プロローグ:それはいつかの、怪物の記憶
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――これは、とある昔話だ。
いつかどこかに、その怪物がいた。
果たして、なぜそれが生まれてきたのか。
何の為に生まれてきたのか。
誰にも、それが分からなかった。
その力は絶大で。だがその力を使いこなせることはなくて。
だからこそ周囲に与えてしまう被害も甚大で。
「失敗作」
そんな烙印を押され、それは地下深くへと幽閉される。
処分される日を、血に濡れたひんやりとした無機質な床で死んだように寝そべりながら待つ。
――暗い。冷たい。寒い。……寂しい。
食らった、食らった、喰らった。
これは、誰の血だろう。
怪物が奪ってしまった命?
それとも、自分の命?
もう、何も分からない。
誰が、願ったのだろう。
何故、ここにいるのだろう。
何を、したいのだろう。
そんな疑問を呆然と抱き、怪物は何となく起き上がり、手錠のはめられた両腕で鉄格子をゆっくりと掴む。
ここからは出られない。どうせ、怪物自身も長くは無い。
もう、この先など――
「……あ、いたいた。あなただったのね」
ずっと聞いてこなかった他者の声がその奥から突如響き、怪物は驚く。
何もなかったはずの暗闇から、一人の女性が現れたのだ。
その女性は全く怯える様子を見せずに鉄格子の手前まで来て屈みこみ、怪物に笑顔を向けている。
「初めまして。いやぁ……あはは。ここじゃあ珍しいのかもしれないけれど、私はただの人間よ。……あなたが、怪物さん? 驚いてしまったわ。話を聞いていた時は一体どんなに大きな身体をした困ったさんなのかと思っていたけれど――なんてことはない、ただの小さな、可愛らしい女の子じゃない。本当に、とても綺麗な子だわ。きらきらしている……っていうのかしら」
収容された部屋のあちこちに飛び散った血痕を見て尚も、女性はそう言って怪物に微笑みかける。
そのまま食い千切られる危険も顧みずに彼女は鉄格子の隙間から手を伸ばし、怪物の頭を撫でる。
「私の名前はクロリア。今日から、あなたの実験とお世話を担当することになった者よ。よろしくね……えっと、あなたの名前は分からなかったわ。だから、何か愛称を……ううん。その綺麗な銀髪にちなんで、『シロ』じゃ――ちょっと安直過ぎるかしらね。だってあなたは、ただ白いだけじゃない。多くの色を孕んでいて、とても綺麗だもの。白だなんて一色で表してしまっては、余りにも勿体ないわ」
しばらく思案したのち、女性はにっこりと微笑んで怪物にこう言うのだった。
「白くて、きらきら。混ざりもので、何の色でもないからこそ何にでもなれるあなた。……うん。だから、あなたは――『シラ』よ。これからよろしくね、シラ」




