第4話 ニ〇コイ!?
「……っ、私と、付き合って。私の彼氏に、なって」
「へ?」
久遠の髪が風になびく。
沈黙が訪れる。聞こえるのは野球部員の掛け声とセミの鳴き声のみ。
えっと……風のせいで聞き間違えたのかもしれない。
「今なんて?」
「難聴系主人公? そんなのは二次元だけで十分よ。私と付き合ってと言っているの」
難聴系主人公だと? ふざけるな。俺は自分の陰口を教室の端から聞こえるぐらいの聴覚を持っている。難聴系主人公だったらよかったな……。
「付き合うって、どこに?」
「彼氏としてと言ったでしょう? 難聴だけじゃなく鈍感系なの? あなたヘイト買うわよ」
誰からヘイト買うんだよ。俺はラノベの主人公か。
「その、付き合うっていうのは、つまり、その、そういうこと、か?」
「ええ、そうよ」
「なんで?」
俺が久遠に好かれているなんて思いもよらなかった。というか、久遠と同じクラスなのつい今日知ったばかりだし。
それともあれか? 一番左後ろの席で本を読んでいる俺に主人公の面影を感じていつの間にか好意を抱いてしまった、とか? 服のはだけた表紙のラノベを読んでいる俺に?
「あなただと都合が良いからよ」
「ああ、付き合う上で同じ趣味の方がいってこと?」
「そうよ」
へ、へえ。マジで俺、告白されたんだ。まったく実感ねえな。
空馬のやつはこんなこと何回も経験してんだろうけど、はじめての俺はどうしていいかわからなかった。
「えと、ちなみになんだけど、いつから俺のこと好きだったの?」
照れ臭くてつい、久遠から目を逸らしてしまう。顔が赤いのは暑いからです。
「は?」
「え?」
久遠が俺を睨む。
「え、いやだからいつから俺のこと好きだ――」
「あなたに好意は抱いていないわ」
「えぇ、最後まで言い切ってないのに……。つか! だったらなんで告白なんてするんだよ! 付き合う上で趣味が合うから良いって言ったじゃん!」
「それは私と同じオタク病だから、目的を果たす上でちょうどいいってことよ」
「目的?」
「ええ。私とあなたはただ趣味嗜好が人より熱狂的というだけで障碍者扱いされている。そんな世界間違っているわ。私は好きなものを自由に好きだと言える世界を求めているの。そんな世界を作るためにあなたが私と付き合うことに意味がある」
久遠は急に捲し立てる。なんか俺、こいつを怒らせることやっちゃいました……?
「えっと……世界観広すぎてついていけないんだけど、要は、ふたりで協力して社会性欠乏障害、通称、オタク病の差別をなくしてゆきたいってこと?」
「そうよ」
久遠は即答する。最初からもっとわかりやすく説明してくれよ。
「でもそれと俺たちが付き合う理由ってなんだ。べつに付き合う必要ないだろ」
「必要はある。私たちは碌に恋愛もできない人種だと思われているわ。まずはそのイメージを払拭する必要があるのよ」
「えっと、要は偽物のお付き合いってこと?」
「まあ、そうとも言えるわね」
どこのラブコメ漫画だよ。俺、大きな錠の首飾りとかしてないんですけど。ていうかあんな大きな首飾りしてよく疲れないですよね。
まあでもとにかく、久遠の言いたいことはわかった。
こいつは今のオタク病差別を積極的になくしてゆきたいと思っているのだ。そのために同じ俺と付き合い、周りに見せることによって社会性があることを主張する。その後、どうしてゆくかは知らんが、そうやってオタク病の俺らに社会性があることを見せてゆき、差別をなくす。
「はあ、そんなことのために俺と付き合うのかよ」
「そんなこと、なんて小さなことじゃないわ。おかしいと思わないの? ただ自分の好きなものを好きだと思うだけで世間に間違われていると言われていることに」
「まあ、おかしいとは思うけど、でも一理あるし。現に、俺らみたいなのは積極的に人と関わらない、異性と付き合うこともしない、結婚もしない、子どもも作らない、これを社会性がないという意見に関して反論する余地はないだろ」
「いえ、余地はあるわ」
久遠は腕を組む。
「私は二次元の女の子と関わりたいし、付き合いたいし、結婚したい」
「あのな? そういうところが社会性ないって言われてんだよ」
ああ、オタクって面倒くせえ。一ノ瀬も普段、俺に対してこんな風に思ってんのかな。
人の話聞かねえし、自分の話したいことばかりつらつらと述べ続ける。まあ久遠はあんなことを言っているが俺の方がヒロインに対する愛と考察は他の連中より――あ、今の俺ですね。こういうところですね。
「とにかく、私は今の社会が嫌い。私の好きなものを否定する社会が嫌い」
久遠は眉を顰める。
「べつに社会はお前の好きなものを否定してるわけじゃないだろ」
昔より二次元コンテンツの供給が減っているのはたしかだが、完全に規制されているわけじゃない。
「いいえ、間接的に否定しているわ。趣味には色々あるけれど、私たちの趣味に関して熱狂的であることを社会は否定している。それはすなわち、私の好きなもの、漫画、アニメ、ラノベ、ゲームを否定していると同義だわ」
まあ、そういう考えもあるか。
社会としては社会性のある人間がいてほしい。だから、二次元に対して熱狂的であることに社会は否定的だ。なぜなら、あまりにも二次元に熱狂的だと社会性を失うと思われているからだ。他の趣味で熱狂的でも二次元ほど否定されることはないだろう。
ああ、たしかに社会に二次元が否定されていると考えることもできる。
「まあ、俺も、好きなものが好きだというだけで障碍者扱いされんのは嫌だけどさ。鬱陶しく思うこともあるし」
そのせいで一ノ瀬に付きまとわれているのだ。というか、哀れまれているのだ。
久遠は怒りの表情を浮かべる。
「障碍者であることは恥ずべきことではないわ」