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十一話:少女の変化

「……シラ?」

「……シノブの、えっち」

「……えっ、あっいや。はっ、ちょっ馬鹿。おい、違うし。待て待て、そんなんじゃないし(素の口調、そして早口)」

「~~~~~~ッ!! ち、ちょっと、外の風に当たってきまひゅっ」


 基本的には無表情の落ち着いた口調で話す彼女なのだが、今は慌てた様子で赤い顔を押さえ、そのまま部屋から出ていってしまった。


「…………!」


 信乃が彼女を引き留めようと右腕を差し出したままの姿勢で固まってしまっていること、十数秒。

 何とか硬直が解け、机に頬杖を付いて嘆息する。


(……ああ、まただ。なんだあれ、思春期みたいなやつなのか? 出会った当初はこんなことはなかったのに、なんか急に来たんだよな……)

 

 スルト戦を終え、アルヴ王国に避難してまた日常に戻ってからずっとこの調子だ。


 ニーズヘッグ・ブラッドカイゼル。


 彼女の本当の、かつて人を滅ぼしかけた魔王の名だ。

 彼女もまたこう呼ぶべきなのかもしれないが、微妙に長くて言いづらいし、彼女自身も「シラ」と呼ばれた方が嬉しそうなのでそう呼んでいる。


 そんなシラだが、最近ではどうにもその感情面が急に育っているように思える。

 話を聞く限りでは、第二次成長期(一応魔人も人間と同じような速度で肉体成長をするらしい)真っ只中の大事な時期に、五年間も眠っていた。しかも、それ以前にもとても帝国で真っ当な生活を送っていたようにも思えない。

 ならば急に外の世界に連れ出されて、感情面でこのような急激な変化を遂げてしまうのも無理はないのかもしれない。

 感情豊かになった、と言ってしまうのも何か少し違う。基本的に何を考えているのかよく分からない(もしくは何も考えていない)無表情であることに変わりはない。


 しかし、特にさっきのような女性としての恥じらいの感情が良く出るようになった。

 元々はさっきのような接触にも何も動じることは無かったはずのシラが、今では信乃に近づき過ぎたり、長時間目が合ってしまった時ですらも彼女は赤面して恥じらうようになってしまったのだ。

 それに、以前は男の前で服を脱ぎ出すような破天荒振りを見せていた彼女だったが、今では宿の部屋で着替える際に「あのね、シノブ……どうしてもならしょうがないけれど(※ここは毎回必ず言う)、出来れば少し外していて……欲しいの……っ」と、やはり赤い顔を伏せて彼女自ら信乃に申告するようになった。

 これらの変化は有難いことなのだが、急過ぎるそれにやはり信乃は困惑せざる負えない。


 当然そう言った女性としての感情を信乃も尊重したい。魔人とは言え、信乃も彼女をちゃんと女性として認識しているつもりだ。

 それでも、不可解なところもあった。


 例えば、「宿の部屋を分けようか?」と信乃が提案したこともあった。そんな感情が芽生えてしまったのであれば、やはり男である信乃と同じ部屋は嫌なのだろうと気を遣っての発言である。金はかかるが、彼女の感情の方が大事だ。

 しかしシラはそれに対して愕然とした表情をした後に、「そ、それは……ダメッ! そんなの、嫌! シノブの、意地悪……!」と、何故か赤い顔で、しかも涙目で怒られてしまった。彼女を思っての提案だったのだが。

 ああいった反応を示す癖に、どうにも彼女はやたらと信乃と一緒にいたがる。女心というものもよく分からない。


【注意! 信乃は、これまで全くモテたことのない弊害で、自分に向けられる恋愛感情にはとてつもなく鈍感なのである!!】


 何か頭上によく見えないテロップが表示されたような気がしたが、気のせいだろう。きっと疲れているのだ。


 一応、こういった経緯をアルヴ王都で武器屋を開き始めたギンカやキンジにも相談はしていた。

 しかしそれを聞いた二人はまるで雷にでも撃たれたような顔で固まってしまい、しばらくしてからギンカにはこの上ないにこやかな顔で「……カエレ」などと言われてしまった。キンジに至っては、「マ゛リ゜エ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゜(人が出してはいけない音)!? わじのジラだんがああああああああぁぁぁ!!」などと急に絶叫し始め、会話にすらならなかった。折角常連客になってやっているというのに、使えない連中である。


(……色々とよくは分からんが、まあ辛そうではなさそうだし……むしろ前よりも彼女は明るくなった。今はそこまで深刻に考える必要はないか。戦闘にも特に影響はさそうだしな)


 だが、これからちゃんと考えていかなければならないこともある。


『俺と共に、生きてくれ』


 信乃は、本当は殺さなければならなかった魔人である彼女に、そう言ってしまった。

 魔人ニーズヘッグを、やはりどこまで行っても人にはなり得ない存在を、信乃は生かすことを決めてしまった。

 信乃を助けて、慰めてくれた怪物と、私情によって共に歩む道を選択してしまったのだ。

 その事実と、信乃はしっかりと向き合っていかなければならない。


(そう願ってしまった彼女に、俺は何をしてあげられるのだろうか。……これからも生きていて欲しいあの子に、人と共に生きていきたいと言ってくれたあの子に、俺は何を教えてあげるべきなのだろうか。……ああくそっ、誰かの為に真剣に悩むとか、俺らしくもない……!)


 そんなことを悶々と考えながら、信乃は再び作業に戻るのだった。

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