五話:毒の悪意
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「……えっ?」
二人の冒険家のとんでもない強さに。何より彼らのコンビネーションの、信頼関係の高さにに見惚れてもはや何も言えずにいたミルラだったが、突然背後で起こった出来事に唖然とした声を上げていた。
背負っていた少年の背中から、突如毒霧の爆発が起こる。それを少年とミルラは直撃し、近くにいた二人の冒険家にすらも浴びせてしまう。
「……え?」
「なにっ……!?」
女性の方の冒険家は呆然と、男性の方の冒険家は焦った声を上げて、その場に膝を付く。彼らも毒に侵されてしまったようだ。
だが、直撃した少年とミルラはもっと酷い。
「え……がっ……ああ……っ!」
ミルラは少年を落とし、彼女自身もその場に倒れてしまう。
痛い痛い痛い苦しい辛い。
毒が、どんどん全身へと回っていく。
朦朧としていく意識の中、魔人ポイズン・ホーネットの心底愉快そうな声が響いていた。
「アハハハハハッ!! バァーカ!! その少年に、事前に罠を仕込んでいたのよ! そいつは、とっくに死ぬ運命にあったの! なのに必死に助けちゃって、挙句の果てにその死に巻き込まれちゃって! ほォんと馬鹿ね、アンタ達! 言っとくけど、アタシの毒は超強力! そこらの毒消しで治せるとは思わないことねェ!」
その言葉を聴きながら、ミルラは同様に毒が回っているであろう少年にゆっくりと手を伸ばす。
このままでは、もう彼は二度と目を覚まさない。
「そん……な……。たすけて、あげたいのに……村に……返して、あげたいのに……っ」
だがそんな少女の願いすらも完全に踏みにじるかのように、更に残酷な現実を聞かせてくる声が降ってきた。
「はぁ? その子の村ー!? バカねェ! そんなもの、その子を連れ去る際に……隅から隅まで全部毒に侵してあげたわよ! アハハハハハハッ!!」
「……え?」
伸ばしていた腕すらも、止まってしまう。
冒険家二人も、ピクリと反応する。
「アンタ達と同じよォ! その村……ハナリ村、だっけ? 今や村人全員毒で倒れ伏して、ただ途方もない苦しみを味わいながら死を待っているでしょうねェ!? 無駄! アンタがクソ雑魚のくせに命を賭してまでやろうとしていたことだなんて、ぜぇんぶ無駄! どころか、目標を倒すアタシの手助けすらしてくれたのよアンタは! ありがとうおバカ様!! お礼に、アタシが苦痛に塗れた死を与えてあげるわヨー!! アハハハハハハッ!」
「……う、そ……」
嘲笑すらも遠くなっていく。涙を流しながら、意識が朦朧としていく。
「ごめん……なさい。助け、られなくて……役に立てなくて、ごめんなさい……」
そうして暗転していく視界の中。
だが最後に彼女が見たものは、毒に侵されて身を伏せながらも、その目に強い闘志と怒りの火を灯していた二人の冒険家の姿だった。
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一頻りポイズン・ホーネットは嘲笑ってから、改めて彼らの状況を確認する。
冒険家の娘は、強力な毒爆発の直撃で完全に意識を失ってしまった。死ぬのも時間の問題だろう。
そして直撃とまで行かずとも、毒爆発を浴びてしまった「魔人殺し」の二人も毒に侵されて、膝を付いてしまっている。あれではまともに動けはしないだろう。
これで、決着だ。毒が回り切るまで、残ったポイズン・ビー達で適当に足止めしておけば良い。
その二人は膝を付きながら顔を伏せ、その表情は全く見えなかった。大方絶望の色に染めているのだろうが。
そのまま、二人が聞こえない音声で何かを呟く。
「……おいシラ。全属性解放した時の、こいつらの殲滅速度は?」
「……ちょっと、速い」
「そうか。……ならば、『魔王』としての力を解放した時は?」
「……一瞬」
「そうか。周囲にそれ以上の魔力反応は無し。……時間はあまり無いようだ。ならば、それでいってしまおう」
「了解。……瞬殺、そして鏖殺だ、あいつら」
「ンー? 何をぶつぶつ言ってるのアンタ達? 聞き届けてはあげないけど、命乞いや祈りの言葉なら、ちゃんとアタシにも聞こえるように――」
そこで、ポイズン・ホーネットの言葉が途切れてしまう。
「黒き死神」の左手。
そこに、いつの間にか華のような美しい造形の杖が握られていた。
「あ……れ? それ……『継世杖リーブ』? じゃあ、アンタってまさか、指名手配中の……」
男は、魔法を唱えていた。
「神杖よ、勇者の名の元に神秘をここに具現し、かの者達の傷を癒せ――『ディヴァイン・ヒール』!」
杖から緑光が溢れ出たかと思うと、瞬く間に彼ら四人のダメージと、――かけたはずの強力な毒が治ってしまう。
「……は?」
二人は立ち上がり、すぐに男は次の魔法を唱えていた。
「神杖よ。勇者の名の元に神秘をここに具現し、かの者を神域へ刹那誘い、不死の加護を与えたまえ――『ディヴァイン・エインヘリアル』!」
今度は、角の女が銀色に光る。
男の魔法に応じるように、次は彼女が詠唱を開始していた。
「我、命を振るう者。我、幾重もの血肉を喰らい、その力を泉に沈めし者。背負うは数多の罪。成すは数多の業」
魔法陣が展開され、空気中から莫大な量の魔力を吸収していく。
やばい。
本能的にそれを察知したポイズン・ホーネットはポイズン・ビー達に命じる。
「ま、魔法を撃て! 早く!」
「「「は、はっ!」」」
取り囲んでいる全員で、各々の魔法を放ち始める。
「神杖よ、勇者の名の元に神秘をここに具現し、我が障害をこの聖域より払え――『ディヴァイン・サンクチュアリ』」
だが、今度はその尽くを男の防御魔法で防がれてしまう。
〝ディヴァイン・サンクチュアリ
魔法攻撃力:160
威力階級ディヴァイン:×128
光属性補正:×1.2
スフィア補正:×1.5
魔法威力:36864〟
「諦めろ。お前達は、俺達を本気にさせてしまった。……そして、俺以上に怒らせてはいけない奴を怒らせてしまった。『黒き死神』、『赤銀の悪魔』とお前達は言うようだが……彼女に至ってはもっとたちが悪いぞ。俺がお前達を送ってやれるのは地獄の入り口までだ。しかし、地獄にも階層というものがある。……果たして、彼女はお前達をどこまで引きずり下ろすのだろうな」
「はァ!? な、何を言ってるのよアンタ!? くそっ、くそっ、なんだこの防御魔法の数値は!? 全然破れな……!」
そうしている間にも、女の詠唱は進んでいた。
「力はやがて武器となり、魔法となる。故にそこは、蔵となる。なれば我、魔泉よりその意味を引きずり出し、今ここに――その価値を示そう」
雷鳴。
そう錯覚するほどの激しい閃光と音が弾ける。
「い……っ!?」
一瞬眩んだ視界が戻ると、女の手にはそれが――激しい電流を纏った、黄金の杖が顕現していた。
「完全顕現――『エレシュキガルワンド』。……爆ぜ散れ、『カタストロフ・ボルトストーム』」




