二話:大型魔人
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アルヴ王国の西の隣国――スヴァルト王国北部・ネール山中。
「くっ……」
橙色のポニーテールを振りながら、齢にして十三になる少女である冒険家ミルラ・メルは、まだ幼い少年の手を引いて森の中を逃げていた。
「頑張って走るですよ、少年! 捕まったら殺されるです……!」
「ええーん! うえええん!! 怖いよ、お姉ちゃんー!!」
その後を追ってきていたのは、巨大な蜂の頭に、身体は白い軍服を着た人間だがその左腕の肘から先は鋭い針になっている、二体の怪人だ。
「ブーン! その少年を、おやつを返せ! ブーン!」
「ブーン! というかお前も連行だ! 従わないのなら、殺す! ブーン!」
「ええーい! ブンブンうっさいですよ! どっちにしろ殺すんでしょー!?」
ミルラは走りながら、やけくそ気味に叫ぶ。
魔人「ポイズン・ビー」。
蜂の魔物より、帝国が造り出した怪物達だ。
ミルラはパーティメンバーと共に大型魔物討伐にやってきていたのだが、たまたま魔人達にこの少年が連行されているところを見かけてしまった。どこかの村から誘拐されてしまったのだろう。
正義感に駆られ、何とか隙を見て少年を救出出来たのは良かったものの、他のパーティメンバーともはぐれてしまいこうして二人で追われている。
「『毒噴射』!」
その内の一体が、針先から紫色の液体を飛ばしてくる。
推定威力階級はエクスプロージョン級。上位の小型魔物の火力だ。
「くっ……『ライジング・ボルトスラッシュ』!」
〝毒噴射
魔法攻撃力:95
威力階級エクスプロージョン:×8
魔法威力:760〟
〝ライジング・ボルトスラッシュ
魔法攻撃力:40
威力階級エクスプロージョン:×8
二丁持ち補正:×1.2
属性相性有利:×2
魔法威力:768〟
ミルラは二丁のブレード・ガンドを構え、雷の二連撃で防ぐ。「ラタトスク・アイ」の数値を見る限りでは本当にぎりぎりだった。
全く同じ種類の魔器を同時使用する二刀流は、才能と熟練が必要なスキルだ。ミルラも厳しい修行の末にようやく使いこなせるようになった。
同一術者による魔法二つを至近距離で同時使用しても、残念ながら純粋に二倍の威力になってくれるわけではない。
それでも魔法一つだけの時よりも、魔法威力は確実に上がる。
切り裂かれた紫色の液体は近くの草に付着すると、それを瞬く間に枯らせていく。
「水属性の魔法に、毒が付与されているです? 厄介なのです……」
威力は充分。属性相性自体は有利。相殺とは言え、並みの人よりも遥かに強い魔人の魔法を防げた。それでも、ミルラは顔を顰めずにはいられない。
所謂、状態異常付き魔法というものだ。
毒、睡眠、麻痺、凍結等。魔物の魔法には、攻撃判定とは別に相手に状態異常をかけてくる魔法も存在する。
ポイズン・ビーの魔法「毒噴射」が、まさにそれだった。
当たってしまえば毒状態になり、解毒しない限りずっとダメージを受け続けてやがて死に至る。
(毒消しなんて、持ってきてないです。あの魔法だけは、しっかり防がないとです……!)
しかし、ミルラが相手をしているのはポイズン・ビーという「魔物」ではなく、「魔人」だ。
毒魔法が防がれると、今度は各々が持っていたアサルト・ガンドを向けてくる。
こちらは属性相性有利を取れる水属性ではないだろう。少年を守りながら、多少の被弾は覚悟で避けるしかない。
しかし身構えた瞬間、横から更に恐ろしい殺気を感じた。
「『超絶・毒噴射』!」
「!!」
ミルラが持っていた使い捨て魔器「ピンチプロテクト【雷】」が起動し、防御魔法「プロテクション・ボルトシールド」が展開される。
〝超絶・毒噴射
魔法攻撃力:145
威力階級ハイエクスプロージョン:×16
魔法威力:2320〟
〝プロテクション・ボルトシールド
魔法攻撃力:40
威力階級エクスプロージョン:×8
シールド補正:×2
属性相性有利:×2
魔法威力:1280〟
そこに巨大な紫色の奔流がぶつかり、すぐに壊れてしまう。しかし咄嗟にしゃがんでかわすことが出来た。防御魔法が無ければ直撃だっただろう。
「な、にが……!?」
収まってから思わず伏せてしまっていた顔を上げると、直線上にある草木が全て毒で枯れていた。
さっきの魔人達が放っていた魔法よりも、威力が違いすぎる。防御魔法ですらも壊れてしまっては、ミルラの雷攻撃魔法では太刀打ちも出来ない。
「なァにアンタ達ィ〜! こんな小娘一人相手に、魔人として戦うワケ〜!?」
甲高い、少女の声が森に響く。
「「はっ、申し訳ありません! 魔人『ポイズン・ホーネット』様!!」」
魔人ポイズン・ビー達が傅く先に、先程の毒液の激流が放たれた先に、新手の魔人が中空に飛んでいた。
人間としての見た目上なら、ミルラと同程度の年の少女だろう。
髪は蜂の危険色を表すかのような、黒と黄が交互に連なる縞模様の、肩口をくすぐる程度の長さ。
額に角のように生える、蜂の針。
背中に生える、蜂の翅。
帝国の白い軍服を着ているが、スカートから下にある足は黄色い体毛に毛深く覆われていて、更に脛から下は蜂の針になっている。
そして人間のものである両腕には、怪物に理性のあることを証明する大型魔器、ローリング・ガンドを抱えている。
「ま……さか、ポイズン・ビー達の女王蜂……大型魔物の魔人……!?」
先程の魔法から推察される答えを、戦慄と共にミルラが呟く。
大型魔物が合成された魔人は、当然通常の魔人よりも遥かに強い。大きさは人間がベースなのでそんなに変わらないが、「大型魔人」などという略称で呼ばれている。
ポイズン・ビー達を従え、先程のような超強力な毒魔法を使う大型魔物「ポイズン・ホーネット」ですら、冒険家達が手を焼く存在だ。
それが魔人となり、人並みの知恵と魔器の魔法属性まで手に入れてしまった。
ここまで来ると、もうどう足掻いても人間が一人で勝てる領域ではない。
「もー、どうせ殺すなら、ちゃんと苦しませて殺してあげないと。アタシ達の毒はその為にあるんでしょー? じゃあ、ちゃんとその為に使わなきゃ〜!」
「「はっ!!」」
魔人ポイズン・ビー二体が彼女達の後方に立ち塞がり、魔人ポイズン・ホーネットが彼女達の前方に対空。
更に、左右の茂みから一体ずつ新たな魔人ポイズン・ビーが現れる。完全に囲まれた。
「……」
少年は、今の恐ろしい魔法を目の当たりにし、気絶してミルラの腕にもたれかかってしまった。
もう防御魔法も張れない。勝つどころか二人で逃げ切れる選択肢もない。ミルラは、地面に優しく降ろしたその少年に笑いかけるしかなかった。
「……少年。私はずっと、『勇者』になりたかったです」
最後の悪あがきで、彼女は大声で叫んだ。
「誰か! 誰かいないですか!? この子供だけでも助けて欲しいです! 私がちゃんと囮になるから、どうかこの子を担いで逃げて欲しいのです!! お願いします、誰か……!!」
それは、森を虚しく木霊するだけだった。
ポイズン・ホーネットが代わりに嘲笑する。
「ンン〜? 命乞い? バカねェ、こんな山奥に、誰もいるわけないじゃない! いたとしても、この状況を見て出てこられる人間なんているワケがないわよ〜ホホホホ〜!」
「……」
まさにその通りだと、ミルラは項垂れる。
(ああ……この少年だけでも、生かしてあげたかったです……)
助けなど、来るはずもない。
そもそも大型魔人と魔人四体がいるこの状況なら、ミルラのパーティメンバーですら逃げる。
どうやら二人の命運は、ここまでだったようだ。
「じゃあ、もがき苦しみながら死になさい〜! オーバーキルの一斉攻撃! やるわヨ、アンタ達! 『超絶・毒噴射』!」
「「「はっ! 『毒噴射』!!」」」
周囲から同時に、避けきれない毒液が飛んできて――
「――後ろの毒液どっちか一つだけ、あなたに任せてもいい?」
「……え?」
俯いた視界の端で、美しい銀髪がなびく。
突然、ミルラの耳に少女の声が聞こえた。




