九話:帝国の危険視
「……っ!」
帝国が唯一警戒している国が久しぶりにこちらに喧嘩を売ってくるかもしれないと――久しぶりに帝国の防衛戦になるかもしれないと聞き、フェンリルも驚く。
「……ああ。原因は、やはり二ヶ月前の『世界回帰実験』か?」
「ええ、間違いないでしょう。実験は失敗でしたが、結果的に一つの国を侵略してしまったことに変わりはないですわ。連邦の目的はやはり、同盟関係を結んでいたミズル王国を滅ぼした報復でしょうね。……正直、あの二か月前の強行は大きく出過ぎでしたわ。今一度、大陸に帝国の威光を知らしめる必要がある時期でしたけれど……血気盛んな『皆様』ですわよ」
「急な決定だったからな。かの巨人を復活させられるかもしれないと分かって、丁度いい理由も転がっていたからと帝国全体が珍しく盛り上がっていたようだった。特に、あの侵略に参加することになったスルトは『初めて外に出られる』と大はしゃぎしていたぞ……あの馬鹿者め。……私もちょっと出たかった(小声)」
ヴァーリもフェンリルもお互いが思うところで渋い顔をするものの、すぐに開き直った。
「……こほん、話を戻しましょう。ヴァーナ連邦について……しかしこれはわたくしの感ですが、どうにも彼らがそれだけの理由で動くとも思えませんの。だから報復も目的ですがあくまでもその一つ。他に目的があるとするのなら恐らく、外周区北東――『ビフレスト第一区画』にあるのではないかとの予想ですわ」
「第一区画……ああ、そうか。君の感もよく当たるからな」
フェンリルにもそれの心当たりがあるのか、納得したように頷く。
帝国領をぐるりと囲う巨大な外壁がある外周区は「ビフレスト」と呼ばれ、全部で六つの区画に分かれている。それらの区画を、全十二師団で成る帝国聖裁軍の内、七〜十二師団が各々守っているという構造だ。フェンリルの第七師団もまたそこの一つ、第五区画を守っている。
重要となるのはやはり更にその内側の「内周区」や「帝都」となるが、外周区ビフレストもまた帝国領であることに変わりはないし、みすみす他国に嗅ぎ回られることを看過していい領域でもない。
「さて。まずお願いの一つは、外周区の防衛準備ですわね。各外周区画を統制している師団長達に、あなたから警戒と守備を強化するよう要請して貰いたいですの」
「承知した。第一区画も特に警戒を強めよう。問題はどの区画から侵入されるかだ。単純に考えて警戒するべきは、連邦と隣接している私の第五区画だが……連中が別国のルートを辿ってどこから攻めてくるのかも分からないからな。各自区画の守備を固めてもらいつつ、私達自身もどの区画へも駆けつけられる準備を整えておく。連邦の蛮族共を、確実に外周区で抑え込んでみせよう」
「頼もしい言葉ですわ。あの『司祭』の話通りに事を進めるのなら、多分わたくしのいるこの内周区と、もちろん帝都共に今回もまた動けないと思いますの。これから向かう軍議もその話が出るでしょうけれど……大方、『各区画を守るように』くらいしか言われなさそうですわ……」
「まあ……そこまで帝国が本気になっては、攻めてきた彼らを寧ろ跡形もなく消し飛ばしかねない。生体にせよ死体にせよ、なるべく肉体は回収したいのだろうな。この期に及んで『資材』確保とは……」
「あの性根の腐った陰湿クソ司祭……こほん。だから実質上、全体の防衛指揮をビフレスト最高位師団長のあなたに託しましてよ。彼が調子こいて出張ってくる前に、良い感じにこの事態を収めて下さいな。……ああそれともう一つ、頼みたいことがありましたの」
「……今の話とはまた別の仕事か。聞こう」
フェンリルには普段から色々と働いて貰っており、申し訳ないと思いつつもヴァーリは彼女に話していた。
ある意味では、こちらの方が本題だ。
「――『魔人殺し』、あなたの耳にも入ってまして?」
その名を聞いて、フェンリルの表情がさらに引き締まった。
「ああ、微かには。実在は疑われているとのことだったが、最近になって急に開拓兵達が次々と討たれ始めて噂の信憑性が増しているとは聞いている」
「ええ、そうですわ。どうにも本当にいたようで、いよいよ帝国の目に留まる程度には被害を出し始めていますの。聞いている限りでは軍でもない、恐らくは個人規模が、大したものですわよ。近頃軍議でも、少しずつこの問題を取り上げられるようになってきていますわ。ヴィーザルが見つけたと言う、現在も逃走中の『神杖の勇者』ではないかという声も強くなってきていますし、本格的な討伐部隊が編成されるのも時間の問題かもしれませんわね……」
「……ふむ。厄介視され始めたのは分かった。それで、今回のヴァーナ襲撃とはどう言った関係が?」
「簡単な話ですわ。かの存在が、帝国が揺らぐこの機会をみすみす逃すとは思えませんの。必ず何らかの形で関わって来ると予想されますし、この帝国内にまで入ってこられる可能性だって充分ありますわ。そこで、あなたにお願いしたいですの」
ヴァーリは改めて周囲に二人以外の誰もいないことを確認してから、フェンリルに耳打ちしていた。
「…………」




