十話:あれから二ヶ月後
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ウェールズ森林。
羽ばたきによる凄まじい風圧により、一部木々がなぎ倒されている。それを少し離れた所から受けて、信乃とシラも顔を顰めていた。
彼らが見上げているのは、陽の光を覆ってしまう程の黒く巨大な飛翔物だった。
ドラゴンの頭、蛇の胴体、蝙蝠の羽、一対のみの鷲のような後ろ足。
頭から尻尾までの全長は優に50メートルを超え、どうやって飛んでいるのかを疑いたくなるかのようなとんでもない図体をしている。
超大型魔物、「キング・ワイバーン」だ。
「グゥぅぅぅぅうう、バアアアアアアアアアアッ!!」
普通の人間が見れば間違いなく腰を抜かして失神してしまうようなそれが、重低音の唸りの後に二人に向けて巨炎――「カタストロフ・フレイムブレス」を吐き出す。
「シラ!」
それに対し、既に「ディヴァイン・エインヘリアル」を唱えた信乃がシラに呼びかける。だが、そうするよりも前に彼女の詠唱は既に進んでいた。
「完全顕現――『トライデント』。超大型魔物の体力はとんでもなく高い。だから、最大火力で行くね」
その手に、青いボディに所々金の装飾が施された、三又の槍が出現。それを振りかぶり、唱える。
「『フォーマルハウト・アクアカイザースラッシュ』!!」
激流。槍からはあっという間に水が溢れ返り、まるで水柱のような超巨大な槍の形を為す。
その威力階級は、カタストロフすらも超える「アルクトゥルス級」。
〝カタストロフ・フレイムブレス
魔法攻撃力:265
威力階級カタストロフ:×32
魔法威力:8480〟
〝フォーマルハウト・アクアカイザースラッシュ
魔法攻撃力:300
威力階級アルクトゥルス:×64
カイザー補正:×1.5
属性相性有利:×2
魔法威力:57600〟
もはや、比べるのも馬鹿らしい火力差。
それを迫り来る相手の炎に向けて振り下ろすと、充分に凶悪な大きさだったはずの相手の大炎は水流の巨刃にて一瞬で掻き消え、そのまま直線状にいたキング・ワイバーンの身体をも綺麗に切断。
「グエェエエエエエエエエッ!?」
断末魔を上げ、真っ二つになった相手は落ちて動かなくなる。
たったの一撃で、超大型魔物との勝負が決してしまった。
「……いつ見ても、凄い火力だな」
そう信乃は、感心半分呆れ半分の溜息を付く。これでもだいぶ慣れた方だ。
「これが、魔王の力。えへん」
シラが無表情のまま誇らしそうに(?)そう返す。
二人が今日受けていたのは、「超大型魔物討伐クエスト」だった。
とんでもない難易度ではあるが、その分報酬もそれに見合って良い。これでまた資金が溜まった。
「さて、長居も無用だ。アルヴ王都に戻るか」
そう言って踵を返した信乃を、シラが呼び止める。
「ねえ、シノブ」
「なんだ?」
「……私達、強くなったかな?」
「……」
少し悲しそうに瞳を揺らしている少女に、信乃は少し間を置いてから言葉を返した。
「……ああ。間違いなく、俺達はあの日から進んでいる」
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あの日から――魔人スルトとの死闘から、再び起こってしまった悲劇の日から、約二か月が経った。
ミズル王国の滅亡。
再び為す術もなく多くの人間が犠牲となった、帝国が引き起こした厄災。
信乃もシラも、あの日の出来事を決して忘れてなどいない。
帝国の力が、如何に強大なのかを見せつけられてしまった。
自分達が、如何に無力なのかを思い知らされてしまった。
それでも、彼らが立ち止まることはなかった。
現在でもアルヴ王国王都を主な拠点として、二人の戦いを続けている。
魔人討伐自体はかなり順調だった。資金も貯まり、信乃達側からギルド協会に依頼して魔人達の位置情報を集め、様々な国のアース帝国との国境沿いに赴いては魔人達を一網打尽にしている。
それが出来るのも、シラの高魔法攻撃力とあらゆる属性を使いこなせる力から繰り出される圧倒的な殲滅力のおかげだ。
信乃が肉体強化極振りの強化魔法をかけてやれば、彼女がその代償で自傷することも無い。
しかも対象を短時間完全無敵化する魔法「ディヴァイン・エインヘリアル」を使うことで、彼女は切り札の「完全顕現」を使用することが出来るようになった。
一つの属性に絞られはするものの、彼女はエクスプロージョン級以上の威力階級を一気に解禁し、魔王としての本来の力すらも発揮出来るようになってしまったのだ。
これで魔人はもちろん、資金集めに必要な大型魔物討伐クエストも難なく行えるようになったし、今日のように超大型魔物の討伐すらも完遂出来るようになっている。冒険家二人でここまで出来た者など流石にいないだろう。
しかし、流石に強化込みとは言え「魔法攻撃力:300」とかいう超大型魔物すらも超える彼女のとんでもステータスを、村人たちや他の冒険家だっている公の場にさらすわけにもいかない。だからこそ他者が見る「ラタトスク・アイ」からの数値表示を隠すためにも、大金をはたいて闇市でようやく手に入れた数値隠蔽魔器「アンチ・ラタトスク」をすぐに購入し、彼女に装備させていた。便利なことに信乃の持つ「ラタトスク・アイ」からは対象外に出来るという設定機能まで備わっていたため、彼だけはシラの叩き出す数値を見ながら戦略を練ることが出来る。
こうして、あれからまだ神杖に新たな魔法は増えていないものの、戦闘面でシラが凄まじい働きを見せてくれている。
自分の正体を前向きに受け止め、いつも頑張ってくれている彼女には本当に感謝していた。
だがこれだけ魔人達を狩っていては、流石に帝国も黙ってはいないだろう。近いうちに魔人の大部隊や、あの魔人スルトとすらぶつかる可能性だってある。
あの時も、スルトはほとんど見逃してくれたようなものだ。それこそ次は無いだろうし、やはりそれまでに今以上のレベルアップは必要となる。日々戦いに臨んで戦闘スキルを上げ、戦術を考える為に頭を捻る毎日だ。
だが確実に、信乃一人で戦っていた絶望的な時期からは比べ物にならないくらい大きく前進している。
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その日の夜、信乃達は王都の宿に戻っていた。
「……」
夜も深まり就寝の時間も近づく頃、蝋燭の灯された薄暗い部屋の中で信乃は机の上で黙々と小さな部品を組み立てていた。
使い捨て魔器、「タイムボンバー」だ。
大量の同時使用によって、あのとんでもない強敵に信乃でも一泡吹かせられることが分かった。今後も積極的に使っていきたい戦法ではあるものの、値段が高いためいちいち買っていては金が勿体ない。なのでギンカにこれだけでも作り方を教わり、材料を安く仕入れて信乃が自作でたくさん作ることにした。
(現状に甘えるな、シラばかりにも任せていられない。俺自身ももっと、強くならなければならない。もう二度と、トネリコ村のような、ミズル王国のような悲劇を起こさない為に……)
戦い方がもはや勇者でも何でもなくただの爆弾魔だが、形振りは構っていられない。
「……スイッチを押すことで中の魔力集針と魔晶石がくっつき、予め決められていた物体同士の位置交換魔法『トレード』が発動。これでリモコン内の何も無い空間と、チップ内の魔晶石と魔力集針を隔てていた金属板が位置交換。するとチップ内のその二つが接触して魔法『エクスプロージョン・バースト』が発動する、ね。使い切り想定だからガンドとかと比べればかなり小さくていいものの、一度の魔法のために魔晶石と魔力集針を二つずつも消費するとか。そりゃ値段も高くなるわ……」
そうぶつぶつ呟きながら組み立てていると、先にベッドに潜って図書館から持ち出した本を読んでいたシラが起き上がってくる。
「シノブ、また作っているの?」
「ああ。戦闘でお前だけに全部任せてはいられん。少しでも、俺だって戦わなくてはな」
「……そっか。じゃあ、私も手伝う。どうやって作るの?」
そう言って、ベッドから出た彼女はこちらに密着して覗き込んで来る。
その際に、彼女の年相応にはふくよかな胸部が肩に当たってしまった。
「……ちょ、おい近いぞ。あんまりくっつくな。お前はいいから、休んでおけよ」
一応、信乃だって男だ。務めて冷静を装いつつも、少しは動揺した声を出してしまった。
――そう言えば。
あの二か月前の戦いから、明らかにシラ自身にも変化がある。
「……ふえっ」
出会った当初であればこんな場面でも「だってよく見えないから」と更に顔を近づけていたであろう彼女が、急に顔を赤くして、あろうことか自身の身体を抱いて信乃から離れてしまったのだ。




