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七話:とりあえずの方針

 □■□



 その晩は、トネリコ村はお祭り騒ぎだった。


『新しい勇者の誕生を祝って、乾杯!』


 広場には四十人以上はいると思われる村人達が集まり、大量に置かれた酒や料理に舌鼓をうっている。

 信乃は「銀麗の巫女」像の前に座らされ、次々と話しかけてくる村人達の対応をさせられていた。


 折角の宴だと言うのに、信乃本人は生きた心地がしない。


「ふむ、間違いありません。貴方こそは召喚されし勇者。そのような格好をしていても、初めて銀麗の巫女を迎え入れたこのトネリコ村の者の目は誤魔化せませぬぞ」

「おお、おお。よくぞ……よくぞまた我々の目の前に現れてくださいました、勇者様……!」

「ママ、このお兄ちゃんがアースの悪い奴らやっつけてくれるの?」

「ええそうよ。なんたって、勇者様は魔王だって倒してくれたんだから」

「……へ、へへへ。その通りー……なのかな(小声)。そう、俺こそが新たにこの世界に遣わされた勇者なのだー……きっと(小声)。俺が来たからにはもう安心だぞー……知らんけど(小声)」


 羨望の眼差しを向けてくる村人に精一杯の受け答えをする信乃ではあったが、その内心の動揺は凄かった。


(おいおいおいどうしましょう。俺まだなんも出来てないし、なんなら武器とか特殊能力の一つも持ってないのに、なんか勇者認識されて期待だけは凄まじいんですけど。これで俺何も出来なかったらどうしよう)


 誰も信乃の召喚を認知してくれず、ただこの世界の現状に振り回されていた昼も辛かったが、これはこれで胃が痛い。

 余程先代の勇者達とやらは偉大な功績をあげてくれたらしい。


 昼にロアからこの世界の現状を聞き、何となくやるべきことは分かった。

 アース帝国。今の敵とは魔物でも魔王でもなく、同じ大陸の国だ。

 この侵略を止め、彼らに隠された謎を解き明かさなくては、この世界は滅んでしまう。


 だが、それはそう出来る力がある前提の話だ。

 正直、今の信乃ではここの村人一人にも敵わないと思う。それなのにいきなり勇者と持て囃され、これだけの期待を向けられても困る。


(『俺は勇者じゃないぞ! 武器もなければ金もない、ただの元引きこもりさっ』とでも言うか? 今俺のためにこれだけの宴会を開いてくれている場で? 袋叩きにされるのはもっと嫌だ……!)


 というわけで信乃も、あたかも自分の力を把握している自信ありげな勇者(笑)を装っていた。


「ほっほっほ。皆さんあまり羽目を外しすぎぬよう。勇者様が困ってしまいますぞ」


 樽の麦酒を呑みながら、顔を真っ赤にした村長が陽気な声を発してくる。いや一番羽目を外しているのはあんただろ、と内心信乃は思った。


「さて! 今ここに新たな勇者が誕生致しました! あの『失われた伝説(ロストエッダ)』から約二十年。勇者という正義を失った我々は、アース帝国の悪逆非道の行いに必死に耐え続けてきました。だがそれも今日まで! この宴はそれを祝うと同時に、新たなる我々の活動指針を勇者様から聞く場でもあるのです! さあ勇者様、どうか我々をお導きください!」


 まずい。


 信乃の頭の中にその三文字が浮かび上がる。

 要約すれば私達も勇者に協力するので、あなたは勇者としてこれから具体的に何をするんですか? と聞いているのだろう。


(そんなの、俺が一番知りてえよ……!? 勇者って、何すればいいの……!?)


 今日一番で困った信乃であったが、しかし何かを言わねばならない。刹那の間、走馬灯のようにゆっくりと流れる時の中で無い頭をフル回転させる。


(でまかせでもいい。なんでもいいから、それっぽいこと言ってこの場を切り抜けろ。何とかこの村の信頼を勝ち取るんだ……!!)


 すると、不思議と記憶が曖昧だったあの召喚される直前の、夢のようなものを思い出していた。


『「ノル、ン……遺跡」。そこ、に……、神器……』


(ノルン遺跡にある……神器?)


 それは、天啓だったのか。

 ええいままよ、とわざとらしく咳払いをした信乃は、村人達に向けて普段出さない音量を発していた。


「えー、む、村の皆様! どうもっす……じゃなくて、初めまして。有麻信乃と言います。このお……私を勇者と見定め、保護してくださいありがとうございます。この恩に答え、必ずや私は貴方達の敵を打ち倒してみせ……ましょう! (多分!!)」


 オオオオオ!! と歓声が上がる。大勢の前でのスピーチなど今にも卒倒しそうだが、詰まりながらも何とか言えている。まず出だしは上々で、ここからである。


「でも、今の私は力を使うことができません。何故なら、今私の手元には『神器』がないからです。そこで皆さんにお願いしたいのは、私をノルン遺跡まで連れて行って欲しいということ。そこに、神器が眠っているはず。これさえ手に入れば、私は本当の力を取り戻せるはずです!」


 上出来、とりあえずそれっぽいことを言えたと信乃は安堵する。


 神器――かつての勇者達が魔王を倒すために使っていたとされる武器だ。しかし、勇者達の没後はその行方が分かっていないそうだ。


 そして信乃は、それを使える適正者――勇者だからこそこうして召喚されたのではないか。だからこそあの謎の声は神器という言葉と、それが眠っている場所を伝えたのではないかと考察する。


(うーんほぼ願望に近い、素晴らしいご都合主義の解釈。本当にあるかも分からない、あっても使えるかも分からないとか。でもまあ、まずはこの場を切り抜けるためということで)


 しかしノルン遺跡なんて知らないと言われれば、そもそもこの発言自体が嘘と思われたらどうしよう……と危惧したが、杞憂に終わった。


「ノルン遺跡……ああ、知っている。知っているぞ!」

「まさか貴方様は、失われてしまったと言われている神器の在り処すらもお分かりなのですか!? そして、それを使いこなせると……」

「おお……やはり本物。本物の勇者様だ!」

「「うおおおおおおおおおおおおおおお!!」」


 皆が騒ぎ始めなければ、信乃の心底の安堵のため息を聞かれていたことであろう。

 場は更に盛り上がり、もはや収集がつかなくなり始めた中、若い女性のよく通る声が聞こえた。


「じゃあ、私達の最初の方針は決まったわね!」


 ロアだ。非情にも信乃を村人達の中へと取り残して遠巻きで見ていた彼女が、村人を掻き分けて信乃の横までやってくる。


「ほら、やっぱりあなたは勇者だったじゃない。私の目に狂いは無かったわよ」

「……試したな。実はちょっと疑ってただろ?」


 一応怒っておく。内心ではそれ正解、と言いながら。


「ごめんって、私も惜しみなく協力するから。さて……ノルン遺跡ね。ここから更に西に――ミズル王国とヨトゥン樹海域の境目付近にある山中の遺跡よ。付近には魔物達がうろついているはず。信乃一人で行かせるには危険過ぎるから、私を含めた戦闘に慣れた若者数人が同行するわ。出発はいつにする、信乃?」


 不敵に笑いながら信乃は返す。


「それは勿論、明日の朝だ」


 さっさと行って、この村人達を騙している罪悪感から早く逃れたい信乃であった。

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