表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9番ピッチャー鳴沢さん  作者: タケヒロ
第一章 高校野球への思い
3/15

3 三津田監督の光明

「遥香先輩っ! まだ一回の表ツーアウトなのに、守備についてた選手がバッターボックスに入っちゃいましたよ!」

「フフフッ、おもしろいでしょ?」

「そんなことってあります? イニングが終わんないのに突然敵になっちゃうんですよ! ねぇ、夏帆?」

「そう、だよね……。変だよね……」

 バックネット裏でスコアブックを開き、夏帆と翔子は二つ並べてあるそれぞれの机に着いていた。そして、ランダムにチーム分けされた紅白戦をスコアブックに記録しながら、不思議な表情を浮かべる翔子と流されるがままに受け答えをする夏帆。その背中越しに、二人にアドバイスをする遥香はなぜか笑みを浮かべている。

「翔子ちゃん、夏帆ちゃん。この練習試合はね、監督さんがみんなの能力を観察することを目的としているの。どの選手をどんな場面でどう使うかを試す、っていうメニューなんだ」

「なるほどです。それでシチュエーションによって選手たちが入れ替わるんですね?」

「そうなの。見ててっ、これからどんどん選手たちが入れ替わってくよ。一度ベンチに引っ込んだ選手もいつの間にか出てたりするし、アウトカウントもボールカウントも変わるのよ」

「えっ? ってことは……、簡単に言って、試合の一場面を作ってるんですか?」

「そっ。監督さんのイメージの中で試合を展開させてるっていう感じかな」

「へーー、そうなんですね。監督さん突然何しだしたのかって、ビックリしちゃいました! ねっ、夏帆」

「えっ? あっ、うん……。そうだね」


 眩いくらいに白かった新入部員のユニフォームにも、汗と涙の土色模様が染み込んできた土曜日の部活動。この日は朝から厚い雲が空を覆うなか、全員が出場しての試合形式による練習が行われていた。

「しかも、試合形式っぽくやってはいるけど、九イニングでなんか終わらないからね。監督さんの納得のいくまで何時間も続くんだ。だから、野球部内では、エンドレスゲームって呼んでるメニューなんだ」

「エンドレスゲーム?」

「そっ。覚えといてね、年間の内で何回か行われるから」

「はい、わかりました」

「でも、さすが高校野球ですね。しっかり分析して練習メニューを決めていく。これなら甲子園出場もあるかも。ねっ、夏帆?」

「そ、そう、だね……」

 いつの間にかマネージャーの定位置にいることが当たり前のようになり、不安と焦りが入り乱れて自分のこの先がどうなるのかもわからず、ただ流されるままに部活動に参加している夏帆。明るく楽しげに会話する翔子とは、完全に温度差があった。

「選手のみんなも、ホントの試合みたいに気合い入ってますね!」

「そう見えるでしょ、翔子ちゃん」

「はい!」

「選手たちにとってもアピールの場だからね、みんなレギュラー取りに必死なのよ」

「納得です!」


「それはそれで、現実ですよね……」


 遥香と翔子の会話を聞いていた夏帆の突然ながらさりげなく発したその言葉が、フィールドにいる選手たちというよりも夏帆自身に言ってるように感じてしまう遥香と翔子。

「かほ……」

「……。さっ、私たちも勉強よ」

「はい」

 翔子の座る机にはスコアブックが開かれ、改めてフィールド上の動きを見てはスコアブックとニラメッコを繰り返していた。

「今のは二塁打だから、ここから一気に二塁まで線を引くの」

「なるほどです。これでワンボールワンストライクからの三球目のストレートを左中間に二塁打した、ってわかるわけですね!」

 たどたどしくもスコアを付ける翔子。マネージャーとしても、スコアラーの勉強でもあるエンドレスゲームなのだ。

 しかし、夏帆はというと……。

 必死でスコアを付ける翔子のペンの進み具合を見ながら遥香の説明に耳を向けてはいるけれど、心ここにあらず感が有り有りと伺えた。それほど試合展開や、一つ一つのプレーに意識が向いているのだ。

 遥香も翔子も、夏帆の選手希望宣言を目の当たりにしていたため、スコア付けに集中しなさいとは言えなかった。

「あっ、遥香先輩! 一塁ランナーの選手がレフトの守備についちゃいましたよ。この場合のスコアの書き方、どうすればいいんですか?」

「この場合は行を変えて書いちゃっていいよ。元々選手起用も正規の形じゃないからね」

「わかりました。それじゃあ、ここから……」


 そうこうしていると怪しかった雲は鉛色をさらに濃くし、薄暗さを演出し始めたかと思うと正午を回ったころからはバダバダと大粒の雨を降らせた。

「今日はここまでだ。大会も近い、シャワーを浴びて体を休めろ!」

「「ハイ!」」

 三津田監督の指示に従い、宿舎と呼ばれる宿泊施設でシャワーを浴びてジャージに着替えた選手たちは、空調の整った畳敷きの大広間でひと休み。そして二時間ほどの休憩の後、長テーブルにパイプ椅子が並ぶミーティングルームに集合した部員たち。

「よし、学年順に座れ!」

 キャプテンの仕切りしたがってキビキビと着席し始めた。

「一年生は初めてのミーティングになる。耳にはしていると思うけど、年度初のミーティングは一年生の自己紹介からだ」

 段取りを話すキャプテンの言葉に緊張感を増す一年生たち。この流れを一番後ろの席に陣取って見守る三津田監督。

「それじゃいくぞ。始めはなんと言っても大和、猛からだ!」

 荻野原クラブ出身の西原大和と青野猛の二人は中学硬式野球選手代表にも選ばれ、ヤマトタケルコンビとして県内外で有名を上げた大注目の二人なのだ。

「西原大和です。この滝岡高校には甲子園に行くために来ました。滝岡高校初の甲子園出場に向けて全力で頑張ります。よろしくお願いします!」

「青野猛です。自分も甲子園に行くために頑張ります。よろしくお願いします!」

「いいぞぉー、二人とも!」

「ヤマトタケル打線がありゃ甲子園出場、間違いなしだ!」

「絶対、甲子園に行こーぜ!」

 先輩たちも絶賛の二人から始まった自己紹介は順番が進み、もしかしたらグラウンド以上に緊張した一年生男子部員の自己紹介が終わると、次はマネージャーの番。男子部員にとっては密かに待ち焦がれていたマネージャーであり、その存在が必ずやプレーのエネルギー源になるものだ。

「柴橋翔子です。小中学校は選手として野球を経験してきました。高校野球にずっと憧れていて、記録員として甲子園のベンチに入ることが目標です。よろしくお願いします!」

「よーし、甲子園のベンチに座らせてやるよ!」

「それまで、しっかりスコアを付けられるようになれよ!」

「はい、頑張ります!」

 和みムードに華を添えた翔子の挨拶に続き、次はいよいよ夏帆の番。

「鳴沢夏帆です。わたしも中学までは選手として野球をやっていました」

「おっ、ここにもいたねぇ、野球女子!」

「わたしは、高校でも選手として野球をやって甲子園大会に出場したいと思っています。その夢を叶えるために滝岡高校に入学しました。よろしくお願いします」

「オイオイ…………」

「本気で言ってるのか?」

「はい、本気です」

「ほんとに野球をやっていたのか! それなのに高校野球のことを知らないんじゃないのか?」

 さっきまでの和みムードからは一変、まるで今日の鉛色の空模様のように淀んだ空気が室内を覆った。


「この話しは俺が預かっている」


 一番後ろの窓際から通る声が届いた。ブカブカなジャージにもかかわらずメタボをかくしきれない三津田監督。椅子から立ち上がるとそのまま真顔で話を続けた。

「甲子園大会に出たいというのは一人の夢だ。夢に向かう気持ちは誰にも邪魔することはできない。それは男も女も同じだ」

 さっきまでの自己紹介のときとはうって変わって、姿勢を正して三津田監督の言葉に注目する部員たち。

「ただ夏帆には、みんなが言うようにどうにもならない壁があるのは事実だ。それよりも、今この場で自分の夢を話した夏帆の気持ちを俺は認めたい」

 決して解決したわけでないけれど、バックネット裏でモンモンしながら過ごす日々に不安しかなかった夏帆の心は、今の三津田監督の言葉に救われた気がした。あくまでも、いっときだけかもしれないけれど、自分のことを頭に置いててくれたことに嬉しさを感じたのだ。


 そして数日後、大会に向けてのベンチ入りメンバー二十人が発表された。その中には一年生ながら青野猛、背番号17。西原大和、背番号18の二人も選ばれた。その二十人の精鋭たち、そして選ばれなかった部員たちを前に、三津田監督の放つ言葉がより緊張感を増した。

「いいか、今日から大会が終わるまではベンチ入りメンバーを中心に、より実戦に近い練習をしていく。それぞれが自分の役割をしっかり理解し、積極的に練習に励むように」

「「ハイ!」」

 フィールドでは気持ちの高ぶりとともに大会を実感させる活動内容が進んていく。しかし、背番号どころかグラウンドにも入れない夏帆にとっては、現実を目の当たりにしたメンバー発表であった。

「夏帆、選ばれなかったね……」

「気遣ってくれてありがとう翔子ちゃん。でもしかたないよ……」

「ぶっちゃけ、わかっていても、やっぱ、辛いでしょ……、夏帆?」

「正直、やっぱり、ね…………」

 ベンチ入りメンバーを中心にメニューが消化されていくにつれ、夏帆の複雑な気持ちは増々加速していく。ボクのために野球をやらなければという焦りを感じて余計に置いてけぼりにされていくような不安が強くなり、こらえてきた心が折れそうになっているようだ……。


 夏帆、お兄ちゃんのことはいいから、自分のために部活動をやりな。


 選手にとってはあっという間に、しかし夏帆にとっては複雑な心境の時間が進み、新緑に包まれた山々を望みながら行われた春季大会県大会を三位。セミの応援を背に行われた夏の甲子園地区予選県大会をベスト4という成績で終えた滝岡高校。甲子園出場へは一歩及ばず、新チームへ夢を託して三年生は引退し、その心境を表すように三津田監督の激が飛ぶ!

「いいか、一、二年生。三年生の先輩方は最後まで必死に食らいついていく姿をみんなに教えてくれた。これから新チームとしてこのチームが始動するわけだが、先輩方の教えを胸に自分自身を高め、チームを高め、滝岡野球はより上を目指していく!」

「「ハイ!」」

「そしていかなるチームと対戦しても勝つ。どこのチームからも嫌がられる滝岡高校野球部にならなければならない!」

「「ハイ!」」

「自分を超えろ!」

「「ハイ!」」


 夏休み、三津田監督の熱の入った指導のもと、新チームになって行われたエンドレスゲームや紅白戦。そして、新たな番号を背に行われた秋季県大会新人戦。滝岡高校は一次、二次、三次予選とも自滅惨敗し、県大会出場権を得ることはできなかった。

 勝てない要因は明らかに投手力不足。この大会から背番号1を付けたのは二年生の菅里志郎。後輩たちから煙たがられている、あの菅里志郎である。

「菅里さんって、エンドレスゲームや紅白戦だとすげーいいピッチングするんだけどな……」

「そうそう、内角に攻める強気の球から外に逃げる変化球まで、理想的で凄くいいんだよなぁ……」

「でも、対戦相手がウチ以外だと全くの別人! よくそこまで豹変できるなっていうくらい、変わるんだよなぁ……」

「そうなんだよ……。投げては、ハッキリとしたフォアボールにデットボール、変化球は甘くなるか大暴投。小学生でもそんな球投げないよ」

「しっ、聞こえるぞ!」

 部活動で見せる菅里に期待した背番号だったのだが、本大会ではその力を全く発揮することなく終わっていた。お陰で早々と通常部活動に戻っていた滝岡高校野球部だった。


「よし次、来い!」

「ハイ」

「大和相手に投げてみなさい」

「ハイ」

 フィールドでの練習をキャプテンに任せた三津田監督は数名の選手を連れて、一塁側防球ネットの外側に設けられた屋根付きのブルペンにいた。大会後、投手力アップのために頭を抱える三津田監督は、代わる代わる目ぼしい選手を呼んではピッチングを観察していたのだ。

「どうだ、大和?」

「はい、コントロールはいいんですけど、軽いです」

「そうか、膝と腰の入れ方とリリースのバランスが課題だな……」

「よし、次!」

 にわか投手のため、数球投げさせては大和の意見を参考にする三津田監督。

「よし次、猛、来い!」

「ハイ」

 猛は今回の秋季大会では背番号6を付け、一年生ながら三番ショートとして出場していた。手足が長く背も高い。内野の要を任されてはいるけれど何でも器用にこなすタイプ、そこに目を付けた三津田監督だった。

 ちなみに、猛の球を受ける大和も秋期大会は背番号2を付け五番キャッチャーとして出場していた。

「確か猛は、中学時代にピッチャーとしての経験があったな?」

「はい。ワンポイント的に何度かマウンドに立ちました」

「ヤマトタケルはバッターだけじゃなく、バッテリーとしても活躍したわけだ?」

「活躍といっていいのか……。それじゃいきます!」


「オイオイ、何だそのヘナチョコ球は!」

「はい……」

「猛、そんな荒れ球じゃマウンドに立てねーぞ!」

「はい」


 猛のみならず誰かれとなくブルペンに来る選手たちに茶々を入れてはやたらと威張り散らし、ピッチャー陣をかき回す菅里。先輩が抜けた今、特に強烈さを増したようだ。

「いいかオマエら、ピッチャーってのはなぁ、ただキャッチャーに向かって投げりゃいいってもんじゃねーんだ!」

「はい」

「時間をさいて教えてやってんだ、人の話をちゃんと聞いてんのか!」

「はい」

「俺のアドバイス通りやんねーと、上達しねーぞ!」

「はい」

 自分のせいでこのようなことになっているとはみじんも感じていない菅里は、相変わらず三津田監督の前では分かったふうなことを並べていた。

 さらに、

「すいません菅里さん、自分、蹴り足の膝の使い方がよくわかんないんッス。教えてもらえますか?」

「膝の使い方だぁ? すぐに答えを聞きたがる。心の甘さがそういう態度に出るんだ! 自分で勉強しろ! そんなんだから上達しねーんだ!」

 ダメ出しをする割には何を説明をするわけでもなく、もちろんフォローすることもなく、ただ言葉をぶつけるだけ、というような感じであった。


 三津田監督の指示のもと選ばれた数名だったが、菅里の威圧的な態度に遠慮しながら投げている、という異様な空気が漂っているのが有り有りと見られた。

 しかもそれは、バックネット裏のマネージャーとしても気に止まるところであり、つい先日もマネージャーたちとこのようなやり取りがあった。

「監督さん、菅里君のあの態度じゃ、育つものも育たなくなるんじゃ?」

「確かに、遥香の言う通り。しかし残念ながら、三年生の抜けた今、ピッチャーとしてのイロハを知ってるのは菅里しかいない、というのが現状だ」

「……」

「そして、もう一つ……」

「もう一つ?」

「実は菅里自身にも成長して欲しいという考えもあるんだ」

「菅里君自身にも?」

 その言葉に、遥香はもちろん、翔子だけではなく夏帆も三津田監督に意識を向けた。

「ああ。試合じゃ全然通用しないが、練習のときのピッチャー菅里は凄い技術を持っているし球速も早い。しかも、キャッチャー大和のサインもあるが、菅里が主導権を握って采配している。それが試合でも出すことができる精神力が養われれば、という期待だ」

「精神力……、ですか?」

 さすがです、三津田監督。菅里を、一人の選手であり生徒としてしっかり育てようという、先生としての責務をまっとうしようとしているのだ。


 そして防球ネットの外側のブルペンでは……


「休憩だ!」

 三津田監督の親心を知ってか知らずか、絶妙なタイミングでしゃしゃり出る菅里。目線は選手、意識は三津田監督へのアピールが有り有りと伝わっていた。

「いいかオマエら、やりすぎはケガの元だ。ある一定の球数で休憩を挟むんだ。俺は投球数を時間で計算して、一定の時間が経ったところで休憩を取るようにしている。参考にしろ!」

「はい」

 大げさな身振り手振りを見せて自慢気な笑みを浮かべながら言うそのセリフも、おおかた先輩方に言われてきたことの請け負いであろう……。


「せっかくのアドバイス中、悪いな、菅里」

「いえ、大丈夫です!」

「新たなピッチャーたちはいいが、自分自身の調子はどうだ?」

 三津田監督はよく選手たちに声をかける。選手とのコミュニケーションを取り、コンディションを確認しているのだ。

「バッチリです。連続二試合でも三試合でも行けます!」

 右腕をグルグル回して好調をアピールして見せるという、いつものお調子者っぷりだ。

「そうか、菅里は今の投球がベストピッチってことだな?」

「ハイ、その通りです! この前の試合のときとは全然違います!」

 話しに火がついて一人で盛り上がる菅里。少し呆れ顔で聞いている三津田監督だったが、フッと何かを思い出したのか、それとも菅里の話はもう聞き飽きたからかなのか、突然言葉を挟んだ。

「そう言えば……」

「えっ? あっ、はい」

「菅里は、鳴沢光輝と同じ学年だったな」

「えっ? あぁ……、そうなりますね、はい」

 おっと、ここでボクの話題?

「対戦したことはあるのか?」

 もしかしたら投手力不足に悩むからこそ出た質問かもしれない。

「あーー、アイツの球はさすがに速かったです。誰も打てないどころかバットに当てるのも難しいくらいです。打てるとしたら自分くらい…………」

「それほどか……。どんな球筋だった?」

「球筋が、とか言うレベルではないです。アイツは普通じゃないですよ。だってアイツの球はとんでもなく早くて、そのうえ伸びてくる。あの球を打てるとしたら自…………」

 とりとめのない菅里の話をを、もはや右の耳から左の耳へと流していく三津田監督。


 菅里志郎?

 ボクの記憶にはないですね……。


 ボクが初めて硬式ボールを握ったのは中学三年生の晩夏、中総体が終わって養成クラブに所属したときだ。その養成クラブが対戦するのは荻野原クラブだけ。どうやら三津田監督は、そのことを記憶の中から見つけたようだ。

「菅里、キミは確か……、中央硬式クラブだったな?」

「はい、そうです! いやーしかし、あいつの球を打てるのは、ヤッパ自分くらいしか…………」

 唾をも飛ばす勢いで次から次へと出てくる菅里トークを打ち切るように、改めて大和と猛に訪ねる三津田監督。

「キミたちは荻野原クラブだったな」

「ハイ!」

「鳴沢光輝との対戦経験はあるのか?」

「はい。直接対決にはならなかったですが、ベンチで光輝さんの怪物ぶりを見てました」

「怪物ぶりか………」

「はい。しなやかに投げるストレートの伸び、急なブレーキと落差の大きなカーブ、突然視界から消えるようなキレのいいスライダー、それぞれが今まで見た中で一番です!」

 大和と猛はボクの一つ下、つまり夏帆と同学年だ。

 硬式ボールを握って日が浅いボクたちピッチャー陣は、試合では三イニングしか投げられないという成約もあり、先発で出たボクに対して試合の後半で出てきた大和や猛は直接対決にはならなかった。なのでベンチから見たボクの姿を思い出して伝えているのだ。

「そうか……。鳴沢光輝、それほどの逸材だったか。見てみたかったな……」

 ボクの活躍について想像に想像を膨らませた三津田監督。自然に少年のようなニヤケ顔になっている。


 三津田監督のその表情を見ていると、ボクも少しだけ鼻が高くなった気がします。


「しかし、それほどの選手がスポ少や中学部活動で仕込まれたとは思えない。噂通りの天才ということか……」

 心の声が漏れたような言葉ではあったけれど、三津田監督の通る声はしっかりと大和と猛の耳に届いていた。

「光輝さんのお父さんです。光輝さんに野球を教えたのは」

「お父さん? お父さんが怪物を育てたと言うのか?」

「はい、光輝さんのお父さんは高校野球のコーチ経験もあって、教え方は独特だと言ってました。なあ、猛」

「そうです。考えさせる教え方だと聞きます」

「名指導者は答えを見つけさせるという。その例え通りということなのか……? 独特な育て方、どんなものなんだろう?」

「聞いてみたらいいですよ」

 随分軽く話を展開させる二人だとでも思ったのか、三津田監督は苦笑いを浮かべた。

「残念ながら、俺は鳴沢光輝とは絡むことがなかったからなぁ。お父さんが指導経験があるといっても俺との面識はないようだし……」

「いるじゃないですか、夏帆さんが」

「えっ……、夏帆だって?」

「はい、夏帆さんは光輝さんの妹さんですよ」

「ななっ、何ぃ!」


「ぅえぇーーっ!」


 まるで副音声のように菅里の驚きの声も飛んできた。なんでも知っているはずの菅里が一番驚いていたかも知れない。

「それじゃ、夏帆も野球をやっていたと言うが、やっぱりお父さんが教えたのか?」

 まるで、探し物を見つけた少年のように食らい付いてきたメタボ体型。

「はい、そうです」

「それならば、君たちは夏帆の野球を知っているのか?」

「はい、夏帆さんも養成クラブだったんで僕たち対戦しました!」

 思いもしなかった展開に、三津田監督の視線はバックネット裏へ。そしてそこからフィールドを見つめる夏帆へと向いた。いつぞやの選手をアピールする夏帆の姿を思い浮かべながら……。

「そうだったのか、夏帆が……」

「はい」

「ところで、選手としての夏帆はどうだった?」

「夏帆さんもやっぱり怪物です。光輝さんとは全く違うタイプのピッチャーです!」

「ピッチャー? 女子がか!」


「あり得ねーだろー!」


 またまたどこからか余計な声が割り込もうとしたが全員スルー。そして大和と猛は、自分たちが体験したことを丁寧に話した。

「夏帆さんは、光輝さんの迫力のある投球とは違って、まるでバッティングピッチャーのように打ちごろの球を投げてくるんです。なっ、大和!」

「そうなんです。ところが、その球がまともに打ち返すことができない、違和感を持つ球なんです」 

「違和感を持つ球?」

「「はい」」

「どういうことだ?」

「自分も猛も、バットコントロールには自信があるのですが…………」

 大和も猛もミート力には定評があり、荻野原クラブ時代の通算打率も4割を有に超える成績を保持していた。その二人が、夏帆の投げる打ちごろの球にほんろうされ、完全に手玉に取られたことなど、できるだけ正確に夏帆の野球を伝えた。


「女が投げる球をオマエたちは打てなかっただって? 荻野原クラブは見てくれか!」

 めげずに飛んでくる嫌みな声の方に視線を向けるが、やっぱりみんなスルー。

「お前たちが下手くそだからじゃねーのか! 俺ならスタンドインしてやるぜ!」


 秋の風が残暑と菅里の言葉をどこかに運び、新たな風に一新されるかのように、三津田監督は夏帆と父の存在が投手力アップの糸口になるのでは、と光明が見えた気がした。

 まるで少年のような笑顔を浮かべなら。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ