三話:影で戦う者達
「……ッ! 『ライジング・ボルトスラッシュ』!!」
そちらを向いている暇はない。その声に従い、ミルラは後方の毒液一つを先程と同じように迎撃。
「設定、一つ目は雷属性。限定顕現――ナルカミブレード。『ライジング・ボルトスクエアスラッシュ』」
一瞬遅れて、後方でミルラのものよりも遥かに強い雷撃が走ったのを感じた。
「「なっ……!?」」
「ひっ……?」
前にいたポイズン・ビー二体が愕然としている。
ミルラが防がなかった方の毒液が、彼女に当たらない角度で後方から放たれた斬撃によって切り裂かれている。
ようやく、ミルラも振り返る。
前方のポイズン・ホーネットの強力な毒液が、ポイズン・ビーの左右からの毒液二つが、電気を帯びながら真っ二つに切り裂かれている。
左右のポイズン・ビーの顔面が切り裂かれ、絶命している。
咄嗟に横へ回避行動を取っていたポイズン・ホーネット本体の右翅が少し切り裂かれている。
突如放たれたそれは、雷を帯びた鮮やかな四連斬撃。
〝毒噴射
魔法攻撃力:95
威力階級エクスプロージョン:×8
魔法威力:760〟
〝超絶・毒噴射
魔法攻撃力:145
威力階級ハイエクスプロージョン:×16
魔法威力:2320〟
〝ライジング・ボルトスクエアスラッシュ
魔法攻撃力:300
威力階級エクスプロージョン:8
属性相性有利:×2
魔法威力:4800〟
――その出処には、角の生えた赤混じりの銀髪の少女が背を向けて立っていた。
ミルラは、一瞬見惚れてしまっていた。
後ろから見える、赤い宝石のような瞳も、整った顔立ちも、風になびく銀髪も、何もかもが美し過ぎる。
その手に持っているブレード・ガンドのような形状の赤い魔器が、魔法の余韻で帯電していた。
その少女が出した魔法威力のウインドは出たが、数値の表示はされずミルラには見ることが出来なかった。
心当たりはある。「ラタトスク・アイ」の表記を隠してしまうアイテム型魔器「アンチ・ラタトスク」によるものだ。あまり使われな上にそもそも希少品でなかなか手に入らないが、何か見せたくない事情でもあるのだろうか。
――ただ、ポイズン・ホーネットの魔法すらも上回る滅茶苦茶な威力を出したということだけは理解出来た。
「あの魔法全てを、撃ち破った……? 魔人……亜人……? あな、たは……?」
冒険家のような格好をしていることから、辛うじて帝国側では無いのだとしか分からない。
ミルラは呆然と問いかけると、その少女は無表情の美貌をこちらに向けて、答えていた。
「あなたを助太刀するために蘇った、魔王だぞー。……なんちゃって?」
「……へ?」
口調も何故か棒読みで、冗談なのか本気で言っているのか全然分からなくて更に困惑していると、また別の、男の声が聞こえてきた。
「馬鹿かお前は。冗談に聞えさせたいのなら、もっと笑顔で言うもんだろうが。『ギガント・バースト』」
「「ブーン!?」」
こちらに気を取られていたポイズン・ビー二体の背後から爆発が起こる。それを喰らい、左側のポイズン・ビーが爆散。
〝ギガント・バースト
魔法攻撃力:160
威力階級ギガント:×4
無属性補正:×0.8
魔法威力:512〟
こちらの数値は見えた。凄まじい魔法攻撃力によって、威力階級ギガントとは思えない破壊力を生み出している。
それだけでは終わらない。着弾箇所からピンク色の煙――タイムスリーパーの魔法「スリープ」が発動。残った右側のポイズン・ビーがそれを浴び眠ってしまう。
次の瞬間には、そちらも爆散していた。
「え……!?」
また魔人二体が手際良くあっさりと葬られ、ミルラは再び驚く。
煙の晴れた向こう側に、黒い男が立っていた。
「……何隙を見せてんだよ。てめえらは頭も使わず動かなければ、そこらの魔物と変わらないだろうが」
顔はマスクとフードに覆われていて分からない。コートとマントをはためかせ、ガンドを構えるその姿は、まるで暗殺者か死神のようだった。
「……あ、あなた達は……なんなのです……?」
「ん? さっきそこの女が言ってたろ?」
「……女、だなんて。私は、シノブの……女? ふわっ……(ぽっ)」
顔だけ少し赤らめて何やら小声で呟く少女を無視し、男はぶっきらぼうな口調で言った。
「助太刀だ、よく持ちこたえてくれやがった。姿は出したくなかったんだが、まあ状況が状況だからな」
周囲の草むらが蠢き、更にこちらを囲むように十体もの魔人ポイズン・ビーが姿を現す。
「おい娘。口約束だけってのは随分と不安だが、クソ真面目でお人好しそうなお前を見込んでの取引だ。お前とそこのガキの命を助けてやる。その代わり、今から言う約束を破ればお前の命がないと思え」
「へ……!?」
随分と物騒な話題を持ちかけられた後に、彼はこう言った。
「ここで見たこと、俺達のことは全て忘れ、誰にも口外するな。もちろんそこで気絶しているガキにもだ。……いいな?」
「……」
彼らにも、何か事情があるのだろうか。
どうやら冒険家のようだが、ここまでの実力を持つ者達をミルラは初めて見た。ひょっとしたら、冒険家の中でも最強の実力者達かもしれない。
帰ったら是非ともこの出会いを周囲に自慢したいものであったが、契約を受けないにせよ破るにせよ、彼女の命がない。
何より、少年まで助けてくれると約束してくれた。その取引を呑まない以外に選択肢は無かった。
「……分かったのです。でも、一つだけお願いしたいのです」
「なんだ?」
「ミルラも、戦うのです……!」
そう告げ、ミルラも少年を背負いながら二丁のブレード・ガンドを構える。彼らからすればささやかではあるだろうが、ポイズン・ビー一体の毒液を防ぐ盾くらいにはなれるだろう。
「期待はしていない。……が、いいだろう。精々死なない程度に頑張れ」
「ミルラ……いい子。大丈夫、あなた達にも傷一つ負わせないから」
二人も承諾してくれて、それぞれ戦闘の体勢に入る。
相手はまだ何体潜んでいるかも分からない魔人軍団に、大型魔人一体。
対するこちらはたったの冒険家三人。本来であれば、ただただ絶望的な状況でしかないのだろう。
しかし、ミルラは微塵もそんなものを感じることはなかった。
二章より、シラの魔法威力は信乃と読者の皆様にだけ見えるという仕様になります