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東京特異体会議  作者: 阿笠秋冬
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予備生徒

「私は...本日をもって無期限活動停止させていただきます」


俺は思わず片手に備えていたジュースを手放してしまう。

それは抵抗することなくキーボードに落っこちて広がっていく。


だが俺はそんなことに気を取られることはなく、ただただ画面を見続けた―





「元気出せよ。ただのVtuberだろ?」


電話越しからはデリカシーのない声が俺の耳に侵入してくる。


「お前には分からないだろうな...推しが俺の人生でどれほどの価値があるか...」

「うげ、ガチで落ち込んでんの?だからゲームもオンラインになってないのか」

「...ゲームなんてしたくない。」


いつものこの時間なら一緒にFPSゲームをしている友達から電話がかかって来たため、俺はこの人生の落下点を伝えていた。


「まぁ...気分転換がてらさっさとゲームしようぜ。」

「今日は多分全然活躍できないわ」

「保険かよ」


宣言通り俺は酷いスコアでゲームを終えた。


無気力な俺は残り香を探すようにいつの間にかパソコンで彼女について調べていた。


「超有名Vtuber"マナラス"が引退?!」

などと言った記事が所狭しに書かれている。

きっとアクセスされやすいのだろう。引退ではないはずだ。きっと...


俺はあからさまな釣りサイトを開き、内容を確認する。


そこには当たり障りのない事がつらつらと書かれたクソ記事だった。

だが確かに一部のファンからはこの事態を予測する声が上がっていた。

それも()()()()()が原因となっていると。


約一ヶ月前。

マナラス単独のライブが東京で行われることになった。

キャパも最大でワンマンとなればVtuber初の偉業。ファンなら絶対に行きたい事案である。

かく言う俺も応募したのだが落選し、オンラインチケットを購入して画面越しに見る羽目となってしまった。

だがそんな期待を裏切るかのように開始30分前に突如体調不良を訴え、ライブはリスケとなった。

全員のファンが東京に住んでいるわけではない。わざわざ遠出してやって来ていたファンは「とんだ災難だ」と嘆いていた。


だが災難はそれだけではなかった。


ファンの数が3分の2ほど会場を後にしたとき、突如として会場の床が崩れ落ちると言うアクシデントが起き、一部のファンは重傷を負うこととなった。

そしてステージ舞台も例外ではなかった。


マナラスは体調不良からステージにいなかったのは不幸中の幸いだが、それでも重症者が出たこの事故、事件は嫌なスポットライトを彼女に当てることになった。


そんな悲惨な事が起きたのだから彼女の精神も危ない、と言われ続け、そして無期限活動停止宣言である。


改めて考え直すと無理もないのかなと思ってしまう。


だが俺はコンセントが抜けた冷蔵庫。糸がほつれている人形。

人生がまるでドーナッツになっているかのような感覚に襲われ続けている。


次の日、俺は大学をサボっていた。一応出席が取られる授業はあるのだが俺には90分も椅子に固定され、顔を上げ続けなければいけないと言うことは耐えるに耐え難かった。


だが実家暮らしの俺はサボっていれば親にバレてしまう。だからただ散歩をし続けることにした。

お腹が減ればファストフードを食べ、ただ目的もなく人気の少ない場所を歩いている。


大学のキャンパスが比較的自然豊かな場所にあるため散歩には探索のしがいもあった。


そんな生活も4日目に入った。

今日も散歩をしようとしたが大学の最寄駅の付近はほとんど制覇してしまっていた。

そこで俺は駅から逆方向の田舎道目掛け歩くことにした。

今日は一限からあるはずだった。おかげでサボっている俺には朝から散歩する事ができる権利と時間が大いにある。


ゆっくりと自然と虚無感を抱きながらただひたすら歩き続ける。

この生活も身に沁みて来たのか安心感をすっかり抱いていた。


かなり歩いただろうか。周りに一軒家や木々に囲まれた場所に辿り着いていた。時刻は14時。まだ歩き続けられそうだがお腹が減ったため、来た道とは違う道で駅方面へ向かうことに決める。


携帯のマップには来た道の一本しか駅への帰り道を示さないが拡大してみるとどうやら小道がこの先にありそこから行けそうだった。


俺はさっそくその小道を位置情報を頼りに歩いていくと生き物の生を感じない道路に出る。

左手側には山々、右手側には石の壁で挟まれたここには恐怖心を植え付ける何かがあった。


俺は気味が悪くなり、小走り気味になりながら歩いていくと左手側の少し奥に建物が見えて来た。

木漏れ日が計算尽くされたかのように忘れされた建物を照らしている。


俺はそんな幻想的な光景に足を止める。


じっくりと見てみるとどうやらその建物は幼稚園のようで柵の中には遊具やら砂浜やらがあった。


一応周りには一軒家がぽつぽつとあったのでここら辺に幼稚園があってもおかしくはないが...


それでも出来たてほやほやのように綺麗な幼稚園にはピカピカのガラスに俺が反射しており、ここ最近出来たと言われても信じれるほどだった。それが余計に不気味さと好奇心を駆り立てた。


思わず近づき、さらに細かくみる。

「花咲すみれ幼稚園」

真ん中の時計台にはそう書かれていた。


俺はスマホでまだここが現役かを調べるため検索してみると一応ヒットはするがどれも6年前の記事ばかりだった。

唯一4年前の記事があるがそこには「新入生受付の中止」との内容が書かれているだけだった。


俺は勇気を振り絞り園内に入ることにした。

もし誰かいたら真っ先に迷子になったことを伝えよう。そしてここら辺の大学生だと伝えれば不審者の疑いはまだ薄くなるはずだ。


ガラス越しに中を見るとやはり誰もいなさそうだった。それなのにも家具やら模型は綺麗な状態で保管されている。


「すみませーん」


そう言いながら扉を開け、中に入っていく。

どれも埃被っていない。こんな事があるのだろうか。やはり今日だけ休園日だったのか。それなのに扉が施錠されてないのはおかしい話ではないか。


左に大きな部屋が二つ、そして右には園児たちが食べるようなスペースと保育士たちの休憩室かオフィスがあった。


だが特段言及するようなものは見つからない。やはりただ綺麗な幼稚園である。


ここまで来た俺は2階にも上がり探索を続ける。


2階も同じように大きな部屋やブックスペースがあるだけかのように思われたが、右奥に倒された本棚とそれによって隠されている扉を見つけてしまった。


明らかに意図してその本棚は倒されていた。そして扉には鍵が掛かっておらず、少し開けると真っ暗な空間が広がっていた。


俺は本棚を少しずらし、屈んで進んでいけるスペースを作り侵入していく。


携帯のライトでその真っ暗な部屋を照らすと無機質な部屋だった。

デスクと椅子、そして周りにフォルダー入れがあるだけの部屋。

フォルダーの中身をめくると、そこにはかつて通っていたであろう園児達の情報が綴られていた。

他には何もなさそうだったのでそこから離れ、デスクに視点をやる。


デスクには棚が備え付けられており、何故かそこだけ埃被っていた。

ということは触られていないはずであり何もないだろうという安易な思いでそこを開けると中には思いがけない二つのものが入っていた。


一つは極秘計画書と書かれたもの。

そしてもう一つは何故かマナラスの画像にばつ印が書かれているものだった。


極秘計画書と書かれた封筒を開けるとこの幼稚園設立にあたっての計画書のように思える内容が記されているだけだったが一つだけ後ろのページに不可解な事が記されている。


「予備生徒、及び保管は25人まで。」


"保管"とはどう言う意味だろうか。予備生徒はまだ分からなくもない。この幼稚園の入園児のキャパシティが溢れてしまったとき、入園待ちしている生徒のことを指しているのだろうが保管とは...。


その時、下の方で扉が開く音がした。

俺は思わず息を潜めながらこの場所を去ろうとするが余りの恐怖に頭が上手く働かない。だがそれでも本能で手足を動かし、ここではない別の場所に行こうと動いていた。


一階はダメだ。誰かがいる。であれば2階のどこかでやり過ごすしかない。


その部屋から出て、すぐ近くの扉を開け中に入る。ここも窓が一切ない部屋のせいか真っ暗だった。

携帯のライトで壁を照らしながら手で反りつつ進んでいく。

足音が近づいて来ている。

俺は携帯のライトを消してうずくまる。

扉を開けた時に漏れる外からの光で俺が照らされることはないはずだ。かなり奥に進んでいる。


足音が止まった。


そしてまた足音が遠ざかっていく。


俺は安堵し、携帯のライトを再び点けると何やら水溜まりが見えた。

水滴を辿っていくとそこには大きな水槽なのか、円形の深い溝が生まれていた。


奥が見えないほど深くまだ続いているらしい。

屈んで何か生き物が居ないか確認しようと水面に顔を近づけたそのとき、背後から何者かに押され俺の身体は一気に水面に吸い込まれていく。

上に上がろうと泳ぐが水が掴めない。触れている感覚がない。

思わず目を開けるが真っ暗闇のせいで見えない。唯一の頼りであるスマホのライトは俺よりも先に下に沈んでしまっている。

なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで。

前に進めない。上に上がらない。水を掴めないんだ。


恐怖が俺にかぶりつき、頭がおかしくなりそうになる。


ここで死にたくない。


嫌だ。


俺の口から泡が無数に飛び出ていき、意識すらも消えかけたその時、目の前には謎の生き物、まるでクラゲのようなモノが俺を捕食しようとしていたーーーーーーー




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