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五十一話:今度こそ、守ってみせろ

 □■□



 途方もない量の魔力が、熱が、聖域に降り注ぐ。


「ぐ……!」


 信乃は、魔力の放出を続けながら唸らずにはいられなかった。

 壁は揺らぎ、軋んでいる。

 この「聖域」を以てしても、かの炎剣を防ぐには不足だったらしい。


 恐らく、そう長くはもたないだろう。


「なん……で……?」


 後ろで、へたり込んだままのシラが呆然とそう問いかけてくる。


「わたしは……生まれた時からの、魔王で、怪物で……。ロストエッダ前だって、『血蒐の魔帝』として……たくさんの人を、殺して……」

「……ッ! それが、どうしたよ……!」


 必死に聖域を支えながら、信乃は彼女に対して言葉を絞り出した。


「それで、お前が俺と共に居てはいけない理由には、死んでいい理由にはならねえだろうが!!」


「……え?」


 何を言っているのか分からない、というようにシラは聞き返してくる。


「お前は、自分が死ねばその人間達が戻って来るとでも、罪滅ぼしになるとでも思ってんのか!? ……なる訳ねえだろ馬鹿! 何にも残らねえだろ!! 甘えてんじゃねえ!!」

「……っ!?」


 言葉に詰まってしまっている彼女に、信乃は畳み掛ける。


「それとも自分そのものに怖気づいたのか!? 自分が嫌いになったのか!? 生まれ? 肩書き? そうだな、お前は魔王だ! 怪物だ! それは覆らない! だがな、『血蒐の魔帝』そのものはお前の意思ではないだろ! 人を大量虐殺したそいつは、お前とは別の奴だ! そんな前世のものみたいな罪まで、誰が問う!? 人か? 勇者か? 神様か? 誰だろうが関係ねえ! そんな奴、俺がぶん殴ってやるよ!」

「……違う……。それもあるけど、それだけじゃ、ないよ……! 私自身も、実際にこの手で人を殺していた! 罪滅ぼしなんて、そんな綺麗な話じゃない! そう……私は、私が怖い、嫌い……! 私の意思ではないとか、関係ない。私がいたせいで罪の無い誰かが大勢死んで、それなのに私だけは、今ものうのうと……」


 シラは俯き、必死に自分を否定してくる。

 信乃は防御の維持に気を遠くしそうになりながらも、それでも言葉を紡ぐ。


「ああそうかよ! なら、俺も同罪だ! 俺もかつて、罪の無いたくさんの人を見殺しにした! 俺がいたせいで、俺が身を寄せていた村は壊滅した! 俺も、最低の人殺しだ! 俺も俺が大嫌いだ! なのに、こうしてのうのうと生きているんだよ! なあ、お前とどう違うんだ、シラ!?」

「……っ。……ち、違う……私は、あなたとは違うもん……」


 シラは、ゆっくりと首を振った。


「だってあなたは、勇者で……きっとこれから、たくさんの人を救う存在で……! でも、私は人を殺してしまう魔王だから……」

「関係ない!! じゃあお前も、その勇者である俺と共に戦えばいい! そうしたら、お前にもたくさんの希望を見せてやる! たくさんの命を救わせてやる!」

 

 彼女は、また驚いた表情で信乃を見上げていた。


「……私、も……?」

「ああ、そうだ! お前の言う通り、俺は世界を救わなければならない! 『あなたならば世界を救える。あなたは私の見つけた最高の勇者だって信じている』。俺の、今でも尊敬している人が言ってくれた言葉だ……! 全くとんでもない無茶を言われたもんだ!」


 何も無かった、空虚に生きてきた信乃もかつて、とある少女から希望を、理由を託された。

 あの時の彼女に、どれだけ近づけているかなど分からない。それでも、今度は信乃が与える番だ。


 ――今度こそ、助けてみせろ。今度こそ、守ってみせろ。


「……でも、お前と一緒ならきっと叶えられる! お前と一緒なら、俺はこの世界全ての人間だって救える! ああ、お前が今までの罪を全て律儀に背負うというのならそれも結構! だがな魔王、覚悟しておけ! ――お前は、お前がこれまで振りまいてきた絶望なんて霞むほどの、救いと希望を人々に与えることになるぞ!!」


「……あ……」


 聖域の維持に魔力を注ぎながらも、信乃は身体ごと振り返り、シラと向き合った。


「いいか! だから俺は、今お前に『死ね』なんて絶対に言ってやらねえ! そんな中途半端な死に方は許さねえ! お前が満ち足りて、救われて、やがて死にゆく時に、それでも自分の生に悔いは無かったと心の底から笑えるようになってから、初めてそう言ってやるよ!!」

 

 詐欺だ、無茶苦茶もいいところだ。言っている信乃本人ですらもそう思う。


 彼女へと近づく。力み過ぎてがくがくと震えている足を屈め、同じく上げるのも億劫な右手を上げ、彼女の頭に優しく乗せる。

 そして、精一杯の笑みを見せてやった。


「だから……一緒に戦おう、シラ。自分に、『血蒐の魔帝』なんてもう死んでる影なんかに負けんな。お互い、『あの時、死ななくて良かった』って言い張れるくらいの、自分に誇れる自分になろう。途方もなく長い道のりで、辛いかもしれない。それでも俺も一緒に、戦うから。頼りないかもしれないけど、それでもお前と共に、戦うから」


「……わた、しは……」


 シラは瞳を潤ませ、やがて俯いて静かに震え出した。


「……厄災を……振りまいた、魔王……で……」

「それがどうした。少なくとも、俺は魔王であるお前に救われた。お前がいなければ、きっと俺も死んでいた。助けられて、励まされて、今もこうしてお前の目の前にいる。……他でもない、お前が俺を救ってくれたんだよ。俺の過ちを聞いても、お前は俺を許してくれた。なら、俺だってお前を許してやる。これで、お互い様だ」

「……っ……人殺……しの、怪物……で……」

「それがどうした。確かにお前は怪物で、お前の罪を消すなんてことは出来ない。でも、それ以上の善を積み上げることなら出来る。自傷も無くせたし、お前はもう人を喰わず、逆に助けてしまう。そうして人々を救い続けた先に、お前は史上初めて『人を救う心優しき魔王』だと語り継がれる。伝説は壊れてしまったんだ。なら、俺達二人で新たな伝説に塗り替えてしまおう。勇者と魔王が手を取り合って世界を救ってしまっただなんて、面白おかしな物語を――お前が許されて、愛されてしまう物語を、二人で作ってしまおう」

「……っ……うぅ……。……私は……私、は……いい、の……? 人と、いて……あなたと、いて……――生きていて……いいの……?」


 その質問に答える代わりに、改めて信乃は言っていた。


「これは命令だ、魔人ニーズヘッグ。お前は、俺に死ねと言われたら死ね」


 ――その時、壁がひび割れていく。聖域が崩壊を始める。


(……なあ、ロア。お前は、俺を怒るだろうか? ごめん……俺は、お前達の仇である魔人を殺戮し尽くす装置には、どうやらなれなかったよ)


 覚悟は、道は、もう決めていた。

 背後で、無数の魔法陣が展開される。

 信乃は彼女を守るため、その小さな身体を抱きしめ、そして言っていた。


「……これはお願いだ、シラ。死なないでくれ。――俺と共に、生きてくれ」

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