自分より人気があるイケメン俳優を引き立てるのは初めてだけどね…
リョウの次のドラマの相手役は若手人気俳優のハヤトと決まり、撮影も始まった。
ハヤトは186cmの長身にエストニア人の母親譲りの薄い茶色の瞳で地毛はブロンドというハーフの日本人で、
香川からの高校の修学旅行で東京に来たときの2日間、渋谷と原宿と新宿の3ヶ所で何度もスカウトされて結局大学に進学せずに一番大手の芸能事務所に入った逸材だった。
ハヤトはさすがのリョウも霞むほどの閃光を放っている青年俳優でありながら、実は現場では気が弱くて台詞以外は本当に喋らないのでBLシーンも予定されているのにリョウとの距離も縮まる気配がない。
リョウの方もまだ若いし主役でもないので自分から動くのは賢明とは言えないだろうとユウコと現場の空気は暗黙知を静観、と決めたのだが、
子役時代が長いリョウにはハヤトの周りへの様子はいかにも不味いのではという気がしていた。
ハヤトはリョウのように幼い頃から現場に馴染んでいたわけでなく、請われて気楽に俳優になった一般学生だったので、
本人は次の仕事へつなぐための気配りもマナーも気にしていないところへ、ハヤトの人気にあやかりたい周りの人間が気を遣うものだから、余計に俺様キャラとして扱われてしまう。
やがてハヤト本人が言ってもいないことややってもいないつまらない事まで、いつの間にか尾ひれが付いて良くない噂になってしまうのは、
リョウやユウコだけでなく現場のほとんどの人間はわかっていたのだが構わずに成り行きに任せていたのだ。
リョウはハヤトの外見に嫉妬を覚えるくらい見とれ、ハヤトの笑顔や言葉に心臓が高く打つ体験をし、
今回の仕事では好きになったハヤトをしっかり引き立てるのが自分の役割だと思い始めた矢先、
ハヤトは急に3日現場を休んだのち結局急な体調不良という理由で役自体を降りてしまい、他の人気俳優が代役となった。
リョウは初めて、小さなドラマのためにどれほど先まで細かく予定が決まり多くの人がそれに合わせて責任を持って自分のパートを動いているかを目の当たりにし、
結局、スタッフだけでなく名がある俳優であっても代わりはいくらでもいるのだということを思い知った。
うちでリョウが俳優という仕事は生涯続けていける仕事なのだろうか…、と呟くのを聴いたユウコは、
大学への進学を含めてリョウがいつでも俳優を辞めるという選択肢を持てるような準備もしなければならないと悟った。
ハヤトの代役のヨージとのBLを匂わせる風のいくつものシーン全てをなんとか撮り終わり、
リョウはまた少しの間だけ高校に通い、放課後すぐに帰宅して内緒の妻のユウコと2人で次のリョウの舞台の参考になるような映画のDVDをたくさん観て過ごした。
リョウはうちではじゃれるようにユウコによくくっついてくれたが、それは相変わらず夫婦といえるような時間とは別の特別な数日間だった。
ユウコにもリョウにも心癒される穏やかなほんの数日のあとには、
リョウにとって初めての「舞台」というごまかしの効かない仕事のための稽古の日々がまっていた。
舞台でのリョウの役は、
父の若い後妻から勝手に愛されたものの、つい関係を持ってしまい、悩んだあげく自殺することを選ぶ息子だった。
ユウコは反対したのだが、またマネージャーのスドウがリョウに自殺する青年の役をとってきたことが心に引っかかった。