四十六話:侵略への反撃
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「おい! あんちゃん!! シラちゃん!!」
ギルド協会から出てきた信乃達は、すぐに声をかけられた。
その方を見ると、ギンカとキンジが馬車を引き連れて立っている。
「おっさんに、じいさん。何してんだよお前ら、まだ避難していなかったのか」
「あたりめーよ。まだお前らの姿を見てねえのに、おちおちしっぽ巻いて逃げられるかってんだ」
「……行くのかの。信乃様、シラたん?」
「……ああ」
「もちろん。私は、シノブに付いていく」
二人でそう答えると、キンジは目を伏せ、ギンカは詰め寄る。
「分かってんのかあんちゃん。あんたは帝国に追われている。今回は、独立して辺境の村を襲っている魔人達を倒すのとは全く訳が違う。正真正銘、帝国と真正面からやり合うんだぞ?」
「……分かっている」
もちろん、分かっている。
これから相対するのは、大量の魔人達の軍。数体なんて規模ではない、そんな数を相手に戦うなど、シラの力を以てしても厳しい。
そして今回は間違いなく神杖を晒しながら本気で戦うことになるだろう。帝国軍に信乃の正体を知らしめてしまう。
ならばこれまで通りの緩やかな逃亡を保つためには、帝国軍の魔人達を全て倒す必要がある。出来なければ、帝国に現在の冒険家としての顔とシラの存在がばれ、逃亡生活は今後もっと過酷なものとなるだろう。
最後まで戦うにせよ途中で撤退するにせよ、リスクだらけの辛い戦いとなる。
それでも――
「――それでもだ。俺は偽りの勇者だ。だがな、その真似事くらいは果たしてみせるさ。国が、多くの人の命がかかってんだ。危険など気にしていられるか。俺は……人を、世界を救う為に戦うよ」
そう信乃が言うと、ギンカはしかめた顔を逸らし、小さく何かを呟いた。
「……偽りの勇者? 馬鹿を言うなよ。……あんたらは、もう立派な……っ」
代わりに、キンジが話しかける。
「……決意は、硬いようじゃな。ならば、これを持っていくがいい」
そう言って、彼は馬車そのものを差し出す。
荷台にはいくつもの袋が積まれていて、そこにはポーションや使い捨て魔器がたくさん入っている。
「おい……これ」
「安心せい、わしらは既に別の商人の馬車に乗せてもらう約束を取り付けておる。あとこれに関しては金も取らんよ。お主らはうちの武器屋のお得意様じゃ。こんな所で死なれても困る。……それにまだ、シラたんの装備のツケも払って貰っとらんからの」
「あんちゃん達も、馬鹿だな。徒歩でどうやって戦場まで行くんだよ。……これだけの物を渡してやったんだ。うちはこのままだと大赤字だよ。だから、必ずその馬車を返しに戻ってこいよ。また……うちの武器屋に来て売上に貢献してくれよ。例えこの国が滅んでも、アルヴ王国でしぶとく店を出してやるからよ」
そう、二人は努めて明るい声で信乃達を送り出してくれた。
生還を待ってくれている人達がいる。それだけでも、彼らの心に更なる勇気が灯る。
「……ああ! どこだろうと、必ずまた来る。お前達も、気を付けてくれ」
「またね、ありがとう。おじさん、おじいさん」
信乃とシラは二人に別れを告げ、すぐに動き出す。
シラは荷台に、信乃は馬に跨って馬車に乗ると、そのまま一気に外壁の門を駆け抜けて王都を後にする。
ひとまず目指す先は、現在も帝国軍と交戦しているであろうマーナ高原だ。
もう帝国と直接衝突になるとは思っていなかった。
それでも、何も躊躇うことなどない。
帝国への正真正銘の反撃の一手が、ここから始まるのだった。
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「くそっ……くそっ……! 『ギガント・ロックスラッシュ』!!」
昼頃から急に空へ雲がかかりだした、木々生い茂る薄暗い山中。
一流冒険家ギルドパーティ「墓荒らし」のギルドリーダーである中年男、ゴートはブレード・ガンドを次々迫ってくる魔物達へ振り回しながら悪態をついていた。
彼らが受けている依頼はミズル王国へ攻めてくる魔物達の撃退だ。
なぜ帝国の進行と同時に魔物まで攻めてくるのかは分からなかったが、どさくさに紛れて大金を稼げると考えたこのパーティギルドは、この依頼を受けることにしたのだ。
国のことなど知らない。適当に魔物を倒して隣国のアルヴ王国で報酬を貰えば良い。魔物の撃退など、日々大型魔物を倒しているこのパーティなら楽勝だろうと考え、意気揚々と国境の山中へ向かった。
しかし、思っていた以上に魔物の数が多い。
「なんで……なんでこんなに来るんだよ!? これじゃあ、撤退も出来ねぇじゃねえか!!」
以前ミズル王国の兵士達が、帝国が魔物まで操っていると聞いたことはある。その時は一笑に付したものだが、今攻めてきている魔物達の動きは明らかにおかしい。
「まさかこれ、本当に帝国が差し向けて……」
「ひ……助けてくれゴート!!」
ギルドパーティのメンバーが魔物に食われようとしている。だが、ゴートは無視した。
「知るか!! お前に構っている暇はねえ!!」
「そ、そんな……ぎゃあああああああああああ!!」
メンバーの断末魔が響く。
ゴートも魔物の攻撃を受けて怪我をしてしまった。
「ぐ……おいサヤ! 何をしている! 杖で俺を回復しろ!!」
「そ、そんな……私も魔物に追われて……」
「うるせえ!! 早くしろよ!! エクスプロージョン級のをだ!!」
「ひ……は、はい……! 『セイクリッド・ヒール』!」
ゴートは回復を受け、再び魔物を倒しながら逃げられそうな場所を探す。
(パーティメンバーのことなんて知るか。代わりは幾らでも集められる。俺だけでも逃げて……)
その時、地響きが起こった。
「は……」
目の前に、それは立ち塞がっていた。
超、巨大な蛇だ。
伸ばしている首は周りの木々よりもずっと高い。身体に至ってはどこまで続いているのかも分からない。
その大きさは、大型魔物のものですらない。
「う、そ……まさか、超大型魔物、『ウロボロス』……!?」
大型魔物よりも更に強い、超大型魔物ウロボロスは、獲物に狙いを定めるようにチロチロと舌を出しながらゴートを見ている。
こんなもの、どう足掻いてもパーティの数人で――否、ゴート一人でどうこうできる相手ではない。
「うそ……なんで、なんでぇぇぇえええええ!? ぎゃああああああああああああああああああああ!!」
最早、ミズル王国内に安全な場所など無かった。