどうすれば!? あと、アパートの荷物とかも……」


「ご心配には及びません。安全対策が確保できれば、大学やバイトにもこれまで通りご参加いただけるようにします。あと、荷物は我々のほうでこちらにお持ちしますので、ご安心を」


 _____________________

 5. メゾン・ド・バレットと独占欲の嵐


 リビングに通された悠真は、まだ戸惑いと不安で全身が強張っていた。彼の不安をよそに、ルナは淡々と厳格な護衛規則を提示する。


「志藤様には、常に隊員のうち最低二名が護衛につきます。隊員への許可なく、セーフハウスの敷地外に出ることは許可されません。そして、隊員に対する不必要な接触は、任務の妨害とみなします」


 ルナの規則は理性的で厳格だが、その言葉が終わるや否や、アリスが悠真の腕に抱きついてきた。


「ね、悠真くん。でも、私たちは公認の恋人役だから、任務の範囲内ってことで、スキンシップはOKだよね? 私が寂しい思いをしたら、悠真くんの抑止力が不安定になっちゃうかもよ?」


 アリスは「恋人役」を悪用した過剰なスキンシップを仕掛け、早速ラブコメが展開される。


(恋人役……? じゃあ、俺たちの付き合っていた三ヶ月は、全部任務だったのか? アリスのあの笑顔も、優しさも、全部……作り物?)


 悠真は、ついさっき自分を命がけで護ってくれたアリスが、次の瞬間には「任務」という言葉で愛を測ろうとしていることに、激しい混乱と裏切りのような感覚を覚えた。


 クロエは冷めた目で悠真を見つめ、眼鏡の奥でデータ収集を始めた。


「志藤様のフェロモン暴走データは、ミストの異形を制御する上で極めて重要。私は研究対象として、その分泌傾向を分析する必要があります。……接触は、純粋な研究のためです」


 クロエは、悠真のフェロモンを研究対象として分析し始め、研究という名目で接触を図ろうとする。


 ソフィアは、ルナとアリスの衝突を静かに見つめ、優しく悠真に語りかける。


「お疲れでしょう。私が常連客として積んだ実績を活かし、母性的な包容力であなたを安心させましょう。今夜はゆっくり休んでくださいね。……お布団のチェックくらいは、常連客のお礼としてサービスしますから」


 ソフィアは、柔らかな笑みをたたえ、母性的な包容力で悠真を安心させようとする。


 悠真は、ルナに恐る恐る尋ねた。


「ルナさん。さっき、アリスが変身したとき……何か言葉を言っていた。『私の愛のテリトリー』、みたいな……あれは、一体何なんだ?」


 ルナは銀色のモノクルを光らせ、冷静に告げた。


「それは、トランスフォーム・コードです。メイド服の下に仕込まれた超硬度アーマーを瞬時に換装・起動させるための『魔法陣』のようなもの。その言葉は、換装と同時に、隊員の駆動部を一時的に安定させるための命令に過ぎません」


 ルナはモノクルの奥で静かに悠真を見つめた。


「あなたの非日常の生活は、この館の中で始まります。ルールを破れば、即、任務の妨害とみなします」


 悠真は、恋人の裏切り(隠し事)、命を狙われている現実、特殊体質の恐怖、そして五人のメイドたちの独占欲の嵐に翻弄されながら、新たな秘密の共同生活を始めるのだった。彼の「タラシ」としての誤解と、命を狙われる日々は、始まったばかりだ。



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