七話:女の形をした怪物
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アース帝国内周区・西部区画――「フェンサリル」。
「〜♪ 〜♪ 〜♪」
淀んだ空の下、無骨なパイプが幾つも配管されたビルの屋上で、ドレスを纏った少女が歌い、くるくると回り踊る。
それは周囲のくすんだ彩色の景色からは全く浮いてしまっている、十代後半の美麗な少女だった。
それはもしくは、神々が人の理想形を思い描き造った人形だったのか。頭頂からつま先まで、その全てが美しい造形をしている。
本物の金よりも美しく煌めく、下側で緩くウェーブを描く長い金髪。左右で小さく纏めたサイドテール。その頭の上に被さる、青銀のティアラ。水よりも深く澄んだ青い双眸。
「我らがアースに栄光を♪ 我らが神からの御加護を♪ 我らが帝国に繁栄を♪ ……うふふ」
女性らしく出るところはしっかり出ている艶かしい身体に纏っている、胸元と背中が大きく開いた青と黒のフリルドレスの裾をふわりと浮かせながら。ドレスロンググローブに覆われたすらりとした両腕を伸ばしながら。ロングタイツとハイヒールに包まれた細く美しいフォルムの足を軸にしながら。
あちこちから煙を吹き出して立ち並ぶ工場地帯を眼下に、少女は上機嫌そうに歌い、回り踊っていた。
その天使のような姿から、誰が想像出来ようか?
彼女もまた、この世界を滅ぼそうとしている帝国の殺戮鬼――魔人なのだということを。
「――アース帝国第二皇女、『ヴァーリ・ウル・ヴァラスキャルヴ』だな?」
「……あら?」
ヴァーリと呼ばれた少女は足を止めて声のした方を見ると、そこには人間の男性三人が、ガンドの銃口を彼女に向けて立っていた。
「あらあら? ひょっとして帝国に乗り込んできた人間さん、ですの? 外周区ならともかく、ここまで来て下さる来客はとても珍しいですわね。結界に穴が空いて、そこから入って来られまして? 後で塞いで置かないと。ともあれ、ごめんなさい……このような埃っぽい場所では、お茶の一つも出せませんわ」
「……っ、黙れ! 俺達はミズル王国出身の、ブレイブクラスの冒険家達だ! 死ぬような思いをしながら外周区を抜け、ようやく貴様にたどり着けた。茶など要らん、貴様の血で充分だ!」
「チャーリーも、アルガも外周区で死んだ。それでも、俺達だけは生き残った……!」
「貴様ら、よくもミズル王国を……俺達の妻や、家族を、仲間を……っ! 許さない、お前を人質にして、ここの魔人達をより多く殺してから俺達も死んでやる!」
ヴァーリは、内心少しは感心していた。
たまに帝国に攻めて来る命知らずの人間はいるものの、大抵は外周区の魔人達に捕まるか殺されてしまう。そこを突き抜けて内周区まで来たということは、魔人はもちろん、大型魔人とも何体かは遭遇しただろう。それをたったの数人の犠牲で切り抜けてこられた口ぶりだ。人間にしては上等、その冒険家とやらの中でもかなり強い部類なのだろう。
そんな実力者達に、ヴァーリは今一人で囲まれている。
だが、その事実を踏まえた上で彼女はわざとらしい泣き真似をしながら言っていた。
「まあ……わたくしを、誘拐!? そんな……やはりわたくしは哀れで悲劇の、か弱い美少女ヒロインだったということですのね。そして屈強な益荒男達を前に、為す術なくわたくしは純潔を散らしてしまうことになるのかしら……よよよ」
「……っ!? ふざけているのか貴様!! この、女の形をした化け物が! くそっ、五体満足でなくてもいい。取り押さえてから、痛めつけて……!」
冒険家達が彼女に飛び掛る瞬間。
泣き真似から一転、彼女がうっとりとした笑みを向ける先は、彼らの後方だった。
「……ふふっ。でも、どうか忘れないでくださいまし。わたくしのような可憐なお姫様には――素敵で最強なナイトというものが付きものでしてよ♡」
「――我を覆え。我を縛れ。我、世界を氷に閉ざす者。我、終焉をもたらす遠吠えを上げる者。其れは我が狂気をも封じし鎖。時を待つ、我を律する漆黒の氷殻を今ここに――『グレイプニル』」
低い女性の声と共に、冒険家三人が一瞬で吹き飛んだ。
否、吹き飛んだのは彼らの上半身のみだ。
後ろから冒険家達にすら察知することの出来なかった神速の一閃を浴びせられ、宙に放り出された三つの肉塊に付いた彼らの顔は一様に、「何が起きたか分からない」という呆然としたものだった。
血の雨が降ることすらない。その断面は凍り、そのまま帝国の街並みへと落ちていく。彼らは、何に殺されたかすら分かることなく絶命した。
残った下半身が一斉に倒れる先に、肩口まで伸びる青交じりの黒髪の少女が立っていた。
氷のように冷たい青白い双眸が、人だったモノを見下ろしている。身体には、黒と赤を基調とした騎士を思わせる礼服を生真面目に纏っていて、頭には黒い軍帽を被っている。ヴァーリと同世代ながら並みの男性ほどもある身長と慎ましやかな胸も相まって、女性ながら中性的な印象を受ける。更には臀部からは黒い毛で覆われた狼のしっぽがはみ出ている。
そして凪いだ右腕の先には、真っ黒な氷で出来た大剣を握っている。
突如現れ、瞬時に死をもたらしたその人物に向けて、ヴァーリは嬉しそうに無邪気に微笑みながらこう告げていた。
「……ねぇ、そうでしょう? 血盟四天王最強の魔物を宿す騎士、『フェンリル・ヴォイド』?」