4 選手へのこだわり
週末、薄っすらと筋状に流れる雲が空の高さを際立たせる秋晴れとなったこの日、予定していた練習試合のために隣県へと出向いた滝岡高校野球部。
昼をまたぎ、三チームで三つ巴の試合を全敗という結果で終了し、清々しく晴れ渡った空や山々を彩る紅葉の美しさなど全く目に入ることもなく、敗因となった投手力に更なる不安感を抱きながら学校へと帰って来た。
「今日は俺もちょっとだけ調子が悪かったけど、敗因は何といっても打撃力不足! 合わせて守備力もまだまだだ!」
「……」
「何度もチャンスがあったのに、それを仕留めきれないのは普段からそんな練習しかしていないからだ!」
「……」
「せっかく俺が打ち取ったはずの打球も、捕球ミスしては相手に点をくれてやってるし!」
「……」
「打席に立てば好球を見逃して悪球に手を出す。ピッチャーは相手を抑えても点は取れねーんだ、点を取るのはバッターの役割だろ!」
「……」
いつものように人のせいにする、菅里の分析だった。
バスに揺られて一時間半。学校に着いたころには日も傾き、少し肌寒さが辺りを包み始めていた。そして三塁側グランド脇の部室前、三津田監督がやや険しい表情で言葉を出した。
「今日の試合は、いや、今日の試合も、修正点が多く見られた。同時に采配をする監督としても、反省と決断をしなければならないと思っている」
淡々と話す三津田監督の言葉は、短いながらも意味深であることだと選手たちは受け止めている。
「今日はこれで終わりにする。みんな体を休め、また明日からの練習に力を注ごう」
「「ハイ!」」
「お疲れ」
「「お疲れ様でした、失礼します!」」
体育会系特有の深々と礼をし、家路へと向かう部員たち。
「夏帆!」
「はい?」
みんなと一緒に帰路につこうと思った夏帆に、大きくはないが通る声が届いた。
「お父さんは今日、家にいるか?」
「…………。はい、いるそうです」
夏帆はすぐにメールで確認し、三津田監督に伝えた。
「夏帆が家に着いたころにお邪魔するよ」
「えっ? は、はい……」
三津田監督の言葉通り父にメールする夏帆の表情には、不安が見えた……。
それは、夏帆が選手として部活動をやれるかという答えを出そうとしている。しかも、家族にもわかってもらったうえで終わりにするのだろうと思ったからだ。まるで、夏帆にとってはクビ宣告を受けるような心境である。
夏帆、どんなことになろうとも結果が現実。それを受け入れるしかないよ。お兄ちゃんに気を使ってくれてるんだよね。夏帆はよく頑張ったよ、うん。
「ただいま……」
帰宅した夏帆は父と母に事情と予想を話した。
「そういうことだったのか……。事実を事実として受け止めよう」
「そうね……」
そして、夏帆を始め父と母の三人は三津田監督が来るのを今や遅しと待った。その間、不安だけがリビングを包み、夏帆にとっては練習試合から帰るときのバスの中の空気を、今もなお引きずっているような感覚がしている。しかし、そのような状況など理解できていないボクは、相変わらずテレビの前でボーッと座るだけ。
しかし、待っているとなかなか時間が進まず、やたらと鼓動が高まるのを感じている夏帆と父そして母。
ピンポーン
来た!
リビングに漂う沈みそうな雰囲気を流すように、心地良い風が通り抜けていく。
そして、三津田監督を迎えるとさらに緊張が高まる夏帆。そして父と母は、緊張が不安に変わってきた。
「今日お伺いしたのは……」
ジャージ姿のままの夏帆と普段着の父が並んで座り、テーブルを挟んで座る三津田監督はスーツにネクタイ姿。母はその場にいるのが辛いのか、対面式キッチンに立って何やら作業を始めた。
「夏帆さんから、選手として野球部に所属したいという要望がありまして……」
心臓の鼓動が拡声器を通したように高ぶる。そして夏帆は指先まで血液が凍るのを感じ、父は目を見張り、母は目をそらし耳に入る声に集中。
「ご存じの通り、高校野球協会の決まり事もあるものですから……」
淡々と進む三津田監督のトークを耳にする夏帆の意識は、現実逃避を始めて落胆モードの準備に入ったようだ。
でも心の中では、自分のわがままを検討してもらったうえに、わざわざ家にまで来て返事をしてくれる三津田監督に感謝。そんなところだろう。
絞られたテレビの音
張り詰めた空気
落ち着いた声で言葉を続ける三津田監督
「まずはチーム内限定の選手。ということで考えました」
三津田監督の言葉が終わるタイミングで大きなため息をつこうと息を吸っていた夏帆だったが、その息を慌てて飲み込んだ。
おい、落胆じゃないぞ、夏帆!
選手!
その言葉が耳に入るや、夏帆の指先まで熱い血がみなぎり意識が急上昇。二重で切れ長のまぶたをクリクリに見開き、全身全霊が三津田監督に向けられた。
「と、いうことは、わたし、野球ができる、ということですか?」
腕まくりをした両手をテーブルにつながら食らいつくように身を乗り出し、熱くたぎる夏帆の瞳が三津田監督を見つめる。
「ああ、そうだよ」
「ほんとですか?」
「もちろんだとも。この件については、校長先生も了解している」
「ヤッッターーー!」
こぼれてもまだ余る笑顔と、高い声を張り上げながらガッツポーズを決める夏帆。 学校内での活動という部分は引っかかるところではあるけれど、野球ができるということについてはとにかく喜びいっぱいに溢れている。
「三津田監督さん、本当に本当なんですか? 娘が野球をやっていいんですか?」
「ええ。条件付きではありますが、まずはやってみましょう!」
力強い表情を見せながら笑みを浮かべる三津田監督。思ってもいなかった展開に父は驚きの笑顔、母は鳩が豆鉄砲を喰らったようで信じられない様子。ボクは相変わらずテレビの前で画面から流れる映像を眺めている。
可能性を信じて滝岡高校を選んで正解だったな。これで野球ができるね、夏帆。
「ところで、お父さん」
少しの間、夏帆の笑顔を見守っていた三津田監督は襟を正しながら改まって口を開いた。
「お父さんは以前、高校野球のコーチをされていたと伺いました」
思わぬ話題を持ち出され、少し照れながらも誇らしげに笑顔を浮かべる父。
「もう、十年も前の話しですよ」
謙遜しながらもその頃のことを自慢気に話す父。そして無心に聞きながらも、父の底知れない知識に感心する三津田監督。
「こう見えてワタシも、小さい頃から投手として野球をやってきました。手前味噌で恐縮ですが、コントロールが良かったうえに七色の変化球と言われた多種多彩の球で、バッターをことごとく切って取ったものですよ」
「ほほー、そうなんですか」
「娘も、ワタシに似ているんですよ」
父は微笑みを浮かべながら、夏帆の器用なピッチングと自分とを被らせているようだ。
「しかし、お父さんやわたしの若いころは、今と違ってしっかりとした技術指導なんてなかったじゃないですか? 間違いだらけの指導だったことは、今現在指導する立場としても歪めません」
「ええ。練習イコール、ケガ人作り。つまり、間違った考えによるトレーニングで体をイジメ過ぎた結果のケガ。しかも、それが野球だ。と言い張る権力体制。今でもありがちな指導力不足を強い口調でごまかすというのが、あのころの当たり前の指導でしたからね」
「お父さんの言う通りです。選手からすれば指導者の言葉が全て。一生懸命頑張れば頑張るほど、けがは酷くなる」
そんな環境のなかで甲子園を目指して頑張ってきた父だったけれど、結局そのけケガに悩まされて夢を諦めざるを得なくなった一人だった。
「息子も周りの期待に苦しんだでしょう」
今度は苦笑いを浮かべながら、ボクと被らせているようだ。
「ワタシはその悔しさが忘れられなくて、大学時代の四年間をどうして野球という競技は肩肘をケガしやすいのか、ケガのないプレーヤーにはなれないのか……。そればかりを考えてました」
「そうだったんですね。当時は、今のようにインターネットなどの情報ツールの少ない環境のなかで、よく理想的な指導方法を考えられましたね」
「ええ。いろんなルートをフル活用して、大袈裟になりますが海外のスポーツのあり方も調べたんです。お陰でワタシの大学時代はそれだけで終わりました」
「いや、しっかりとした着眼点と凄い行動力ですね」
「いやいや、執念みたいなもんでしたよ。そのお陰でワタシの考える野球論とでも言いましょうか、指導方法の基礎が出来上がったんです。ただし、その段階ではまだまだワタシ個人のイメージではありましたけどね」
「それを、コーチをなされていたときに実行してみた、ということですね」
「はい。以前コーチをやっていた高校は甲子園にも出ていましたが、ケガ人が出ることもなく選手たちは思い切り高校野球を楽しめたと思います。それが、ワタシの野球理論が間違っていなかった、という証明になるでしょう」
三津田監督にしてみれば、父のその実績はまさに今欲しい力なのだろう。
「お父さん!」
一重まぶたの小さな目を見開きながら身を乗り出す三津田監督。片や、圧力さえ感じる突然の呼びかけに目を丸くしてビックリする父。
「定年を目前にしているわたしではありますが、滝岡高校に、私の夢に、お父さんの力を貸しては頂けませんか?」
てっきり夏帆の話だけだと思い、普通に雑談をしているものだと思ったていた父、そして夏帆、ついでに母にとって、予想もしない言葉であった。
「ワタシ……、ですか?」
「はい!」
そして、三津田監督の情熱に父は何を感じたのか……、テレビの前に座るボクの背中に強い視線を感じる。もしかしたら、もうこんな選手を作ってはいけない。とでも思ったのかも知れない。
「わかりました。ワタシ流の教え方でよければ!」
「もちろん鳴沢さんのやり方で構いません。お手伝いをして頂けますか?」
「ええ、喜んで!」
「ありがとうございます!」
少年のように瞳を輝かせながらソファーから立ち上がり、二人はテーブルの上で固い握手を交わした。
直後、三津田監督も切り出しづらい話題を口にしながら、ボクに目線を向けてきた。
「何と申し上げたらいいのか……」
大和と猛に聞いていた怪物……、そのようにはとうてい思えないボクの姿。
「いえ、お気になさらないでください」
みんなが複雑な思いでボクを見ている。
気にしなくていいです、ボクはそのことさえもよくわからない状態ですので……。
「テレビから流れている内容は理解しているのですか?」
「今見ているのは、小さいときからよく見ている動画なんですよ。記憶のどこかで覚えているのかも知れません」
テレビから流れているのは、元プロ野球投手の活躍と苦悩を描いた物語である。ピンチになればなるほど豪速球で相手バッターをねじ伏せた、真っ向勝負のピッチャーだ。
何を隠そう、その姿に憧れていたボクは、養成クラブ時代にその投手の付けていた背番号14を貰ったのだ。そして、夏帆もボクを追って14を付けたのだった。
「娘は自分が野球をやる姿を見せれば、そして願わくばその姿を、もしかしたら息子が立つはずだった甲子園球場で見せることができれば、息子の病気が善くなるかも知れないと信じています。だから、息子と同じ舞台で選手としてプレーすることにこだわっているんです。もちろん、女子生徒の高校野球出場は認められていないとはわかっていています」
「それでも……、ですか?」
「それでも……、なんです」
「それほどまでに強い思いを持っていたんですね、夏帆さんは……」
「親であるワタシたちでも想像し得ないくらいに、娘の思いは強いと思います」
「例えば県外になりますが、女子硬式野球ではダメだということなんですね」
「息子と同じ舞台じゃないと意味がない。そう考えて、滝岡高校の可能性に賭けたんだと思います」
「なるほどです」
夏帆の野球選手へのこだわりを知った三津田監督は、何とかできる問題ではないけれど、何とかしてやりたい気持ちを抱いたようだ。
そして夏帆の目には薄っすらと光るものが見える、ボクへの思いを乗せて。
数日後、空一面にひつじ雲、そして合間から青い空が覗く滝岡高校野球部グラウンド。そこには、白く輝く練習着に身を包む夏帆の姿があった。念願の選手としての活動がスタートする瞬間である。
とはいえ、三津田監督は夏帆のプレーを知らない。当然のことながら、どのようなものなのかを確認することになり、相手役には西原大和を指名して夏帆の投球をみることになった。
「よろしくお願い……」
「ひ、久しぶりッ……」
「えっ……、久しぶり?」
「俺、去年まで荻野原クラブにいたんだ、青野猛も。学年も夏帆さんと一緒で……」
「あー、あのときの……」
交流戦のことだと理解はしたものの、夏帆にとっては荻野原クラブの誰からも好打された記憶はなく、そのため印象に残った選手はいなかったのだ。
また夏帆のピッチングの特徴として、打ち取るための配球を組み立てて投げるタイプなので、バッターが誰であろうが関係ないのである。
でもボクは、夏帆のそこの部分が弱点になる危険性があると指摘していた。バッターの特徴を掴んでおかないと決め球も決められなくなる。勘の鋭いやつには狙われるぞ、と。
ともあれ、大和と猛にとっては違和感を持ったまま終わっていた夏帆との対戦。今、キャッチャーとして夏帆の球を見ることができる大和は、ワクワクドキドキでいっぱいだ。
「それじゃ、マウンドに行きますか」
「はい」
ウォーミングアップを終えた二人はいざマウンドへ。三津田監督始め部員たちは練習を中断し、興味津々で一塁側と三塁側に別れてフィールドを空けた。
久々のグラウンド。
静寂に包まれたフィールド。
念願のマウンド。
夏帆は充実感を抱き、まるで武者震いさえ覚えるほどの興奮を抑えている。そしてマウンドに登った夏帆は、改めてオーバースローから軽く一球を投じた。
指先から離れた球は緩やかな放物線を描き、立ち姿勢のキャッチャー大和の構えるミットに吸い込まれていく。同時に大和のミットから視線を離さず、自分の投げたコントロールの正確さを確かめる夏帆。
ウォォォォーーーー!
周りからは男特有の低い声が上がり、そのなかで絶対的なコントロールであることを察する三津田監督は、ゆっくりとはいえ夏帆のとても綺麗な投球フォームに見入っていた。
この状況に大和と猛は少しニヤけた表情を浮かべている。まるで中学時代の記憶とともに変な優越感を抱いているのかも知れない。
そして、徐々に力を入れながら数球投げたかと思うと、静かに天を仰ぐ夏帆。
「フゥー」
大和と猛の表情が変わった。中学時代の対戦を思い出させる夏帆のルーティン。見ている先は雄大な山々か青空に広がるひつじ雲か……。
まるで夏帆そのものが自然に溶け込むようだ。
改めてピッチャープレートへ足を沿わせて少しかがみ、セットポジションの姿勢で静止した夏帆。ギャラリーとなっている三津田監督と部員たちは、今の投球で大体のイメージは持っていた。
が…………。
マウントではセットポジションから左足が上がった、次の瞬間!
「えぇっ!」
ギャラリーの声のなか低い位置まで体をかがめ、体重を前方に移動させる右投げのサイドスローだ!
「おーーーー!」
夏帆の一挙手一投足をマジマジと見入る三津田監督と部員たち。それとは対照的にドヤ顔を見せる大和と猛。
これが夏帆さんのピッチングなんだ!
「えーっ! あれが、夏帆?」
「凄いね、夏帆ちゃん。あんな凄い球、投げれるんだ!」
「夏帆、なんか、カッコいい!」
マネージャーであるためグランドに入れない遥香も翔子も、バックネット裏から見る夏帆の投球に驚くばかりだ。
そして一球、また一球と投げる毎にこみ上げる喜び。大和のキャッチャーミットは全く動くことなくその球を捕球していた。
バシッ!
「おーー」
バシッ!
「おーー」
周りからからいちいち届く、決して心地好いとは言えない低い声が包むグラウンド、そのなかで大和はワクワクしながら捕球していた……。と思ってはいたけれど、段々とその表情はしかめっ面へと変わっていく。
三十球くらい投げ込んだろう、そこへ三津田監督の通る声がマウンドに飛んだ。
「変化球は何がある?」
「ハイ! カーブ、スライダー、カットボール、シンカー、チェンジアップ、スプリットくらいです」
「くらいって、それだけ投げれれば十分だろう」
そして、三津田監督の要求通りに変化球を投げる夏帆。投球フォームも一定でバッターとしては球種を見抜くのは難しいはずだ。
「監督さん、夏帆、凄いです! まさかここまでだなんて、思っていなかったです!」
「確かに翔子の言う通りだ。しかし……」
「しかし……、えっ? 夏帆、こんなに凄いのに、しかし……、ですか?」
腕組みをしながらマネージャーと一緒に、バックネット前から夏帆の球筋を確かめる三津田監督。
「コントロールといい、変化球といい申し分はない。女子として見れば確かに凄いと言えるが、過去に対戦してきたのは荻野原クラブ。強力打線が売りの攻撃型チームだ。例え変化球で交わしたとしても、狙われれば打たれそうな素直な球……。本当にこの投球で抑さえられたのか、正直なところ疑問に思ってな……」
「はあ……、まあ、そう言われればそうですけども……」
はしゃぐ遥香や翔子を尻目に、単に投球としてではなく実戦としてのピッチングを見ている三津田監督。さすが、長年県内上位をキープするチームの監督さんだ。
「夏帆、久々の投げ込みだろう。今日はここまでにしておこう」
「はい!」
三津田監督の言葉に従い、お互いに距離を縮めながらのクールダウン、そして相手役の大和に挨拶。
「ありがとうございました」
「あ、はい。あっ、こちらこそありがとうございました」
複雑な思いで捕球していた大和は、緊張感有り有りの返しになってしまった。それを隠すためか、改めて声をかける大和。
「か、夏帆さん、コントロールいいっすね」
「ありがとうございます」
久々の汗に満足げな笑顔が浮かぶ夏帆。中学時代に対戦したときのイメージから疑問が残る大和。その口から思わず心の言葉が飛び出した。
「あんとき、どうしてこの球を打てなかっ…………」
「いやー、コントロールだけではピッチャーは勤まんねーが、まっ、女子ってことで良しとしておくか!」
調子のいいデカい声とともに、一塁側ギャリーからしゃしゃり出てた菅里。大和の疑問の声をかき消してしまった。
「わかんないことがあったら俺に聞け。ウチのピッチャー陣をまとめてるの、俺だから!」
いつものように訳のわからないジェスチャーを交えながら、やたらとキザに振舞う菅里。
「ありがとうございます。鳴沢です。よろしくお願いします」
「カホ……、だっけ。遥香から聞いてるだろうけど、俺に任せとけば大丈夫だから!」
いつもの菅里節に、よくそんなことが言えるもんだ、成績を残してから言え。と心の中で叫ぶ選手たち。
「逆に試合への臨み方を教えてもらうといいぞ、菅里!」
三津田監督のナイスな言葉で、グラウンドは笑いに包まれて一件落着。とともに、ピッチャー鳴沢夏帆のお披露目は終了した。
その帰り道。
「大和、どうだった、アイツの球?」
「それなんだけどよ……、まったくわかんない。なんであんな素直な球を、あんとき打てなかったのか……」
「見ていてはあんときと同じ球みたいだったけど……」
「んー……。ホントに打ち頃の球なんだよなぁ」
稲刈りの終わった田んぼ道をトボトボと歩きながら、また、暗闇に包まれた農村地域をひた走る電車に揺られながらの帰り道。ずっと夏帆の投球について繰り返し語り合っていた大和と猛。
あんとき打てなかった理由がわからない?
それはしかたないさ。大和君、猛君、キミたちはまだ、夏帆の本当のピッチングを知らないのだから。