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五十四話:救世の魔帝

 □■□



 一方その頃、アルヴ王国へ逃げる馬車の内の一つ。


「ぬお……!」


 運ばれる荷台の中で、キンジが驚愕の声を発し、それにギンカが驚く。


「うおっ、なんだオヤジ。うんこか? 揺れで漏らしたか?」

「違うわ馬鹿者! この子供レベルの筋肉頭が! ……見よ、『ステータスビュアー』じゃよ」


 キンジが抱えている、魔器のステータスを見ることが出来る水晶玉の魔器が光っていた。


「実は、これに信乃様の継世杖リーブのステータスをあれからずっとモニターさせとったんじゃがの」

「そんなこと出来んのその魔器!? 何気に凄くねえか!?」

「……信乃様が、新しい魔法を覚えおった」

「マジ!? えーっとどれどれ……『ディヴァイン・エインヘリアル』?」


 ギンカが、神杖のステータスモニターに新しく追加されていた詠唱を読み、それを見たキンジが何故か気まずそうに頷く。


「あー……これは、ミシェル様も覚えとったの。信乃様も覚えちゃったかー……」

「えーっと、その効果は……『対象一人に、短時間あらゆるダメージを完全無効化させる効果を付与』? ……お、おう? 凄そうだけどよ……どうなんだ、短時間って?」

「……うむ。本当に短時間、十数秒とかそんなレベルじゃ。しかもとんでもなく魔力を喰うし、一度使えば数時間は使えんとかいう制限付きじゃ。正直、ミシェル様もあんまり使っとらんかった」


 微妙な顔をしていたキンジにギンカは詰め寄る。


「おいおいおいなんだそりゃ!? 精々相手の魔法一回くらい無効化してそれで終わりって!? コストに対して割に合わなすぎないか!? あんちゃん達、死地に行ってるんだぜ!? そのタイミングで、こんな魔法で大丈夫なのか……?」

「防ぐのではなく、ダメージそのものの完全無効化など、世界の因果法則をねじ曲げるようなもんじゃから凄い魔法ではあるのじゃがの。ただ相手の魔法を防ぐ為に使うのではオーバースペックなのは否めん。……だがまぁ、大丈夫じゃろ」

「……その根拠は?」


 妙に落ち着いた様子のキンジに、ギンカは問いかけると、彼は彼方の赤い空を――信乃達が今も戦っている方向を見ながら、こう答えていた。


「根拠は無い。しかし、前にも言ったじゃろ? 神器は勇者と共に成長すると。きっと神杖は、今信乃様が本当に必要だと心の底から願った魔法を覚えたと思うのじゃ。あるいは……そうじゃな。確かにこの魔法の効果は一見微妙じゃ。……だが、実はシラたんに限ってこの効果は、とんでもないものだったりするのかもしれんぞい?」



 □■□



 刹那のような永遠のような、シラの思考の中。

 彼女は、真っ赤な泉の中に沈んでいる。


「……え?」


 それは、急に起こった。

 身体を急に銀光が覆い、水中で手を動かすだけで起こる水流の、嫌な感覚が全く無くなったのだ。


「……まさか」


 彼女は、周囲に浮かぶたくさんの武器の方へ――今まではただ遠くから力を借りるだけだったそれらの方へ、直接近づいていく。


 水流が荒ぶり、彼女を押し返そうとする。これだけで死ぬほどの激痛が走るのだが、銀光に阻まれ今は全く痛くない。

 

「……そっか」


 とうとう、彼女はその中の一つの剣に辿り着き、その柄をしっかりと握り締めていた。

 お前にそれは相応しくないと言わんばかりに、彼女をばらばらにせんと激しい渦が彼女を呑み込む。

 だが、それすらも銀光の加護を破ることは叶わず、全く痛みが無かった。


「……凄い。これはあなたの魔法なんだね、シノブ。ありがとう。うん、これなら――持ち出せる」


 シラは剣を握ったまま浮上し、水面を目指した。


『娘よ。貴様、分かっているのか?』


 泉の内より、もう一人の自分の声が響いてくる。


『それは正真正銘、我が領域の魔法だ。魔王の力だ。それを使えば、貴様はもう戻れなくなる。ただ我を内に宿す小娘という肩書きでは済まなくなる。……貴様は、我となるのか?』


 今更な質問に、シラは水面を見据えたまま進む足を止めることなく返す。


「私を魔王だと言った人がいる。それでも、魔王でも、一緒に生きてくれって言ってくれた人がいる。私は、その人を守りたい。魔王の力でもなんでもいい。私は、私自身の意思で、シノブを、人を救う。だからこの力を貸してもらう……ううん。勝手に使わせてもらうよ、私ではないあなた――『血蒐の魔帝』ニーズヘッグ・ブラッドカイゼル!!」


 しばらくの沈黙の後、その声は返していた。


『身の程を弁えぬ娘よ。そして……我に似て傲慢な娘よ。良かろう、我では無い貴様――魔人ニーズヘッグ・ブラッドカイゼル。貴様だけの魔王としての在り方、世界に示してみせよ』


 シラは、目の前の水面に手を伸ばして――

 

 

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