第一話「出会い」
貴族の青年、ティルスは日々を退屈に過ごしておりました。
朝起きて朝食を済ませては、音楽、剣術、座学・経済の順で授業をこなし、夕食後に宿題をしては寝る毎日を送っていたためである。家庭教師と顔を合わせるのも嫌になっていた。
ある日、家庭教師の都合により自習となり、一人で課題をこなしていた。
「またこの日程か、飽きたな。」
課題から目を離し、ティルスは部屋を見渡した。
近くにある窓、部屋に一人っきりの状況を確認し、「よし、逃げるか。」と脱走を試みた。
結果、無事に成功。
部屋にあったシーツを結んでロープの代わりにし、部屋の窓から降りて屋敷から脱走した彼は様々な店が並ぶ貴族街の中心に向かった。
数分後、向かう途中で貴婦人の悲鳴が聞こえる。
「きゃぁぁぁぁぁ!!!!」
続けて男の怒号が聞こえる。
「奴隷が一匹逃げたぞ!追え!!」
声のする方へ振り向くと、少女とすれ違った。
来ているボロボロの白い服が少女の黒髪、黒目、褐色の肌を目立たせる。
この国において、奴隷の価値は犬猫と同様もしくはそれ以下であった。
ペットとして飼う貴族もいれば、重労働を課せる道具として扱う者もいた。そのため、貴族にとってその存在は「汚らわしい者」の類いであった。そうだな、君には虫嫌いな人が虫相手に向ける感覚といった方が分りやすいかな?
え?「汚らわしい者」をペットにするって、矛盾していないかだって?オチの意味も分らなかったやつがどうしてそんなことに気づくんだよ。
ペットというのは言葉通り人間扱いされないことだよ。「汚らわしい者」を綺麗に仕立て上げるという趣味や、顔が良いから愛玩動物として愛でるとか、ああ、男なのに女の格好をさせて見るのが好きという令嬢もいたぞ。
とにかく、自分の自己満足を得るのを前提に奴隷という人を飼うことがこの貴族街では流行っていたのさ。
何?僕もそれを体験したことがあるのかだって??
あるわけないだろ。僕は人を飼う趣味なんて持っていない・・・っえ?逆?飼われた方?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
次喧嘩売ったらこの本でお前の頭をたたき割るからな。
発言には注意しろよ?
・・・・・・・。
よろしい、では続きを話すぞ。
誰もが少女の姿を見て身を引く。汚らわしいと言わんばかりの目で見つめる。
そんな目の中、少女は手足に枷が付いたまま走り続ける。
しかし、つまずいてしまい、ティルスの目の前で転んでしまう。
ティルスも他の貴族同様に奴隷という存在を認識していた。
そのため、とっさに少女から身を離そうと避けてしまう。
少女は転んだ拍子に怪我をしてしまい、膝から血が流れた。
その時、少女の顔を見たティルスの脳に刺激が走り、一瞬だけある映像が浮かんだ。
少女と同じ褐色の肌をした子どもが自分に手を差し伸べる姿が。
「・・・っ、なんだ?」
それ以上思い出すことができず、その場に留まってしまう。
すると、少女を追いかけてきたであろう男達が追いついてきた。
「見つけたぞ!」
「!」
その姿を見た少女はとっさに怪我した足から意識をそらし、立ち上がろうとするが、怪我した足の痛みにより上手く力が入らず、走れない。
「はぁはぁ、よぉし、やっと追いついた。」
息切れしている細身の男と、少女の腕を真っ先につかむ大男の2人が表れた。
細身の男はティルスを見ると、
「うちの商品が大変ご迷惑おかけ致しました、大丈夫でしたか?どこか汚れていませんか??」と頭を下げ、謝罪をしてきた。
「い、いや別に。」
「左様ですか、それはよかった。さあさあお離れなさいませ、これの側は空気が汚れております故、お貴族様のお身体に悪いですから。」
そう言って離れさせた後、細身の男は大男に捕まれて身動きできない少女の方へ行き、彼女の長い黒髪を引っ張る。
「このくそガキ!余計な手間をかかせやがって!おまけに怪我もしやがって。お前みたいなやつが逃げられると思うなよ!!」
「ぐうっ!いったっ!」
「皆様、大変ご迷惑をおかけ致しました。ここにお詫び申し上げます。この通り、二度と脱走することが無いようきちんと躾を致しますので、どうぞ我らトレビスをごひいきに。」
演説をするかのように、彼らを取り囲んでいる群衆に向けて放つ。
「では、失礼致します。」
と言い、ティルスの横を通っていく。
ティルスの心の中にはもやもやしたものが生まれていた。
なぜこんなにも少女と思い浮かんだ子どもが頭から離れないのか、というもやもやが。
それは細身の男の声や群衆の声が耳に届かないくらい、瞑想していた。
けれども、それが晴れることはなかった。
今彼に分ったことは、今なにもしなければ後悔すること、一生このもやもやを抱えて生きていくことになるという直感だけであった。
だからなのか、彼は無意識に大男の腕をつかんでしまう。
「ん?」
「おや?どうかなさいましたか?」
大男、少女、細身の男、貴族の群衆の目が彼に集中する。
「買います。」
―何言ってんだぁー!!俺!!―
心の中で盛大に叫ぶティルス。
「え??」
「買います、その娘俺が買います。」
四方八方からの視線が痛く感じる彼は勢いの怖さと自分の言動にさらに困惑して、大男の腕をつかんだ状態から動けなくなっていた。
一方で彼の言動に彼以外の人間は驚きを隠せず、群衆は騒ぎ始めた。
「失礼ですが、お客様はおいくつでしょうか。この国の法により、21歳未満のお客様には奴隷をお売りすることができないのですが。」
「あ、はい、、、。」
―そりゃそうだ。―
この国の成人年齢は18歳以上であるが、人身売買などの高額な商品のやり取りを行うには21歳以上であることが定められていた。
高額商品の契約による大きな責務を背負うには若すぎると判断されていたためである。
「分っています。俺は18、、、、です。」
「であれば、残念ですが、お売りすることができません。」
「はい、」
「それにこの子どもは見ての通り気性の荒い性格。こちらとしては有り難いお話ですが、お客様にお怪我をさせるかもしれません。その場合、こちらは一切の責任を問うことはできかねますので、その点もご理解いただきたい。」
「はい、、、、」
「もし奴隷をお捜しでしたら、、、、、」
その後の声はティルスの耳には入っていなかった。ただ、どうこの場を納めるか、それだけであった。
冷や汗かくそんな状態の中、一人の声が入ってくる。
「では、私が代わりに買おう。」
ティルスが声の方へ顔を向けるとそこには彼の父がいた。
「あなた様は?」
「これの保護者だ。私が息子の代わりに買おう。」
「かしこまりました、ではここでは何ですので、移動致しましょう。続きは事務所のほうで、、、、、」
「いや、あいにく時間がなくてな。明日、金は用意するからその娘を連れてきてはくれないか?」
そう言ってティルスの父は屋敷の住所を書いた紙を細身の男の男に渡した。
「ティルス。」
「あ、はい!」
「いつまで男の腕をつかんでいるつもりだ、帰るぞ」
「はい、、、、、」
つかんでいた手を離し、ティルスは父親の後に続いて近くに止めてあった馬車に乗る。
少女はずっとその馬車を見ており、ティルスは自分の言動を鮮明に振り返って、恥ずかしさで心がいっぱいであった。
翌日、細身の男は昨日の大男と少女の他に二人の男を連れてやってきた。
頑丈そうな枷を首と手足にされており、少女はうつむいてこっちを見ようとしなかった。
「はい、確かに代金頂きました。こちら枷の鍵と鎮痛剤であります。もし、暴れるようなことがありましたらこれを打って下さい。すぐにおとなしくなるので。
今後ともぜひごひいきに。」
会釈をして奴隷商人達は帰って行く。
「ティルス、これらはお前が持ちなさい。」
「はい?俺にですか?」
「そうだ、これはおまえの物だ。あとは好きにしなさい。」
父は部屋を出て行き、両手には鎮痛剤、広い客間にティルスと少女、数名の使用人が残される。
なんともいえない場の空気にティルスは耐えられそうもなかった。
「ティルス様、こちらはどのように致しますか?」
使用人に言われ、はっとなる。
「ああ、とりあえず地下牢へやっといてくれ。少し考えたい。」
「承知致しました。」
静かな空間に枷の鎖がすれる音が響く。
使用人に連れられていく少女は目だけをティルスに向けていた。。
反対にティルスは、この後少女をどうするべきなのか、それしか見えていなかった。
「はぁーーーーーーーーーーーーーーー。ドウシテコウナッタ・・・・。」
さて、ここで一旦貴族街での出来事まで時を遡るよ。
なぜかって?このお話にはもう一人欠かせない登場人物がいるからさ。
全身黒い服に覆われ、フードを被るその人物は貴族街で起こったティルスの羞恥場面を物陰からそっと見ていた。彼の特徴が分るものといったら黒服以外には背負っているケースだね。
ずっと見ているのかなって思ったけど、そいつはティルス達と分かれた奴隷商人の方を見始めたと思ったら後を追った。
彼らのアジトを見つけるために。
だから僕は尋ねた。
「どこへ行くんだい?殺したい相手はそっちではないだろう??」
そいつはただ一言答えた。
「あれもだ。」
黄緑色の目をぎらつかせて、きゃあ怖い(棒読み)。
ん?僕も出ているのかって?もちろんさ。これは僕が直接傍観した物語なのだから。
でも僕は登場人物ではない。
それどころか脇役さえもなれない。
ただの傍観者。
特に干渉はせず見届け、刻む者さ。
まぁ、暇だからちょいちょい話に入ってくるけどな。
さぁ、ここから時刻は戻るよ。