子どもが産めない妻だけど、君の美形DNAは残して欲しい
ユウコが前の結婚で子どもを産んでその子は一歳にもならずに亡くしてしまったことを、結婚する前にすでにリョウは知っていたが、
与えられた役にはなりきるし、相手役の心まで理解したいと没頭するものの、中身はまだ高校生なので女性の身体のことを詳しくわかっているはずもない。
実はユウコは子宮内に良性腫瘍があったので、過去の出産のときに胎児と一緒に卵巣は両方とも摘出されてしまっている。
そのことを知っていた元の夫や婚家の親は将来子どもを産める相手と再婚を、という思惑もあり、
子どもが死んでしまったことで家庭がうまくいかなくなって思い詰めたユウコが離婚を希望したときあっさり受け入れて縁を切ってくれたのだ、と、リョウに話したことがあった。
乳児を置いて家を出たことは、言えなかった。
結婚とは、新しい生命を守り育てるという社会的役割を果たしてやがて老いて消えていく、という決まりごとに過ぎないのだろうか。
幸運なことに現代は、そうした人生の決まりごとを受け入れるための洗脳を義務教育で無理やり与えられる訳ではないので、
結婚する相手や時期を迷いながら自由に選択していけるのだけれど、
どうしても若い本能が異性を求めて冷静な判断ができない時期が誰にでもある。
最初で最後の生命を生み出した経験があるユウコには、
17歳のリョウの生命はまだ未成熟で繊細で、誰かにしっかり守られなければ壊れてしまうような脆い段階にあると思っている。
ユウコは、自分とリョウとの結婚は10年以上続いたりしてはならないものだと理解している。
リョウが俳優として100年に一人かもしれない逸材であるためには、たとえ結婚であってもリョウの心と身体を深く広く成長させるために必要な出来事でしかなく、
自分がそんなリョウの最初の妻になれたことは、ユウコの人生にとってはかけがえのない時間になるのだ。
リョウはここ数日、ようやくゲッソリとやつれた見た目から一般的にバランスのよいBMI範囲に戻り、
笑顔も増え、他の俳優のコメディー作をみて若い男の子らしく大声で笑ったりすることも増えてきていた。
また、ユウコが何気なく話を向けてもやはりリョウはどんな女の子にもなぜだかまるでドキドキしないと言うのだが、
それが年上の妻に対する若いリョウの最高の優しさだとは思いもかけず、
マネージャーのスドウが推す、大人気若手俳優が演じる大学の男の先輩に激しく恋をして失恋する役でワンクール撮る、という学生BL作品を、
もしかしてリョウにはやりやすいかもしれないと考えた。
リョウはといえば、LGBTの男の子が真っ直ぐに楽に生きられる世間の空気をつくるきっかけになるように演じたい、と意気込み、
その気持ちをマネージャーを通して制作側にうまく伝えるにはどうしようか、などと、作品を見る人々への思いをのせた話をユウコに明け方ま語ってくれた。
ユウコは自分がこんなにも近くでリョウを応援できることが嬉しく、
リョウの次回作用のボディメイクのための体調管理を事細かに計画し始めた。
リョウは、ときおり寂しげな表情をするユウコにそんな暇もないくらいやるべき仕事をあげられたことにひとまず満足していた。