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紅茶  作者: 瑞原
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現実1

 そこまで書いて、ノートを閉じた。


 外装は青で、サイズはB5、6mm幅、35行。


 このタイプが気に入っているので、自分が持っているノートは大抵がそれだ。


 今閉じたノートの表紙には、“気まぐれ日記”と銘打ってあるが、中身がそれに応じたものでないのは明らかである。


 抽象的な愚痴。総合的な怒り。消極的な悩み。


 そういったものが書きたくなって、今日から“気まぐれ日記”を書き始めた。


 自分は、そういうのをクチに出せるような奴じゃない、だから、文章にでもして外へ放出する、そんな人間だ。


 煙草に火をつけた。体内に煙を入れた。空中に時を描いた。


 机の端においてあるキャラクターの置時計を横目で見て、無機質なガラスの灰皿に灰を落とす。


 11:07。


 窓の外には濁った月が浮かんでるんだろうな。


 “現実”もこんなふうに簡単に吸ったり吐いたりできたらどんなにいいだろう?






 受験勉強に行き詰まって、余計なことをしてしまった……。


 冷房をつけて、閉め切りにした部屋。澱んだ空気。


「なぁなぁなぁ、さっきから何してんの?」


 びくっと肩を震わせ、声の主の方へ振り返る。


「……居たんだ?」


「もう、すぐ忘れるんだからお前は。俺、2時間前から居た」


 ちょっと膨れっ面をしてこっちを見るのは――兄。3歳上の大学3年生。


「頼むから、出てってくれる?……って、さっきも言ったはずだけど」


「えー」


 もう構わないことにする。





 兄は、部屋の真ん中にある卓袱台に肘をついて、こっちに視線を送り続けている。


「20歳未満喫煙禁止ー」


「五月蝿い」


 折角、解放欲溢れる愚痴書いて少しはすっきりしたのに。


 兄のせいで苦悩がまた一つ増えた。


「成長期なのに有害なモン入れると……」


「五月蝿い」


「未来の旦那さんに失礼な身体になっちゃうよー」


 くくっ、と笑いを殺している様子が背後から窺える。


「それに、せっかくの黒髪も台無しになっちゃうよー最近枝毛多いんでしょ?」


 図星。……だが無視。


 半分近く灰と化した煙草を灰皿に潰し、新しいのを箱から出して火をつける。


「あ、だから喫煙禁止ー」


 兄は立ち上がると、冷房の電源を切り、暖色のカーテンとベランダに通じるガラス戸を開けた。


「頼むから、閉めてくれる?……昨日も言った気がするけど」


「えー」


 兄はベランダに出て、星がちらほら出ている空を見上げていた。


「なぁなぁなぁ、夏の大三角ってさ、アルタイルとベガと何だっけ?」


「デネブ」


「そーだったそーだった。いやぁ頼りになるねぇ、千宏は」


「翔兄が頼りにならなすぎなだけ」


「んな厳しいこと言うなよー」


 そう言いながらも、笑っている兄。


 ゆっくりと煙を吐き出して、灰皿で潰す。


「だから、やめなってば煙草。背伸びなくなるって」


「背の低い翔兄に言われても説得力ないなー」


 157cm。妹よりも8cm低い兄。


 ……はたから見ると、情けない。


 一緒に歩いていると、弟に間違えられる。


 しかも、中学生くらいの。


「それ言うなよー」


 笑って済ますところからして、そんなに気にしていないらしいと窺える。






 ガラス戸を開けっ放しにして、兄は部屋に戻ってきた。


「ちょっと、閉めてよ」


 5cmくらい戸を動かす兄。


「ちょっと閉めた」


「全部閉めて」


 はぁ、と溜息混じりに戸を閉め、また卓袱台に肘をついて座る。


「空気悪ー」


「あのさぁ、翔兄の部屋じゃないんだから好きにさせて。空気清浄機あるからいいの。ってか、部屋戻ればいいじゃん」


「何でそう千宏は冷たいかなぁ」


 やっぱりもう、構わないことにして、冷房の電源を入れる。


 それからまたかったるい受験勉強を再開した。


 何時間か経って、そろそろ寝ようかな、とベッドの方を向くと。


「……ったくもぅ」


 兄が眠っていた。しかもすんごく気持ち良さそうに。


 仕方ないので、隣の兄の部屋にあるベッドで寝ることにする。


 兄の部屋もこの部屋も、家具や配置はほとんど同じなので、抵抗はない。


 寧ろ、兄の方が綺麗に片付いているので、よく眠れた。


 

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