三十六話:エクストラ属性
「……ッ。死んでる……」
また「代償」の回復を受けながら、シラは既に骸だったファイヤー・ギガスドレイクを見て驚く。
「……ああ。魔物達の暴走。別に、それ自体は珍しいことではないだろう。……しかしその理由がまさか、首領のすり替わりだったとはな」
魔物達の繁殖期でも食糧不足でもない、理由の分からない暴走。何やらきな臭さを感じ、長期戦想定の戦い方をしていたのはどうやら正解だったようだ。
「構えろ。……こいつは、ファイヤー・ギガスドレイクとは比べ物にならないくらいに厄介だぞ」
死体から次々と黒い霧が上がり、それらが集まって形を成していた。
信乃の背丈よりも何倍も大きな、巨大な仮面だった。
白くのっぺりとした顔に、目と口に当たる部分が鋭い三日月型にくり抜かれて笑っているように見える。それが黒い霧を引いて中空を浮かんでいる様は、悪夢にでも出てきそうな程酷く不気味なものだった。
更に、その左右には巨大な白い手袋が二つ浮かんでいて、本物の手のように蠢いている。
あのファイヤー・ギガスドレイク並みに巨大なこれもまた、魔物だ。以前にも書物では読んだことがある。
こんなところで出会えるとは思えなかった――決して出会いたくはなかったそれの名を、信乃は言う。
「大型魔物、死霊種……『カース・ファントム』!!」
『ココ……カカカカカカ!!』
どこから出しているかも分からない気味の悪い音を、雄叫びのようにそれは発する。
先手で、シラが動いていた。
「限定顕現――デメテルワンド。『グランド・ロックバースト』!」
〝グランド・ロックバースト
魔法攻撃力:280
威力階級エクスプロージョン:×8
魔法威力:2240〟
巨大な岩塊を召喚し、相手に向けて発射。
しかし、直撃する瞬間に仮面が半透明化。岩塊はすり抜けてしまった。
「えっ……?」
「ちっ……『反霊体』って魔法だ。普通の死霊種は魔法以外の攻撃が効かない『霊体』を持つが、奴だけは全くの逆、魔法をすり抜けてくる。あいつに魔法を当てたいなら、術者は直接奴を掴んでいる必要がある」
驚くシラに、信乃も苛立たしそうに説明する。
つまり、遠距離からの魔法は効かず、至近距離で当てる必要がある。
そして、相手はそれを易々と許してくれるはずもない。
『コカカカカカ……!!』
カース・ファントムは両手で黒い魔法弾を生成し、それを投げ飛ばしてくる。
「限定顕現――カグツチの杖。『プロテクション・フレイムシールド』!」
シラは咄嗟に炎の盾でそれを防ぐ。
「シールド」系の防御形態詠唱は、周囲全てを守ってくれる「スフィア」系とは違い前方だけしか守ってくれない盾を召喚する魔法だが、その分補正値も極めて高い。相性有利を取れなくとも、数値の暴力で防いでしまうことも可能だ。
だが、信乃は焦った声を上げていた。
「気を付けろシラ! そいつの使う属性はエクストラ――『闇属性』だ!!」
□■□
「なあオヤジ。さっき言ってたエクストラ属性なんだが、珍し過ぎて正直名前くらいしか知らないんだよな。具体的にどういうものなんだ?」
これは、以前武器屋の工房でキンジとギンカがしていた会話だ。
「全くお前という奴は。……まあ、さっきも言った通り、無属性の強化バージョンじゃ。属性相性はないが、無属性のように他属性よりも威力が低いなんてことは無い……どころか、むしろそれらよりも少し高いくらいじゃ」
「……すげえ。そりゃ実質、全属性に有利ってことじゃないか」
「まあ勿論、相性有利を取った場合の力関係には及ばんがの。だがそれらが最強属性と言われている所以は他にもある。それは『防御潰し』とすら言われている……エクストラ属性の攻撃魔法に必ず付与されている『特性』じゃ」
「攻撃魔法」と聞いた時点で、信乃はここで内心落胆している。
「特性?」
「そうじゃ。まずは――光属性。元は太古、神々が使っていた属性とされておるな。それがごく僅かじゃが、人にも受け継がれておる。その特性は『白閃』。光の攻撃魔法に相殺威力以下の攻撃魔法をぶつけてしまった時、その光魔法から強力な衝撃波を発生。折角魔法を防いだ相手に第二波を与えるんじゃよ。しかも、防御魔法で防いでしまった場合はもっと酷い。たとえ完全に防げる魔法威力の防御魔法であったとしても、この特性は相手の盾をすり抜けて発動してしまう」
「防ぎきれねえ魔法……か。その衝撃をまた防ぐか、魔法自体を頑張って避けるしかダメージを受けない選択肢はないってのかよ。やべぇな……。闇属性の特性も同じなのか?」
「いいや、違うの。光魔法と同条件ではあるが。――闇属性。主に魔物側の属性で、たまに使ってくる魔物もおるな。その特性は『黒蝕』。こっちも随分と厄介でな。効果はまあ……その名前である程度察せると思うわい」
「……おい、まさか……」
□■□
〝プロテクション・フレイムシールド
魔法攻撃力:280
威力階級エクスプロージョン:×8
シールド補正:×2
魔法威力:4480〟
〝ハイシャドウ・ダークネスバースト
魔法攻撃力:140
威力階級ハイエクスプロージョン:×16
闇属性補正:×1.2
魔法威力:2688〟
「……う……」
相手の闇魔法を完全に防いでいるはずの炎の盾が、徐々に黒く染まっていく。
シラの魔法が、カース・ファントムの闇魔法の一部にされているのだ。
「シラ!!」
信乃は彼女の手を引き、その場から離脱させる。直後、盾は瓦解し、先程よりも大きくなってしまった闇魔法が地面にぶつかる。その大きな衝撃で、避けていたはずの二人が吹き飛ばされてしまった。
〝黒蝕
魔法威力:2240〟
「くそっ! やはりあいつの相手までは流石に無理か……」
シラを起こしながら、信乃は悪態を付く。
カース・ファントム。
数少ない闇魔法の使い手で、今のような魔法弾と呪いを撃ってくる。更には、他の魔物の死体に取り付いて操ることも可能だ。
大型魔物に分類されるものの、その中でも群を抜いて強い。何なら一、二を争うくらいには厄介な存在だと言われるくらいだ。
何故なら、闇魔法は相性有利を取れない。防御魔法や生半可な攻撃魔法では今のように「黒蝕」という特性で取り込まれ、元の半分の威力で返されてしまう。それに加え、「反霊体」のせいで遠距離からの奇襲も出来ない。
勿論、厄介なのは信乃とシラにとっても例外ではない。何せ、シラの属性魔法で相性有利を取れないのだから。向こうの魔法威力も見たが、属性相性無しではシラの攻撃魔法でも負けて「黒蝕」に呑み込まれる可能性がある。
(一度引いて体制を整えようにも、相手は飛んでいる。火山の悪路を進む俺達への追撃は容易だ。どうすれば……!)
信乃が必死に考えていると、シラが声をかけてくる。
「シノブ、私に手がある」
「……なに、本当か?」
「うん。でも一つだけお願い。回復の頻度、増やせる?」
「あ、ああ。だがお前、一体何を……」
カース・ファントムが、再び魔弾を放ってくる。
〝ハイシャドウ・ダークネスバースト
魔法威力:2688〟
「ありがとう」
それだけ言い、彼女は再び赤いガンドを構え、魔法を唱える。
「限定顕現――パシュパタ。『シャドウ・ダークネスアロー』」
そこから放たれたのは、大きな黒い矢だった。
〝シャドウ・ダークネスアロー
魔法攻撃力:280
威力階級エクスプロージョン:×8
闇属性補正:×1.2
魔法威力:2688〟