四十七話:轟火の魔女
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何も無い平原を、信乃とシラを載せた馬車がひたすら進んでいく。
「くそ……おせえ。もっと、もっと早く走れないのかこの馬は。このペースだと、マーナ高原までまだ一、二時間はかかんぞ。きっとまだ、王国軍が頑張ってるってのに……!」
「シノブ。馬も限界速度出してくれてる。これ以上の無茶は……」
「分かってる! だが、もっと速度が上がらないと間に合わない! もっと、馬の足が速ければ……」
「足、速く……強化?」
「……」
そこまで言って、二人は顔を見合わせる。
そして信乃は神杖を実体化させ、唱えていた。
「『ユグノ・ブースト』!!」
「……ヒヒヒヒーン!!」
信乃の強化魔法と共に、馬が張り切る。
先程とは比べ物にならない速度で、平原を爆走する。
「……この魔法、汎用性高いよなぁ……」
「知ってる、この魔法は凄い。私だってこの力で馬みたいに頑張れるから。ひひん」
信乃は手網をしっかりと握りしめながら、シラは荷台の袋が振り落とされないようにしっかりと押えながら、そんなやり取りをする。今度はこちらが落車しないかの心配が生まれるほどに馬は速い。
このままならばきっと間に合う。そう信乃が考えていた、その時だった。
「――天を燃やせ。地を燃やせ。我、この世の全てを燃やす者。我、世界を灰燼へ帰す者。なれば今ここに、我が結末の帳を落とす――『ソーン・フォール』」
空が、赤く染まった。
「なっ……!?」
「……警戒。シノブ……これは、まずい」
さっきまで威勢よく走っていた馬が急に怯え、止まってしまう。二人はそのまま馬車を降りてその空を見上げる。
空から地へ、燃え広がる。
視界に映るあらゆるものが燃えていく。
世界の終末そのものが、具現する。
「結界、魔法……?」
信乃は、あちこちから強い魔力を感じ取った。
何かの力に、この場が支配されている。
――そして一際凶悪な密度の魔力の塊が、前方からやってきた。
「おい……まじか! まじかまじかまじかよ!! なんだよいるじゃねえか!! とんでもねえもんがよ!! しかも神杖の勇者までおまけ付きだ!! 軍を離れた甲斐があったぜ! ハハハハハハハハッ!!」
高らかな女の声が、燃える世界に響く。
鉄の竜が、飛んでいた。
落窪んだ目の穴から、大きな口から、首から尻尾までの巨体を成す幾つも連なった鉄の板の隙間から耐えず火を吹き出し、それは巨大な鉄の翼で火の粉と熱風を撒き散らしながら飛んでいる。
その上に、炎を纏った女が立っている。
耳がエルフのように尖った、信乃達よりも少し年上に見える妙齢の美女だった。
肩口まで伸びた、真っ赤な髪。それを後ろで雑に縛ったポニーテール。
つり目の中でぎらぎらと光る黄金の瞳。右目下の泣きぼくろ。
身体にぴっちりと張り付くように纏う、赤を基調とした装束。その上から羽織っている黒いマント。
そして、その身体の至る所から上がる炎。
手が、足が、肩が、腰が燃えているにも関わらず、女は一切熱そうな顔はしていないし服も燃えていない。八重歯を覗かせる凶悪な笑みをこちらに向けて浮かべているだけだ。
只者では無い。それだけは一瞬で分かった。
(……やばい。なんだこの、本当に火傷しているかのようにぴりぴりと肌に来る、張り詰めた滅茶苦茶な殺気は。こいつからは、あのヴィーザルにも通じるやばさを感じる……!)
温度が上がったからなのか、それとも冷や汗なのかもよく分からない汗が頬を伝う。
張り付いた喉に無理矢理固唾を通し、信乃はその女に問いかけた。
「何者だ、お前は」
「初めましてだ、会いたかったよ神杖の勇者。アタシは、帝国聖裁軍・第八師団長……いいや、こう言ってやった方が分かり易いだろうかな」
女は答えつつ徐に右手を差し出すと、そこで燃えている炎が更に大きくなる。
「――かつて、血盟四天王と呼ばれた魔物達がいた。魔王直属の、魔王に準ずる力を持った最強の四体の魔物だ。奴らは世界を壊しかけ、そして滅ぼされ――しかして尚も名残は残り、帝国が拾い上げた。……そうだ。アタシの名は、アタシに宿る魔物は、その中の一体。『轟火の剣鬼』の異名を持っていた炎の怪人」
そこまで言うと彼女は凶悪に笑みを歪め、今度は全身の炎を強く噴き出して名乗りを上げる。
「アタシの名は――『スルト』!! 血盟四天王が一柱、『スルト・マイヤード』の魔人だ!!」
その言葉を、その名を、信乃は最大の畏怖を以て受け止める。
血盟四天王。
信乃が調べてきた勇者の伝説にも少し残っている。なんでも、かの魔王の最強の四体の手下達だったのだとか。
その強さは、大型魔物どころか超大型魔物すらも凌駕する。かつての勇者達も、この四体に散々苦しめられ、ようやく討伐出来たと聞いている。
(まさか……そんな連中まで魔人化を……!?)
その中の一体、「轟火の剣鬼」スルト・マイヤードが、帝国の軍門に降った。
死してなお魔人として新たなる生を受け、こうして新たな勇者である信乃の前に立ち塞がっている。
間違いなく、魔人としても最強クラスだ。
「…… 血盟四天王の魔人スルト、と言ったな。なぜ急に、お前のような奴が出張ってまでミズル王国に攻めて来た? 何が目的だ?」
「ああん? 決まってんだろ? この国を本気で滅ぼすためさ。この国は帝国からの反感を買い過ぎ、その怒りを受けることとなった。何故このタイミングかってのは、そうだな……『大量虐殺』の準備が整ったから、と言っておこうかな?」
「何……!?」
驚く信乃に、女は――スルトは再び凶暴な笑みを向け、叫ぶ。
「喜べ! この国は『実験場』だ! これより、この地を瞬時に更地へ変えられるだけのモノを生み落とす初の試みが行われる!! 何なら一緒に見届けるか!? 一つの国があっという間に滅び、人がアホみたいに死ぬんだ!! こんな見物、中々お目にかかれないぜ!?」
「……貴様」
信乃は、神杖を強く握りしめていた。
彼女が何を言っているのか、何をするつもりなのかは分からない。
だが、まだミズル王国内ではたくさんの人が避難出来ていない。
相手の力は未知数。
正直、勝てるかは怪しい。
しかし、そんなことが本当に起こるのなら――
「シノブ、あの魔人を倒して、それを止めよう。……そんなこと、絶対にさせたくない」
シラも、いつもより低い声を発しながらガンドをスルトに向けている。
――やるべきことだけは、はっきりと分かった。
「……殺す。てめえも、他の魔人達も、全て……!」
それを聞いてスルトは一瞬だけ真顔になった後に、すぐにまた面白おかしそうに笑った。
「クッ、ハハ、ハハハハッ!! 全員殺すか! なるほど、結構!! それでいい!! なら話はこのくらいでいいな! アタシもシンプルなのが好きでね。アタシとアンタ達は互いの目的を果たすために邪魔な敵同士。ならば殺し合う。これだけで充分だろう? ……いくぞ」
「……っ!」
そう言うなり、彼女から膨大な魔力が膨れ上がり――そして下の竜に向けて叫ぶ。
「やれ『リンドヴルム』!! 『メテオ・フレイムブレス』!!」




