夢路の夏終 -枯れた花に恋する稀男-
俺は殺し屋だ。
依頼を受けて人を殺す。
あまり堂々と言えるものじゃない。
よく組織だとかに所属しているようなものをイメージするだろうが、この時代そんな大規模な組織なんてすぐに警察によって壊滅させられてしまう。
殺し屋達は個人で動き、
依頼は情報屋を通じて受ける。
そうなればたとえバレたとしても、殺し屋本人が捕まるのみであり、業界に支障は出ない。
捕まった殺し屋は取り調べにて、
自分の意思でやったと言わなければいけない。
それが暗黙のルールだ。
まあ殺し屋が痕跡を残すことなど、
正直言って素人にもほどがある。
普通はあり得ない話だ。
俺は今日も殺しを行う。
人を殺す感覚、別に可哀想だとかは思わない。
これが物心ついた頃からの日常だから。
そんな俺にも好きなものがある。
枯れた花と煙草だ。
枯れた花に特に理由はない、なんとなく好きだ。
でも煙草は違う。明確に好きと言える。
一仕事終えた後の煙草というのは、
なぜこんなにも魅力的なのだろう。
寝起きの一服、食後の一服、仕事終わりの一服。
殺し屋であろうと感じる幸せは同じようなものだ。
そう同じ人間なのだ。
「……」
俺は恋に堕ちた。
自分でも何を言ってるのかわからない。
でも恋に堕ちた。
その日の殺しの標的は、
あまり名が売れてないアイドル。
おそらく狂ったファンが依頼したのだろう。
そこに私情が入ることはない、殺せと言われたら善人でも殺す。それが殺し屋なのだから。
「あの……私」
「なぜ、首を吊ろうとしている」
照明が消え、月光差し込むマンションの一室にて、
俺は標的の女が首を吊ろうとしている姿に、銃口を向けてそう言う。
「……あははっははっ……大丈夫です。
……自分で死にますから」
目の下に青クマをつけており
髪は少し荒れた様子で、乱れた部屋着の彼女は壊れたように笑い、そう言った。
「……」
俺は死に向かおうとする人間を見たことがない。
いつも命を醜く乞うのみであった。
でも今日は違ったのだ。
生を捨て死を懇願する
そのチラつく肌色は艶やかに見え、人生で初めて誰かを心の底から、美しいと思えた。
「お前はなんで死にたがる?」
「……もう疲れたの、何もかも。
成果は出ないし、古参のファンからの期待は高まり続けてて、日を追うごとに罪悪感が募っていく……
私は自分勝手になれない。
周りの目ばかり気にして私は輝きを引き出せない。
アイドルなのに、他人のことばっか考えてる」
アイドル業、かなり闇の深い話だ。
そもそも人間という生物を対象に、気を病まずに人気になれるほど楽なものじゃない。
人間は世界で一番同族を攻撃する生物だ。
言動と行動、どちらでも人は死ぬ。
「他人のことを気にしてるのに死ぬのか?
待っているファンは?そいつらはどうなる」
「これが私の最後の自分勝手……
悪あがきってところかな」
アイドルは二十歳ほどだろう。
こんなに若くして人生を終えようとする。
愚かで仕方がない、そんな阿呆のことを俺は好きになってしまった。
凝り固まった生き方をしてきた人間は醜い。
だがここまで情けなく絶望する人間は大好きだ。
「俺はお前を殺す。
依頼でな、何か言いたいことはあるか?」
そんな俺の問いかけに、
アイドルの彼女は涙を流して喜ぶ。
「命乞いなんてしない。
殺すなら殺して……でも一つだけ聴きたい。
私は貴方の記憶に残る?」
つくづくよくわからないことを言う女だ。
でもまぁ、こうして覚えている。
「残っている。死を懇願する愚かな女としてな」
「……それは嫌かな……我儘でごめんね
私踊りが得意なの、これだけは誰にも負けない。
いつか武道館で踊りたかったけど……
それは来世とかに期待しようかな。
だから最期に見てって殺し屋さん。
私の枯れ時を」
思えば長く短い夜だった。
彼女は静まり返った日本の夜中にて、
俺の前で必死踊った。
確かに良い踊りだった。
頭から爪先まで非常に使いこなせている。
テーピング、膝の古傷。
努力を行なってきた証がチラチラと見える。
おそらく踊りだけなら、トップアイドルに引けを取らないほどだろう。
そう感じるほど彼女の踊りは綺麗だった。
美しかった。妖艶だった。儚かった。
花は枯れる時は誰にも見てもらえない。
実り花咲き、燦々と照らされやがて朽ちていく。
タッタッと床を鳴らし、服が擦れる音が鳴り響いて、彼女の荒い息が耳に聞こえ続けてくる。
なんの踊りかも知らない。
でもその踊りは今俺のために踊られている。
皆へと向けて踊っていたものを、
たった一人の殺し屋のためだけに踊る姿。
何かを残そうと必死に踊る彼女。
何者にもなれなかった者の喘ぎだろう。
踊りは彼女の人生にとってなんなのだろうか。
親はどう思うのだろうか。
友人は?仕事での知り合いは?
彼女は今から死ぬ。
その誰でもない、俺という存在に殺されて。
踊りが終わった。
静かな部屋で俺は拍手をする。
「どうっ……でした?」
「ど素人の意見ですまないが、俺は良かったと思う。
その踊りを最期に見せるのが俺で良かったのか?」
そう言うとアイドルはフッと笑い言う。
「だって、今のこの姿のファンは貴方だけだもの。
私のこと、好きになったんでしょ?
だから、これが一度切りのライブだよ」
気持ち悪い自惚れだ。
だが当たっている。
俺は現に惚れているのだから。
「……ならありがとうと言っておく」
「さ……もう殺して、私は十分生きた」
アイドルが近寄ってきて俺に抱きついた。
彼女なりのファンサのつもりだろう。
身長差は20cmほど、彼女は大体150cm前半というところだろうか、俺は彼女の頭に銃口を突きつける。
サイレンサー付きの拳銃。
その冷たく硬い銃口をアイドルは感じ取り、
俺を抱きしめる手が強くなった。
裏切られた。
この掴みは死にたい者の掴みじゃない。
「……くだらない」
「……え?」
俺は冷めてしまった。
力を入れて抱きしめてきた彼女から、
死にたくないという思いを感じてしまったのだ。
なんだ結局、死にたくなんてないじゃないか。
「死ぬなら勝手に死ね。
俺はもうどうでもいい、冷めた。
もうその姿のファンはいない。
生きたきゃ生きろ、俺はもうどうでもいい」
心底不愉快だった。
恋の熱と冷めを感じた夜。
俺はアイドルを残して部屋を出ていく。
依頼失敗、それは許されないこと。
でもどうでも良かった。
なんだか、酷く自分の人生がなんなのかと思う。
彼女は俺がそう言って出ていくまで声をかけては来なかった。どういった表情だったのだろう。
気になるがそれを見ることは叶わない。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
そこから俺は依頼者の情報を掴み、
あれから一週間後に依頼者を殺した。
依頼者はニート故に肥え太った醜い男。
俺は依頼者の家族の目の前で、その男を殴り殺した。母親であろう高齢の女は止めなかった。
助けてという声に反応せず、ただ見守るだけ。
力が抜け畳に染み込む血の上で息絶える息子を見て、その母親らしき者は泣いていた。
なんなのだ。
人とはなんだ?
なぜ助けなかった奴が泣いている。
わからない、それを俺は知らない。
なんであの時あの女は生に執着した?
依頼に失敗し、依頼者を殺す異常行動。
俺はすぐに目をつけられ殺されるだろう。
だから刑務所にでも入ろうか。
己の全てを曝け出し、こんな出来るだけ迷惑をかけて死にたい。俺という人生を殺しの道に行かせたこの業界を破壊し尽くしてやりたい。
俺は依頼者の母親に近づき、
スマホを握らせ、緊急通報にて警察を呼ばせる。
俺はそうしてその場を離れ、夜中の公園にて持ち物も何もかも投げ捨て、狂ったように踊った。
あの女の真似をするように。
夏の終わり、涼しい風が髪を駆け抜けていく。
枯れた花が好きだ。
もう誰にも見られることのない花。
かつての輝きは失い、終わりへと向かっていく。
眩しいライトが俺を照らす。
あぁお迎えだ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
さて……これが六年前の夏の話だ。
俺はあの後警察に捕まり、今まで殺してきた全ての所業と業界の実態について話した。
何十人も捕まったそうだ。
俺は死刑宣告を喰らい、こうして死を待っている。
「56番南雲、出房」
死刑執行日。
俺は今日の新聞を見ていて気分が良かった。
どうやら踊りが素晴らしいアイドルが、
武道館にてライブを行ったらしい。
あぁまただ。
記憶の中ではまだ、あの踊りが繰り返されている。