一話:クエストの異変
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ミズル王国の滅亡より、約二ヶ月後。
アルヴ王国王都――冒険家ギルド協会・アルヴ王国支部。
一階から天井までは吹き抜けとなっていて、二階の窓から差し込む光が今日も眩しい。
冒険家達はせわしなく動き、ある者はクエスト掲示板とにらめっこをし、ある者はカウンターでクエスト報酬を受け取って浮かれた顔を、ある者は施設端のテーブル席で仲間とクエストの作戦について熱く討論を交わしている。
その中の冒険家二人――ドスとケベも、首を傾げながらクエスト掲示板を見ていた。
だが彼らは受けるクエストを悩んでいるというよりは、掲示板そのものの違和感に疑問を抱いていた。
「……なんか最近、クエスト少なくないか?」
ドスの気持ちを代弁するかのように、ケベが呟く。
「ああ。大型魔物討伐クエスト辺りがあんまり、だな。元から人気ではあったが、ここまで少ないのも珍しいぞ」
相変わらず「神杖の勇者捜索」のクエストは出ている。全然見つからないためか、以前よりかは冒険家達の間でもこれを受ける活気は落ちているが。よいことだ。
しかし、そんな彼らの鬱憤を晴らしてくれるはずの大型魔物討伐クエストがあまり無い。
以前は常に掲示板に五、六枚くらいは貼られていた大型魔物討伐クエスト依頼書が、最近では一枚、良くて二枚貼られている程度だ。
更にはずっと一枚くらいは掲示板に居座っているはずの、最高難易度と言われる「超大型魔物討伐クエスト」すら、時折知らない間に依頼達成されている形跡がある。
超大型魔物など、複数のパーティが合わさり、かつトップクラスの実力かつ属性相性有利を持つ冒険家達が五、六人はいて、そして戦略を練り尽くすことでようやく討伐出来るレベルの強さだ。そんなものが討伐されれば、彼らがギルド協会で大はしゃぎするからすぐに分かるはずなのだが。
どうにも、秘密裏に大型魔物や超大型魔物を討伐している冒険家達がいるようだ。
「くっ……やってくれるじゃないか、正体不明の冒険家よ。俺達の狩場を荒らそうとは、いい度胸だ」
「いや俺達が受けてるの大型魔物討伐じゃなくて普通の魔物討伐だし。全然これっぽっちも影響受けてないし」
「俺達も大型魔物討伐受けようぜドスー!!」
「俺は知らん、一人で行ってこい。骨も拾ってやらん」
「薄情者ー!!」
「はいはいーくだらない会話してるところ申し訳ないですが、少しどいて下さいー」
ドスとケベが駄弁っていると、後ろから受付嬢が割って入り、掲示板に新たなクエスト依頼書を貼って去っていった。
ケベがその受付嬢の後ろ姿を、鼻の下を伸ばして見る。
「今の子、見慣れないけど新しい子かなぁ。可愛かったなぁ」
「おいやめろケベ。女性にはジェントルメンであれがモットーの俺達、『ドスケベコンビ』という誇り高き名を汚すな。……ってあれ、前もこの会話したぞ繰り返すな。そして分かってる、きっとここで追加されているクエストは魔人……あれ?」
ドスは首を傾げる。
追加されたクエストは、また普通の魔物討伐クエストばかりだった。
「……そう言えば最近、魔人討伐クエストも無いよな」
「おお、確かに! もう一枚も貼られていないから、存在自体を忘れていたぞ!」
ケベが今更ながらに驚いている。
魔人討伐クエスト。
アース帝国の兵士、半人半魔の「魔人」を討伐するという、彼らを人とするのならば殺し屋稼業に近いクエストだ。
しかしミズル王国滅亡の件を筆頭に、実際に帝国が非人道的な侵略や虐殺を行い、人々に恨まれていることもまた事実だ。だから帝国の言いなりになって何も出来ないでいる国々の代わりに、民間でこうして討伐の動きが起こっている。
具体的には、帝国の国境付近で、単独で偵察や侵略を行っている魔人達を討って欲しいというクエストが主だ。その難易度とそれに見合わない報酬から、残念ながら受ける人間は少なかったのだが。
しかし、このクエストは完全に帝国に喧嘩を売っているとしか思えない。そもそも誰が経営している組織なのかもよく分かっていないが、よくこのギルド協会は帝国に怒られないな、というのが冒険家達の間でも謎になっていた。
だが、最近はそれらの討伐クエストを大型・超大型魔物討伐クエスト以上に見かけなくなってしまった。
「アルヴ王国どころか、他の国でも激減しているらしいぞ。……とうとうギルド協会も、帝国の圧力を受けて魔人討伐クエストを受け付けなくなっちまったのかな。アルヴ王国自体も前のミズル王国侵略以降びびって何もしてないし、ますます魔人達が蔓延ってしまうじゃないか。それに前ドスが言っていた、『魔人殺し』の噂もめっきり聞かなくなっちまったらしいじゃんか。もしも本当にそんな人物がいたのに、そいつすらも魔人討伐をしてくれなくなったら、もう誰も魔人を倒してくれなくなるぞ。どうなっちまうんだ、この世界は……」
「ああ、そうだ。普通は悲観するべき現実だよな、……だがな、最近は聞かないんだよ。その肝心の、魔人達からの被害ってやつもさ」
「……へ? ……あれ、そういえばそうだ。時折王都にくる、辺境の村人達も最近はあんまりそんなこと言ってないな。何でだ?」
そう言われて、ケベも目を丸くする。
クエストも無いし、その対象である魔人もいない。
不可解なことが起こりすぎている。確実に、ドス達の知らないこの世界の裏側で何かが起こっているのだ。
「ひょっとしてこれらの変化って……これが関係しているのかなぁ?」
そう言って、ドスはクエスト掲示板の隅に貼られた、一枚のクエスト依頼書を指差す。それを、ケベが目を細めて読む。
「『魔人の目撃情報を集めています。見つけた方はギルド協会まで連絡を。後日、情報が確かならば報酬五千ゴールドを支払います。受注手続きは不要です』。……ああ、少し前からずっと出てるやつだ。何回か俺達も報告してるよな。倒さず、見つけるだけで報酬貰えるからありがたいけどよ……見つけて、それからどうするんだ?」
「……誰かが、こっそり全部倒す?」
そうドスが言うと、二人で顔を見合わせた後に笑い出す。
「ハハハ、いやいやいや! 何言ってんだよドス! 目撃した魔人を秘密裏に全部倒して回っている? だから魔人討伐クエストがそもそもないってこと? ないない、そんなこと出来る奴、いるわけがない! やるにしてもかなりの人数が動く必要があるだろうし、そんなことしたらばれるだろ!」
「ハハハ、いやすまん! 我ながらおかしなことを言ってしまった! きっと帝国も事情があって今侵略を止めているだけ! そうに決まってる!」
「そうだぜ! 今も尚帝国の魔人達が侵略してるのに、それを全部止めてるなんて有り得ない! どれくらい有り得ないって――」
「どれくらい有り得ないって?」
「――勇者と魔王が手を組むくらい有り得ない!」
「……ぷっ、ハハハ! ケベ、お前もたまには面白いことを言えるじゃないか! 英雄と悪が手を組む? どうしたらそんな事態になるんだよ!? そうだな、もうそれくらい有り得ないよな!」
有り得ない、有り得ないと言いながら、二人はしばらく掲示板の前で笑い続けていたのだった。
「ハハハハハハハハハッ」




