いじめられて自殺する役作りなんてやらないでくれる?!
ユウコにとって大切なアポロン神のようなリョウは今度、
いじめで自殺する高校生の役がテレビドラマで決まったという。
オーディションにリョウがいると同世代の子役たちはもう自分は落ちたな、と嘆くほど、
リョウの仕事への依頼は多く、最近はリョウがやってみたい役を選べることもあるほどだ。
今回のいじめを受ける役はとても難しく、
感情の流れも起伏も基本現役高校生のリョウに任されていて、時間もそうはない。
リョウは仕事が多いのでほとんど高校に通っていないので、いじめられたこともないし、いじめを見たこともなかった。
この作品ではリョウは主役ではないのだが、
3ヶ月ほどの撮影で12話あるうちの8話分に登場する大きな役だ。
リョウは高校生同士の可愛いラブコメ映画を撮り終えたばかりで、役のオーラが違いすぎる。
翌朝、
ユウコとの入籍の秘密を知るマネージャーのスドウが、朝早くから車で迎えにきたのだが、
初日なのでリョウの希望でユウコも一緒に行く事になった。
ユウコは妻としてでなく、マネージャーの一人のような立場で同伴しているので、外で役者をしているときのリョウがユウコに目配せや視線を投げてくることは全く無い。
ユウコはいきなりリョウが執拗にいじめられるシーンで、辛くなったが平然としなければならない空気で、現場全体がは重苦しい。
夜遅く帰宅してリョウのために風呂を準備すると、裸体をあらゆる角度から撮影できるほど完璧なハダカのリョウがあくびをして入ってきた。
ユウコは背中を流してついでにシャンプーもしてやり、
リョウがバスタブで寝かけているのを起こして、パジャマを着せて、ベッドに連れていった。
まったく、ユウコは今のところ、
愛しい大きな子どもの面倒を見るお母さんだ。
13歳で子どもを産んでたら、こんなか、と可笑しかった。
リョウの頭の中には、今日からしばらく、いじめられる高校生が入ってくるはずだが、
いじめられるような経験もないし人を憎んで自殺する、ということも未体験で難しく、
リョウの役がドラマの主題を支えているのが、リョウにとってかなりのプレッシャーだろうと、
ユウコの心にも気合いが入る。
責任感の強いリョウが、殴ってみてほしいなどと言い出さないか心配していると、
まだ寝ていなかったリョウがユウコを見つめて言った。
「本気で強めに首を絞めたりしてみてくれない?」
内出血のメイクだけでも気が滅入るのに、やっぱりリョウはこんなことを頼んでくる。
体験せずに全力で想像しようよ、ガンで死ぬ役でもガンには罹らないし死なないのだから、
と、
説得する毎日が始まった。
なんとしたことが、数日すると役が入り込んできて、リョウはめったに笑わなくて、体重も落としてげっそりした鬱っぽい高校生になってきている。
「自殺する練習とか、許しませんっ!」
当たり前の半分ジョークの言葉が、妙に重く響く、新婚家庭だった。