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三十三話:お金が欲しい

 □■□


 

 有麻信乃は、焦っていた。


「……」


 朝。ゆっくりと宿屋の部屋を見渡す。


 ミズル王都内にあるこの宿屋が、ここ数日の信乃の活動拠点となっていた。

 悪くはないところだった。宿泊費も安めだったし、周囲の人通りは少なく静かな所だ。ミズル王国にいる限りは、ずっとこの宿で泊っていても良かったかもしれない。


 だが、それも今日までとなるのかもしれない。


 信乃は、手持ちの財布を開く。

 ――残り全財産、十ゴールド。


「金が……ねぇ……!」

 


 □■□



 最近は、そもそも散財が多かった。


 一番大きいのはやはり記憶屋に払った大金。だがそのかすかすの状態で更に、魔人ビリガエル討伐の件がある。馬車のレンタル代が思った以上にかかり、数日分のストックだと想定していた使い捨て魔器も全部使用してしまった。ここ一週間の魔人討伐も、お世辞にも金を稼げたとは言えない。


 そして極めつけは、シラの装備だ。


『ごめんって信乃様!! つい興が乗ってしまったんじゃ!! もう少し安くするから! 多少の赤字は覚悟するから! それでも出せない分は全然ツケでもいいから! 「ラタトスク・アイ」だっておまけしちゃうから! だからお願いじゃから、シラたんにこの装備を買ってあげてくださいー!!』


 土下座までしてきたクソジジイの顔を思い出す。

 そうは言ってくれたものの、結局大金を払うことに変わりはないし、何なら借金だ。


 だが一番腹が立つのは、「……これ、買ってくれないの?」と言って基本無表情だったシラが少し眉尻を下げるのを見て、結局買ってしまった自分自身だった。


 というわけで、今信乃には本当にお金がない。このままだと宿代のカットも考えなければならず、野宿だ。

 

「くそ!! なんか俺、あいつに甘過ぎないか!? 馬鹿野郎!! いや、悪いのはあいつだ! なんなんだあいつは!? ……はっ、そうだシラだ。そういえば確か、王都に戻った一週間前に小遣いを渡していた。どうせあいつに使い道なんてない。それをふんだくって……」

「シノブ」


 大人げないと思いきやそもそも結構甘やかしていることが伺えるセリフを吐いていると、噂をすればなんとやら、朝からどこかへ出かけていたらしい、買ったばかりの装備の上からフードを被ったシラが戻ってくる。


「おおっ! ……ごほん。ああ、シラか。昨日も言った通り、今日こそクエストを受けようと思う。だが準備が必要になる。そこで……」

「うん、知っている。冒険家は、準備からもうクエストが始まっている。あの受付のお姉さんもそう言ってた。……だから、大量のぽーしょん? を買ってきた」

「ああ、そうだ。冒険家たるもの、準備が大事だ。それには当然、金がかかる。それは即ち、金のやりくりこそが冒険家の本懐ということに……うん? 大量のポーション?」


 語っている途中で言われた言葉の違和感に気付き、シラを再び良く見る。

 その背中に背負っているパンパンになった大きなリュックから、ポーション瓶がはみ出ていた。


「『ぽーしょん大安売り』って言われたから。傷が治せる凄いアイテムだとは聞いていた。だからお店の全部頂戴って言ってお金全部渡したら、『差額は今度払いに来てくれればいいからね』って言われた。よく分からなかったけど、きっと買えたから大丈夫。私、買い物出来た。えへん」

「……」


 有麻信乃は、焦っていた。



 □■□



 金にこだわるのにも、理由はある。

 確かに現在借金はしているものの、これまで通りに魔人討伐クエストをこなしていけばいずれちゃんと返済も出来るだろう。

 だが、信乃は早く大金を用意したかった。


 それは、「魔人捜索」のクエストを逆にギルド協会へ出すためだ。


 シラという駒を手に入れ、信乃は一ステップ先へ進むこととなるだろう。

 彼女の力さえあれば、今ギルド協会から出ている魔人討伐クエストだけでは数が足りなくなると考えられるのだ。


 かと言って、まだ二人でアース帝国に直接乗り込むことは出来ない。あのヴィーザルのような怪物が、どれだけ潜んでいるかも分かっていないからだ。やはり、今まで通りギルド協会の情報を頼りに少しずつ魔人達を切り崩していく必要がある。


 そもそも、魔人討伐クエストはお世辞にもそこまで数が多いとも言えなかった。

 ギルド協会にクエストを出す際、依頼者は報酬用の金を前払いする必要がある。そしてもしもそのクエストを誰も受けてくれなければ、ある程度の返金はあるものの、結局依頼者の損失となってしまう。

 魔人討伐クエストは魔物討伐クエストのように冒険家受けも良くなかったため、そもそも依頼を出そうと考える人間も少なかったのだ。

 故に、今まで目撃されても見過ごされてきた魔人は多いと考えられる。


 ならば逆に、こちらから金を出してやれば?


 倒さなくてもいい。魔人の目撃者はその位置情報をギルド協会に報告し、ギルド協会から連絡を貰った信乃達が、その真偽の確認及び討伐を行う。そして本当にいて倒せた後ギルド協会に、目撃者へ信乃達が用意した報酬を渡すよう指示する、という変わった形式のクエストを出そうと考えている。

 交渉次第だが、金を出している以上、ギルド協会もこのくらいの融通は効かせてくれるはずだ。


 これなら完全にギルド協会を介するため、誰が魔人討伐を行っているのかも他の冒険家からは分かりにくい。信乃が魔人討伐クエストを受けるために、掲示板へ立たなければならないというリスクもこれで無くなる。


 何より、金という力の元で動き出すギルド協会と冒険家の連携によって、魔人達の居場所を一気に検挙出来るようになる。

 魔人同士の場所が近ければ、その日のうちにまとめて討伐、なんてことも出来てしまうだろう。これは魔人討伐の大きな前進だ。


 だが、それには報酬用の大金が必要になる。

 あくまで冒険家の他クエストついでの小遣い稼ぎという想定のため、個々に払う報酬はそれほど高くしようとは考えていない。だが、何よりも絶対数が多くなる。

 とりあえずまずは、五十万ゴールド程度貯めてから実行に移す。

 魔人を倒す為に金を払うと言うのも馬鹿げた話ではあるが、やってみる価値はあるだろう。


 だから信乃は、とにかく今はお金が欲しかった。

 


 □■□



「今日受けるクエストはこれだ」


 ギルド協会。クエスト受注手続きを終えた信乃は、受付から少し離れたテーブルで待っていたシラのところへ戻ると、テーブルに一枚のクエスト依頼書をぺしんと叩きつけた。


 そこには、「大型魔物『ファイヤー・ギガスドレイク』及びその取り巻きの魔物『ファイヤー・リザード』の討伐。ガルナ火山に生息しているが、ここ数日で急に凶暴化し、周辺に住んでいる人々を襲って甚大な被害を出している。報酬は十九万ゴールド。受ける方はこの依頼書を持って受付まで」と書かれている。


「……魔人討伐は?」


 シラは、首を傾げた。


 魔人殺し(アーススレイヤー)と、魔人を殺す魔人、その共闘の初陣が始まる。

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