五十七話:変えられなかった滅び
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レーヴァテインはバランスを崩し、炎を霧散させながら消えていく。
「……くっ」
シラはあんなに大きな魔法を撃った直後にも関わらず、ダーインスレイヴを再び構え直す。だが、さっきの魔法でかなり魔力を消耗したように見える。
スルトに向けて放たれた連続の爆発。その土煙が晴れ――
「……あー、痛ってぇ。美人が台無しだよ」
頭から血を流してはいるものの、未だに立っているスルトが出てきた。
「……誰が美人だ。あれ喰らっても倒れないメスゴリラめ……」
信乃も、見ていた。
信乃と「タイムボンバー」の魔法が炸裂する直前に、彼女の真上にあったレーヴァテインの炎の一部が、彼女を守るように包み込んでいた。
流石に完全に防ぎ切るのは難しかったようだが、今の彼女の状態は戦闘不能と言うにはまだ程遠い。
魔力もまだあるようで、再起動したリンドヴルムが彼女の元へ戻ってくる。
(くそ……あんな魔法を二回も撃っているってのに。からくりは知らんが、こいつの魔力は無尽蔵なのか……?)
瞬時に、信乃は戦闘継続する為の策を練る。
戦況は以前極めて不利。シラの消耗した魔力は、遠くにいたから(馬が勝手に逃げてくれたから)奇跡的にまだ無事な馬車にまだ積まれている「マジックポーション」で回復出来る。
しかし、それを取りに行くまでには確実に隙が生まれる。
(シラ一人に取りに行かせて、それまで何とか俺一人で凌ぐか? しかし、またあの炎剣を放ってきたらそれこそ終わりに……)
そんな思考を巡らせていた時だった。
「ん〜暴れた暴れた! んじゃ、帰るわ」
腕を上げ、間の抜けた声で可愛らしく背伸びをした後に、スルトは信乃達に背を向けてしまった。
「は?」
「え?」
信乃とシラも、間抜けな声で返してしまう。
そのまま、スルトはリンドヴルムに跨ってしまう。
「アンタらの力、見させてもらったよ。わりと肝を冷やしたぞ。とりあえずお互い死ななかったし、この辺で手打ちと行こうや。……ああ、安心しな。アタシはアンタらのことを帝国に言うつもりもない。そういうねちねちしたのは嫌いなんでね」
「お、おい! 待て! 何故、急に……?」
正直信乃達からすればありがたいと言わざる負えない提案ではあるが、それでも呼び止めずにはいられなかった。
「ん? ああ、『まだ殺すには惜しい』みたいなのが一つな。もう一つは……まあ、アタシ達第八師団の目的がこれで達成されたってところだ。悪いが時間切れだ……見ろよ、あれ」
スルトが真顔で指差す方を見て、信乃達は凍りつく。
――巨人が、立ち上がっていた。
信乃達からはだいぶ離れた場所に立っているように見えるのに、それでも見上げる必要がある程に大きい。それが動く度に、こちらにもその振動が伝わってくる。
身体は土で出来ていて、手足は人の比率よりも大きく長い。顔にあたる部分は半分くらい太い首に埋まっていて、その中心に大きな穴が貫通している。
言葉にすら表せない、何処から出しているかすらも分からない不協和音の咆哮が空を揺らす。
「……来るぞ」
スルトの言葉の直後、顔の穴から巨大な光線をあちこちへ連射し始めた。
「……は?」
着弾した地点を、次々と一瞬で焦土へと変えていく。
スルトの誇張表現でも何でもない。それは、国を瞬く間に滅ぼしていく。
光線の一つが、信乃達の後方にあった山に直撃し、跡形もなく消し飛ばす。
だが、着弾するまで全く反応出来なかった。
信乃が感じてしまったのは、ヴィーザルとの、スルトとの邂逅以上の恐怖だった。
身体が、頭が、全く動かない。
「……っ、シノブ! 『アルゴル・ダークネスカイザースラッシュ』!!」
シラがまた先程と同じ巨大な魔剣を具現させ、一瞬遅れて信乃達めがけて飛んできた光線に当たる。
しかし、すぐに魔剣の方が負けてしまった。
唐突の浮遊感。シラと共に物凄い速度で空を飛び、さっきまでいた大地が光線に飲み込まれる。
視線を上に向けると、飛翔するリンドヴルムの足に首根っこを掴まれていた。
「スルト!? お前、何故……?」
「はっ、言ったろ? 『殺すにはまだ惜しい』とな。どちらにせよ、これじゃアタシは帝国に報告なんて出来ねえわな」
あの巨人から更に離れた位置に、信乃達は降ろされる。馬車の馬も利口にも爆速で彼らの所に向かってきていた。
だが視界を覆う巨人の見た目上の大きさはほとんど変わっていないし、未だに破壊が止まることもない。
「なん……だよ。あれ……。あんなのが、この世にいていいのかよ……」
「ロストエッダの際、このガルドル大陸を壊すために降り立った巨人達――『ユミル・リプロス』。あれは、その一体だ。とうとう、復活まで漕ぎ着けたんだ。帝国は今頃、あれを出汁にミズル王国へ降伏勧告を出しているだろう。あんなの、アルヴ王国との連合軍でも倒せねぇだろうな」
スルトはそう言った後、リンドヴルムを再び浮上させる。
「そういう訳だ。あんまり見てて気分いいものでもねぇし、アタシもあれに巻き込まれる前に、さっさと時間稼ぎしてた第八師団回収して撤退する。……なんか、ずっと誰かに盗み見られている気配もするしな。どこの誰だか知らんが、うぜえ……」
彼女は忌々し気な顔で、何か聞こえない声で言葉を付け加えたが、それも一瞬。また信乃達に神妙な顔を向ける。
「……有麻信乃。アンタも分かったとは思うが、あれを止めようなんて無意味な欲を出すなよ。無謀と勇敢は全く違う。その娘を守りたいのなら、今は精々逃げろよな」
結局倒すことが出来なかった強敵は、そんな言葉を残して去っていく。その間際、彼女は笑顔でこちらに手を振っていた。
「――じゃあな! 新米勇者に、新米魔王!! 超楽しかったぜ! また会って殺り合おうや!!」
シラが、深刻な顔で信乃の顔を覗き込んでいる。
「しの……ぶ……」
気が付けば、もう彼女の手には魔剣がない。さっきの魔法で魔力を使い果たし、それに伴って消えてしまったのだろう。
それを呼び出す鍵となったであろう魔法「ディヴァイン・エインヘリアル」も、何故か今使える状態ではない。
また光線が飛んで来たら、もうそれで終わりだ。
あのスルトすらしっぽを巻いて逃げる巨人が、破滅そのものが暴れ回り続ける。
「ソーン・フォール」が解除されたはずの空が更に赤黒い。
「……ふざけんなよ、くそ。今度こそ、救えると思ったのに……!」
時間稼ぎすら許されない。立ち向かえば、ただでさえ万全ではない信乃もシラも間違いなく一瞬で死ぬ。どうしようもなくそれを痛感させられる。
――今回も、負けてしまったようだ。
拳を握り、歯を食いしばり、信乃は彼女に言うしかなかった。
「アルヴ王国へ撤退だ! この国は……間もなく滅びる!! なるべく道中の村に寄り、生存者を保護して回るぞ!!」
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ミズル王国は降伏勧告を受諾。
巨人はすぐに止められたものの、国土は帝国に占領され、王は処刑され、国の組織は全て解体され、国内で生き残った者は貴族や領主問わず全員捕虜となった。
この侵略で出たミズル王国の国民や兵士、冒険家の死亡者・捕獲者・行方不明者は合わせて実に総人口の八割にも及んだ。
他の国々は、この事実を帝国への更なる畏怖を以て受け止める。
ミズル王国は、為す術もなく帝国に滅ぼされた。