八話:黒氷の騎士
「……っ! 馬鹿な、みんな……っ!? おのれ、『ハイライジング・ボルトアロー』!」
女性の声と共に、少し離れた建物の屋上での閃光。直後、ヴァーリの背中に向けて雷の矢が飛んでくる。
フェンリルと呼ばれた少女は、笑みを崩すことの無いヴァーリの背後に一瞬で移動。その矢を、大剣の刀身で容易く防いでしまった。
〝ハイライジング・ボルトアロー
魔法攻撃力:100
威力階級ハイエクスプロージョン:×16
属性相性有利:×2
魔法威力:3200〟
〝グレイプニル
魔法攻撃力:380
グレイプニル硬鎧補正:×120
魔法威力:45600〟
「な……!? なに、よ……その……数値……」
最後の一人、敵がまだ隠れ潜んでいたらしい。
今の矢が放たれた屋上には、弓の魔器を構えたまま愕然とした表情をしている中年女性が立っていた。
「……ほう。古き魔器、か。確かに良い火力……しかし、そんな威力で我が氷殻を壊せるとでも思ったか、貧弱な人間よ。だがその魔器自体は貴重だ、是非この帝国で使わせてもらおう。……だから貴様は、帝国に刃向かった己の愚かさを呪いながらここで無惨に凍り死ね」
低い声でフェンリルはそう告げ、彼女に向けて剣を持っていない左手をかざす。
「……っ!」
女性は逃げようとするも、もう遅い。
周囲の温度が一気に下がる。
バキバキバキィッ!! という激しい凍結音と共に彼女諸共、その屋上一帯が一瞬で巨大な黒い氷に覆われる。
――それは容赦なき、決して人如きが逃れることは出来ない絶対束縛。
すぐさまその氷が粉々に砕け、再び現れた屋上には、もう弓の魔器とそれを握っていた手首しか残っていなかった。
□■□
今度こそ、全ての刺客を片付けたようだ。もう襲いかかってくるような気配はない。
「ご苦労様ですわ、フェンリル。やはり、あなたの強さは素晴らしいですわね」
「……やれやれ、またそんなことを。私よりも君の方が強いだろう。帝国聖裁軍・第四師団長――ヴァーリ皇女殿下」
フェンリルはヴァーリからの最大限の称賛を受け取ったにも関わらず、安堵のため息を付きながら生真面目な声でそう答える。
相変わらずのつれない態度に対し、しかし彼女はもう辛抱たまらず抱き着いた。
「いやーんフェンリル―!! 久しぶりですわね! 会いたかったですわよー!! 少し大きくなりまして? でも、その綺麗で可愛いらしいお顔は相変わらずですわ!!」
「ちょ……! 一か月ではそんなに変わらないだろ。ま、まあ……お互い忙しい身でちょっと久しぶりなのは確かだし、私も君には会いたかった。あと君の方こそ相変わらず凄く可愛いし美しい……じゃなくて。危ないぞヴァーリ、まだ『アロンダイト』を抜刀している」
先程までの冷酷な雰囲気とは一転、少し赤い顔で慌てた様子になったフェンリルは、手に持っている黒い氷の大剣を砕く。その中から出てきた刀身の細い剣の魔器を、ヴァーリに当たらないように腰の鞘にしまった。
そんな一連の動作の間にも、彼女はお構いなしだ。
「もうもう、フェンリル~! 可愛いし凛々しいし可愛いですわー!! それに謙遜せずとも、あなたは本当に強いですわよ。あなたの守りはわたくしにすら崩すのは容易ではありませんもの。全く悲観することはありません。あなたは間違いなく、他の血盟四天王の魔人達の実力すらも凌駕する逸材ですし、わたくしにすら匹敵しうる強さを持つ魔人ですわ! そしてもふもふですの~!」
「そんなことは……いや、あと最後のは全然関係な……ふにゅ、み、耳……っ!」
ヴァーリは抱き着きながら、フェンリルのしっぽと取った軍帽の下に生えている可愛らしい狼耳を触る(本人曰く恥ずかしいから隠しているらしい。勿体ない)。一瞬可愛い悲鳴が聞こえたが、すぐに持ち直した。
「……い、いいや、所詮はなまくらの剣だ。君は先程、その美しい歌と踊りで敵を誘い出し、迎撃する構えを取っていたのだろう? 自らの美すらも武器とする素晴らしき女傑だ。しかし君の手を煩わせることになるとは、私もまだまだだよ」
「(あ、それはただ久しぶりにフェンリルと会うのが嬉しくて舞い上がっていただけというのは黙っておきましょう)……大丈夫! 結果としてわたくしが手を下す前にあなたは間に合ってましたわ! わたくしはただ一応の構えを取っていただけであって、全然セーフですの!! あなたはちゃんとわたくしを守りましてよ!」
「……う、ううむ。まあ、他でもない君がそういうのなら、素直にその世辞を受け取ろう……ありがとう。あと、もうこのスキンシップはいいだろう? 本題に入らないか。誰も見ていないだろうけれど、私もそろそろ恥ずかしい。……変なとこ触ってくるし」
ずっと耳やしっぽ等を触っていると、ついにフェンリルは困惑しつつ照れ臭そうに赤面しながらヴァーリを引っぺがしてしまった。
(んもう、やっぱりつれない子。でも実力は否定しておきながら、「わたくしのナイト」って部分は全然否定しませんのね。もうもう、しれっとわたくしを守護対象として独占しちゃって。昔は子犬みたいについてくる可愛らしい妹って感じでしたのに、もう今では本当にわたくしの立派な騎士に育ってしまいましたわね……♡)
内心不満を抱きつつ、それでも久しぶりに確認出来た彼女の成長に舞い上がってしまうヴァーリだったが、咳払いをして何とか本題に入ることにした。
「……そうですわね。さて、わたくしもこれから帝都での皇族軍議に向かわなければならない故、こんなところでのデー……緊急会談となってしまい、あなたにここまでご足労願って申し訳ありませんわ。――帝国聖裁軍・第七師団長フェンリル殿」
フェンリルも先程までの赤面を消し、軍帽を被り直した真剣な顔と凛とした声で答える。
そこにいるのは、もう立派な最強の帝国軍人だった。
「いいや、構わない。……本当なら君の副師団長に就きたかったところだ。しかし我が第七師団そのものが、君達第四師団の補佐を主目的としている。幸い我が師団の副長も優秀、私が不在時の師団も任せるに足る。君の命令とあらば、私単体でもすぐさま君の元へ駆けつけるし、あらゆる任務もこなすとも」
「(きゃーーもう!! 好きーー!!)……そうですわね。だからこそあなたには、わたくしの口から帝都での情報をいち早く伝え、わたくしからのお願いを実行してもらいたいですの。……さて、率直に本題から入ります。『ヴァーナ連邦』でどうにも怪しい動きがありますの。ひょっとしたら、近々攻めて来るかもですわ」
本当に率直に、しれっと。
ヴァーリは、帝国に迫る危機をフェンリルに告げた。




